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災厄、天の声を聴き窮地を脱す

「姫様」


 私を呼ぶ声がする。


   カァーン


 大理石の床に固いものが当たる音も聞こえた。


「姫様、お使いなされ」


 聞き慣れたの声が聞こえる。この声はマーサだね。ウチのハウスキーパーだ。

 私の前に床に当たって跳ね上がっている長柄が見えた。柄に小枝が五段締めで巻き付けられている。そう、これは私愛用の………


  箒


 投げ込まれたのは、私の得物。愛用の仕込み刀さ。私の頼み事を果たしたマーサが追いかけて投げ込んでくれたようだね。

 どうやら、助けがきたようだ。公爵邸の仮面舞踏会に行く前に彼女に託した付け届けが功を奏したようだ。誰でもいい、来てくれてよかったよ。


 ならば、


 私は打ち下ろされるポールアックスには目をくれずに箒を握る。片手が使えず、刀を抜くことができないからって戦えないわけじゃない。

 箒をくるりと回し、水平に構える。そのまま、柄の先を押し出すんだ。力を込めてグイって。跪いているから箒の高さと彼奴の股間の高さがほぼ同じになった。


   グニャ


 柄の先が食い込んでいく。どこにとは言いたくない。なんともはや、変な感触だよ。硬いと言うか柔らかいと言うか。半硬といったところかね。

 奴がポールアックスを振り下ろすのに踏み込んできてるから、カウンターになって威力が倍増。柄を握る手に、肉が潰れていく感触が伝わってくる。


「グゥッ」


 奴は一言、呻き声を発して固まってしまった。

 でも、振り出されたポールアックスの切先は止まらない。弧を描いて私の頭をカチ割ろうと突進してくる。

 まあっ、オークみたいな奴を倒せたんだ。見てみなよ。彼奴、白目を剥いて口から泡まで拭いてるよ。

 急所を潰された男の痛みなんて女の私じゃ解らないね。御愁傷様。私のあの世への道連れになるには、あんたじゃ役不足だけど、我慢してやるよ。

 私なら剣を握り、戦場に行くことになった時から、いつかは、こうなるって覚悟はできているんでね。すっぱりとこの世におさらばさね。

 殿下。兎に角、生き延びてくださいよ。私はここまでだけど、後はアデルがなんとかしてくれる。そして良い王様になって平和な世界にしてくださいな。私は、あの世との隙間から覗いて見てあげるからね。頼んだよ。


  バシッ


 でも,私の耳に入ってきたのは、自分の脳天に斧が食い込んでくる,グシャって音じゃなかった。誰かが、あの威力が乗ったボールアックスを受け止めたみたいだ。音からして素手で受け止めたんじゃないか。私が打ち倒されて意識が砕かれることはなかった。

 目の前をピンクの生地に金糸の豪奢な刺繍が施されたコートを羽織る大きな背中が遮ぎる。


  ガン、


 鈍い金属音を発してハンマーがどこかへ飛んでいくのが見えた。


「ウチの娘が公爵のとこの舞踏会でデビューするって聞いてすっ飛んできたんが、なんで屠殺場になってるんだ。大の男が幾人も屍になって転がってる」


 アデルと同じ色の髪を後ろに撫で付けた精悍の男が辺りを見渡している。そのうち、私の側に転がるデカブツやらを見つけて顔を顰めた。


「それに、こいつら、ひでぇ顔してる。ゾフィー、こう言う奴らか好みなのか? お前の男の嗜好を疑うぞ。我妻が見たら娘の教育間違えたって激昂するじゃないのか。今からなら間に合う。いい男っていうのはこう言う奴だって言うのを俺が教えてやるよ」


 体力も使い果たし、魔力も枯渇し、視界もままならないけど、よく見かけた顔がそこにあった。聞き慣れた声が私を嗜める。


「おせえーよ。父上」


 喘ぐように言葉が出た。父のファルケ・アウグスト・ドュ・バイエルン伯爵が立っている。全身を鍛え上げ戦神と呼ばれた全身兵器の体躯を持つ男。


 やっとのこと、おっとり刀で来やがって。来るなら、もっと早くうるや、が、れ。


 父上に悪態をつき、緊張が溶けた所為か全身の力が抜け、腰が落ち、ひら座りになってしまう。


「ファルケよ。自分の娘に大概なことを抜かすでない。好みなぞ,人それぞれであろう」


 私の耳に渋いバリトンボイスが入り込んでくる。声がした方へ軋む体を無理やり動かして見ると、紫紺のコートを羽織った壮年の男が、吹きっさらしの大窓からブーツを鳴らして入ってきた。


「陛下!」


 驚いた。この国の王。ルイ殿下の父親が在らせられる、ゲオルグ・フリードリヒ・トローン・ハーノファーがお立ち遊ばしている。

 短く切り揃えられた金髪、整えられた顎髭を生やし、藍色の瞳で私を見られてくる。やんごとない方なんで、思わず、畏まった喋りになってしまった。

 顔つきが殿下にそっくりなところを見ると親子だなあって、妙に感心してしまう。


「何を言う、ゲオルグ。可愛い娘がゲテモノ趣味だったなんて、俺だってショックなんだ。一体、誰がこんなふうにしたんだか」

「おまえだろう。ファルケ」 

「違う。断じて違う。俺みたいな、いい男が側にいるのに………」


 ちょっと父上、陛下と名前で呼びあうなんて、あんた,一体何者。

 ウチは領地を持たない貧乏法衣貴族のバイエルン家。気安く王の名を呼ぶなんで信じられないよ。2人はどういう関係なんだか。

 しかもだよ、父上、いい男っていうのは置いといて、あんたには小さい頃から体術やら剣術やらを叩き込まれて、死ぬ思いをなん度もしたんだ。女の子らしいことなんて教えて貰ってない。

 それに,私の趣味が悪いって。違う。断じて違う。違うからな。私はだね、もっとこう……、


 殿下の顔が浮かんでしまう。


 碌でもない考えが頭をよぎって呆然どしていると、


『突入! 制圧せよ』


 号令ととともに肩に王冠の意匠に剣と盾が描かれている白銀のプレートアーマーを着込んだ騎士たちが大窓の外側から雪崩れ込んできた。王直属の近衛騎士たちだ。


『陛下の御前なるぞ、神妙に致せ』


 続々と入り込んできて、公爵たちの軍勢を取り囲んで行く。それほど時を経ずに大広間は近衛騎士で埋まり、制圧されていった。

 座り込んで成り行きを見るしかない私の周りも騎士たちが忙しく動いて公爵の手勢を引っ立てている。そんな周りの喧騒の中から、


「姫様!」


 再び、マーサが声が聞こえてきた。膨よかな体にメイドサーバントの制服であるピナフォアを着込んで私の元へ近づいてきた。


「遅れてしまい、申し訳ありませぬ。親方様方の行き先を探すのに手間取りまして」

「そんなことない。私の獲物を投げ入れてくれたのはマーサでしょ。間一髪のタイミングだったんだ。本当に助かったよ。ありがとう」

「そう言っていただき,恐縮致します」


 あそこで得物を投げ込んでくれていなかったと思うと、幾ら生き死に覚悟をしているとはいえ、背筋がゾッとするよ。


「それにしても、姫様。そのお顔はどうされました。なかなか頼もしい面構えになっておりますが」


 そりゃ、戦いの最中不覚を取って一発喰らったからな。

 あの、デカブツ、滅多やたらに手足を振り回しやがって、痣でも残ったら、どう責任取ってくれるって言うんだ。傷は勲章ってか。遠慮被りたいね。


「まあ,そう言うなよ。油断して一発もらってしまったよ。どうやら、肩までー外れてる。ビクリとも動かせないよ」

「姫様! 肩の様子を見ますので動かれませんように」


 マーサは私にかけ寄り、肩の状態を見出した。鎖骨を触り、肩の三角筋を指で押していく。


「姫様、良かったですな。骨は折れていないようで、関節が外れただけのよう」


 彼女を辺りを見渡し、


「ちょうど、良いものがありました。そこの方達、手伝っていただけますか?」


 大広間の中を忙しく動く騎士たちを呼び止め、倒れていたテーブルを起こす。かなり大きなテーブルなせいで数人かがりで起こしていた、


「姫様、辛いのはわかりますが、今,しばらくのご辛抱をお願いします。このテーブルの上にうつ伏せになられませ」


 彼女は外れた肩に触らぬように私を抱き起こしテーブルに乗せて行く。私もテーブルにうつ伏せになる。


「そう、足も乗せていただいて、テーブルの端から乗り出すようにして頭と腕をダラリとおろしてくださいませ」


 マーサは、言われた通りに降ろした私の腕を握り、軽く引っ張り下ろすように力を入れて、そのまま、ゆっくりと外側に腕を捻る。

 痛みが来ると身構えたけど、幸いなことに何も伝わってこない。そして内側に腕を捻られた時にコクって感じがした。


「姫様、痛みはありますか? 上手いこと、肩は元にはまったたようです」

「あっ,ありがとう。何にも痛くなかったよ。流石はマーサだね。整体の心得まであるんだ」


彼女は、軽く息を吐き出すと、


「親方様も,御堂様も若かりし時、やんちゃがすぎて幾度関節を外されたか、その度に私が元に戻したものです。否応なしに覚えさせられます」


 そうなんだ。親子二代に渡って,お世話になっているんだね。ありがとう。マーサ。

 そして彼女は傍に置いたにバックから三角に折った布を取り出して、私の腕を乗せ,布の端を首の後ろで結びつけて吊り上げた。


「しばらくは、このまま,腕は使わないようにお願いします」

「わかった。そうするよ。ところで,マーサ。ごめん。折角のドレスをボロボロにして………」

「何を言われますか、姫様。バトルドレスのバーミリオンは戦装束。使われてこそ本望でしょう」

「そんなものかい」

「はい。よくぞ、ここまで使ってくれたと喜んでいるはずです」


 そう言ってマーサは床に落ちていたボレロを拾い、私の肩に掛けてくれた。


「後は、近衛たちに任せて、姫様はお休みなさいませ。ご覧なさい。殿下もご無事なようで、陛下と笑って話をされております」


 彼女が指し示す方を見ると、御二方とも何を話しているのだろう。笑顔だ。傍に立つ父上の表情も柔らかい。

 そのうちに殿下が私に顔を巡らしてきた。彼を見る私の視線に気づいたのか、顔を綻ばせ満面の笑顔を見せてくれた。


 殿下を守るって言う約束が果たせたって言う達成感が私の胸を満たす。公爵たちの手勢に痛めらつけられた体から痛みも消えて行く。疲れさえ抜けてしまう。


 ああ、やり切ったんだな。


 そんな、満足感に浸っていると、陛下が,こちらに向かって歩いてくる。途中、私の得物の箒を拾い上げ近づいてきたんだ。後ろには、殿下もいる。父上や弟のアデルまで引き連れてやってくる。


 一体,何事なんだろう





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