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災厄、終末の銅鑼の音を聴く

よろしくお願いします

「ゾフィー」


 陛下が私を呼んできた。

 いけない,私ってテーブルに座ったまんまだよ。マーサに外れた肩をはめ直してもらった後も座っていたんだ。不敬に当たるかな。慌ててテーブルからズリ降りた。


「ルイが面倒をかけたようだ。良くやってくれた」

「いえ、陛下の臣下なれば,当然の事をしたまでございますしゅっ」


 痛っ


 慣れない喋り方してたんで舌を噛んじまった。

 恥ずかしー。

 しかもアデルの奴、陛下の後ろで顔を背けてプッて吹き出してやがる。後で絶対,とっちめてやるからね。


「どうやら、怪我もないようだ。無事な顔を見られて安心した」

「私めも,お役目が果たせました。お力になることができて嬉しゅうございます」


 陛下は傍に抱き寄せたルイ殿下を目を細めて見ている。


「アウルム峠で殿を務め余を救い、今度はルイを庇って助けてくれたのだ。お前には世話になりっぱなしだ。何で報いれば良いか。なんでも言えば良いぞ。報奨金か,領地か、地位か、伝説級の武具がよいか」

「ゾフィー殿。貴女のおかげで生き延びることできたんだ。私たちは勝ったんだよ。何を貴女に返せばいい? 大怪我までしてボロボロにになるまで戦ってくれた貴女に,私は」


 陛下もルイ殿下も嬉しいことを言ってくれる。褒め過ぎですって。


 でもね、


「いえ、そのような配慮は遠慮させて頂きます。殿下をお守りできたと言う誇りだけで構いません。バイエルン家末代までの誉となりましょう」


 報奨金かあ。確かに、ウチは金がない。私が働きに出ないといけないぐらいなんだから。

 酷使したバトルドレスの修繕にだって,結構費用がかかるはずなんだ。何年勤めたら払い切ることができるやら,考えただけで頭が痛い。

 でもね、殿下が駆け込んだ翌日にでも、宮殿へお連れして保護してもらえはいいものを、一矢報いましょうと殿下を煽って引っ張り回したんだ。

 甘っさえ,公爵たちの手勢に囲まれて捕まりかかったんだ。

 わざわざ危機に陥れたって追求されたら,反論なんできない。結果オーライでしかない。いい気になり過ぎていたのかもしれないね。


「殊勝と言えば良いのか。全く欲が無いのう。聞くが何が其方を動かした。是非、教えて欲しいものだ」

「臣民なればこそ」


 私は首を垂れて型通りな返事を返す。真意を誤魔化すのに目線を下げた、

 流石に、この場でルイ殿下を惚れましたなんて言えない。言ってはいけない気がする。血迷ったかなんて思われるのかオチ。無難な返事を返すしか無い。


「そこまで固辞されてはしょうがない。後々、考えておこう。ところでだな、ゾフィー」

「はっ」

「これはなんだ? 箒にしては、ちと重過ぎやせんか」


 陛下は拾い上げていた、私の得物である箒を掲げて首を捻っている。


「父上、それはゾフィーの剣です」

「これがか?」

「ゾフィーは私を助けてくれた時に振るっていた剣です。刃が赤く光っていました」


 だっ、ダメですよ殿下。それを言っちゃあ。男爵のところへ働きに出る時に護身用にわざわざ、鞘を変えて隠していたんですから、仕込み箒なんですよ。お願いです。バラさないでくださいませ。


「ほう、光る刃とな。ゾフィーの持つ光の刃と言えば、数多の戦場に聞こえし『フィアット・ルクス』 魔法剣ではないか」


 陛下は箒を横にして柄の一箇所を持ち、捻って抜いて行く。現れるのは刀身が透けて見える直刀。

 ここに魔力を流して刃とするんだ。大概のものは一刀両断、真っ二つさね。

 陛下は刀身を全て抜き出すと剣を立てて,じっくりと見分する。そして、視線を私に移し、


「話にはきいていたが、噂に違わぬものであるな。惚れ惚れとする業物よのう。しかしてゾフィーよ?」

「はっ」

「汝は剣の腕も達者と聴く。この場で何故、剣を振るわなんだ。汝の腕と、この光剣があれば、是式の手勢、切って捨てるのは容易くはないのか? 剣を使わず、みすみす怪我負うことは無かろうて」


 流石、陛下だね。いいところを突いてくる。


「見れば、辺りに倒れる衛士は怪我を負いこそすれ、死んだものはおらん。何故だ?」


 まあ、隠してもしょうがないこと、単なる私の意固地というか、意地を張っているだけなんだけどね。私は居住まいを正し,陛下の目をじっと見つめて、


「陛下にお答えします。私が思いますに、ここにいる衛士たちは公爵配下とは言え、私と同じくる、う大地をそよぐ空気を吸ひっ…」


 痛っ、慣れない喋り方なんでしてるから、陛下の前だっていうのに喋りが覚束なく,しまいには舌を噛んじゃたじゃない。

 しかも、アデルに続いて父上まで陛下の後ろで顔を背けてプッて吹き出してやがる。後で絶対,とっちめてやるからね。でも、返り討ちに会うに決まっている。くそぅ、どうしてやろう。


「ゾフィー、慣れぬ言葉なぞ使わなくて構わん。許す。いつもと同じように話をせんか」


 陛下が口元をヒクつかせているよ。あれは心の内では大声で笑っているはずなんだ。全く恥の上塗りだよ。

 私は恥ずかしくて顔が熱くなってきた。赤くなった顔を見せるのが嫌でそっぽを向いてしまう。


「なら、ご無礼は承知で申しますに」


 あまり,自分の胸の内を曝け出すのは好きじゃないんだけど、この際だ。


「確かに、切った張ったすれば、話も早く済むってもんですけどね。此奴らは敵じゃないんです。この国の土地で同じ空気を吸い、同じ川の水を飲み、同じ大地で育った野菜を食べ、肉を喰む。仲間なんですよ」


 此奴らだって好き好んで私に襲いかかってきた訳じゃないはず、命じられて仕方なかくかかってきたはずだと思いたい。

 まあ,中には螺子がぶっ飛んでいる奴らもいるっちゃいるもんだけどね。だから思いっきりぶっ飛ばしたんだ。


「そんな,仲間を殺っちゃってどうなります? ただでさえ辛勝だった先の戦で沢山の兵士を失い。こんなつまらないことで人を減らして、この先どうなります?」


 陛下だって、敵の挟撃にあって死にかけたじゃないですか。あの時、どれほど味方の血が流れたと思いますか。どれほど無念に仲間が死んでいったと思うんですが。あいつらの悲観にくれる顔が思い出される。


「隣のガリア帝国との戦は終わっちゃいない。またまた続くんです。こんな事で兵士を減らして自分の力を削いでしまっては勝てる相手でないんですよ」

「ふむ、そこまでわが国のことまで考えていてくれるとは殊勝なこと」

「褒めてくれなくて,いいですって。要は、血なんて見たくない。それが仲間から流れたものなんて真っ平御免、遠慮したいんですよ」

「成程な、ゾフィー。お主の心根がわかったような気がする。ちと聞くがの。ハロルド公爵の衛士たちはどうであった。お主から見て,兵士として練度は上がっていると見えるか?」


 なんだろう。陛下が突拍子のないことを聞いて来た。確かに衛士の中には腕の立つ鍛えられた猛者もいる。でも、少ない。


「数は多いですけど、まだ皆、まだ若い、鍛錬も途中。経験も少ないものが,ほとんどですよ。もっともっと鍛えないといけませんね」

「お主も,そう見えるか。なら、話は早い。先の戦で兵士を失いすぎた。育成もままならんのが実情出な」


 陛下の視線が私を射抜く。でも口角がニヤリと上がるのが見えた。何か、企んでいるのかな。禄でもないことでなきゃいいるだけどね。


「そこでだ、ゾフィー、お主が、この年若い兵士たちを鍛え,育ててはくれぬか? お主ほどの技量があれは皆,一端の兵士となるのではないのかと考えるのだが,どうであろうか」


 とんでもないことだった。私が若い衛士たちを教えるってことかい。陛下は何を考えてる? ちったあ剣は振るえるものの、メイドに奴した貧乏貴族のの成れの果て、私が新兵に教えるなんてできる訳ないですよ。


「ちょっと待って下さい。陛下。どう考えたら、そうなるんですか。ここの屋敷には剣の鬼と呼ばれたサン:ジョルジュもいます。彼が皆に剣を教えていると聞きました。次の剣聖候補もいると耳にしています。私なんかがしなくても充分ですって」

「そうか、しかしな、そんな技量を持つ2人を切りもせずに退けた。傍目に見ても,お主の方が上と見えるのだが」

「偶々ですよ。偶々。運が良かっただけですって。でも,私は剣術を齧った程度の魔法使いにすぎません。陛下の嬉しい提案かもしれませんが周りが許すはずもないです。この話は無しということにしてもらえませんか」

「そこまで固辞するようなら仕方ないがな、指南役を受けてもらえれば給金も弾むつもりだったのだが。勿体ない」

「ぐっ」


 飄々と陛下は話を振って来た。痛いところをついて来たよ。

 懐具合の怪しい貧乏伯爵家としては,喉から手が出るほど、お金は欲しい。でも、なんか裏がありそうで迂闊には返事できないよ。

 さっきから陛下の顔に見え隠れするニヤつき、迂闊に話に乗らない方が良さそうだけど。

「本当に良いのか? ゾフィー」


 陛下が話しを続けようとしたところを濁声が遮った


「ええい、放せ、果たせと言うに、我を誰と心得る、主らが迂闊にさわってよい存在ではないぞ」


 大広間の奥から後ろでに縛られたハロルド公爵が引っ立てられてきたんだ。公爵は近衛たちに体を押さえつけられ身動きもできない中、


「陛下、なぜ,そのような女狐を気になさらる」


 自分のことは棚に上げて,公爵の口は から唾が飛ぶ。


「其奴は私を謀り、パーティを混乱に陥れた張本人。口八丁,手八丁。言うこと成すこと全て嘘で塗り固めるれておりますぞ」


 本当に酷い話だよ。自分のことは棚に上げていけしゃあしゃあと私の事を嘘つき呼ばわりするは、全くもってよく口が回るもんだ。

 しかし,ハロルド公爵、捕まった時に抵抗したんだろうね。コートやウエストコートにこれでもかと付いていた宝石や飾りがむしり取られている。

 袖を無理矢理引っ張られたんだろう、豪奢な刺繍がされているウエストコートがはだけて、中に着ていたシャツの胸元もあき、モジャモジャの胸毛が見えてしまっている。

 それに風の刃に剃り上げられた頭頂を曝け出し、僅かに残る髪の毛を振り乱しているんだ。見るも無惨なお姿になっているよ。


「そのような世迷いごとに耳をお貸しならぬよう,進言する所存であります」

「ほう、公爵は,この女人が余を偽ると申すのだな」 

「はっ。その女狐は陛下を欺く大罪人。そこのルイ殿下にそっくりなククルスと名乗る男と結託して私くしめを騙そうとしたのですよ」


 あちゃー、殿下を偽名で呼んだのが裏目に出たかなあ。彼が本物の王子ということを隠すのに考えたんだけど。そこを突いてくるなんてな。


「あまっさえ、その女狐は緋色のドレスを着ていたのですぞ。緋色は公爵家のみに纏うことを許された禁色。出自の分からぬ女がおいそれと着ていいものでない。それだけでも我々貴族にたいして不敬に当たるというものですよ。陛下」

「ふむ、それは由々しきことではあるな」


 確かに、貴族社会は約束事が多い。着衣の色も爵位によって決まっているんだ。ウチの伯爵家は桃色。私が世話になっているアハト男爵家は萌黄色。そして王家は紫。公爵は緋色って具合なんだ。

 しかし,陛下には貴族社会のルールを蔑ろにしたという私に対しての憤りは感じられない。むしろ、愉快そうに傍に控える父上に振り向くと、


「なあ、ファルケよ。お前の御台は確か………」

「マリーベルですが。陛下」

「そう、確か、アルデヒド卿の娘と記憶しておるがの、相違ないか?」

「はい、アルデヒド・フォン・プロイセン公爵の次女ですが」


 父上の話を聞いて,ハロルド公爵は慄き、目が見開かれ頬が引き攣った。


「プロイセン家のマリーとは………、ブラッディー・マリーか!」


 私の母上は父と結婚する前は,かなり,腕っぷしのたつ女傑だって聞いている。緋色のドレスが翻る時、血の嵐が吹き荒れるって。

 いま、着ているバトルドレスのバーミリオンは母から私が引き継いだものなんだ。母も祖母から引き継いだって言ってたよ。祖母もバーミリオンを着て巷を暴れまくってたらしい。

 昔からプロイセン家の女は血の気が多いというか、色々とやらかしていたんだって、私にもその血が流れているんだね。恥ずかしながら。


「ここにいる、ゾフィーはプロイセン公爵の孫に当たる。なれば緋色の禁色を纏う資格は十分にあるのではないか? ハロルド公爵」

「うぐぐ」


 陛下はしてやったりとほくそ笑み、公爵は悔しさに唇を噛み締める。


「しかしですな、陛下………」


「そろそろ、茶番は止めないか。ハロルド卿マクミラン」


公爵の言葉を父上が遮った。


「伯爵風情が私に指図するでないわ。もしかしてお主も加担してるのではないか?」

「はっ、言うに事欠いて、俺も下手人だって言うのかい。盗人猛々しいにも程がある。あんたの御託は聞き飽きた。そろそろ、あんたの年貢の納めどきなんだよ」

「なんだ、その口振は不敬であるぞ」

「その欲で濁った目を見開いて見てみなよ。ウチから言付けと一緒に、スチレットが届いたんだが」


 父上は懐から鞘に入ったスチレットと呼ばれる鎧通しの短剣をを取り出した。

 そうか、ウチのハウスキーパーのは言付けと一緒にスチレットとまで届けてくれたんだね。気が効くことこのうえないよ。流石はマーサだ。


「スチレットに刻まれた刻印から察するに、この短剣は陛下からの賜り物。近衛しか持ち得ないもの」

「それがどうしたというのだ」

「言付けには、こう書いてある。ルイ殿下を襲った兵士が持っていたものだと。更にこうも書ぃてある。その者たちは第一側姫ピザンナ様が座すオーズ宮の近衛衛士だと。なんと自ら名乗ったとも書かれている」


 父上は、ああ言っているが実のところ、私が衛士たち告戒の魔術を掛けて自白させたもの。本当なら、魔術に操られたとして証拠にはならないんだよ。

 まあ、あの場にいたのは私と殿下ぐらいだからバレることは無いんだけどね。


「ピザンナ様は、公爵、貴方の娘だ。裏で誰が指図しているかは容易に想像がつくと言うもの。何を近衛の目の前に散らかせたかは分からないがあんたが黒幕なんだろ」

「何を言う。そんな物,濡れ衣だ。我を貶めるための陰謀に決まっておる。陛下、信じて下さい。私は潔白です」

「じゃあ,言うけどな。殿下が襲われたって時に一門を集めてパーティを開くって、どう言う了見なんだ」

「ぐぬぅう」


 父上の指摘にハロルド公爵の顔色がドス黒いものに変わっていく。強く握っているのだろう。腕も震え出している。


「黙れ、私は陛下と話をしているのだ。お主がしゃしゃり出る話ではないわ。下がれ」


とうとう,公爵の癇癪が炸裂した。口から泡を飛ばし、血走った目で睨みつけて怒りの矛先を父上に向けた。


「だいたい、公爵たる我に対し伯爵風情が物申すなとあり得ぬこと。陛下は何をお考えか。そもそも、陛下は私を救いに来ていただいたのではないのですか?」

「ハロルド公爵。何か思い違いをしてしてるぜ。今回の件といい、他にもガリア帝国の間者が,この屋敷に頻繁に出入りしてるって言うじゃないか。あんたが裏で色々と画策していることは調べがついてるんだ。裏だって取れてる。そろそろ観念しな」

「うぬぅ」


 ハロルド公爵の動きが止まった。恐る恐ると言った具合に陛下の顔色を窺い出す。

 しかし、陛下は静かに首肯すると一言、


「マクミラン、余は残念だ」


 公爵は目を見開き、唇を震わせる。

 そして私の耳に小さく聞こえてきた。


「もはや、ここまで。かくなる上は」


 彼は、強く身じろぎして暴れ、取り押さえていた近衛たちの手を振り解くと、


「陛下! お覚悟を」


 懐から、意匠の施された短い筒のようなものを取り出し陛下に向ける。


 やばい


 多分、あれは不味いものだ。筒の先には陛下とルイ殿下がいる。何か大変なことをされるに違いない。

 私は力を使い果たし、動こうとしなかった体に鞭を入れて、お二人の前に手を広げて飛び出した。

 公爵が筒を強く握ったように見えた途端。カチリと音が聞こえた。筒の先が光り火が噴き出す。続いて


   どおーん


 銅鑼を思いっきり引っ叩いた音が鼓膜を震わす。

 直様、陛下と殿下の前に曝け出した私の腹から背中を焼けるような衝撃が抜けていく。反動でくの字になって後ろに飛ばされた。


「ゾフィー」


 殿下の叫びが聞こえた。


 更に、


どおーん


 もう一回、銅鑼の音が響く。


 額に衝撃。頭が跳ね上がる。頭の中を熱が素通りする感じがした。意識が刈り取られる。


 最後に目に映ったのは額に巻いていた鉢金が外れて飛んでいくのを………


ありがとうございました

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