災厄、冥府監獄の門番に雪辱を果たす
よろしくお願いします
片方を相手していて失念していた。私の腹に、もう1人の壊し屋に槍の穂先がU字になった刺股を打ち込まれてしまった。衝撃は腹を守るストマッカーのおかげでびくともしないけど、ドレスのウエストにがっちりとはまりこんで踠いても外れやしない。
「ぬんっ」
壊し屋の背から肩にかけての筋肉が膨れ上がった思ったら、体が浮き上がる。
此奴、私を持ち上げやがった。女の身で比較的軽いとはいえ、バトルドレスは暗器を隠しているから,結構重たいよ。それを軽々と持ち上げられた。
なんつう馬鹿力。これじゃ、足も床から離れて踏ん張ることもできないよ。
「よぐやっだ,兄弟。一発入れでおどなじぐざぜる」
金砕棒を持ってた奴がとんでもないことを言って金棒を振りかぶる。
「うだぁ」
濁声で喜声をあげて,私の頭に向けて金砕棒を振ってきた。
体を捻り踠いてみたけど刺股が外れる気配さえない。顔を血ぶくれにされるのはごめん被る。持っていたパーティファンを捻り、二段に重ねた親骨で打撃を受ける。
しかし、私の太ももぐらいの太さを持つ金砕棒相手じゃ心細いこと、この上無い。
バキャ
案の定、金棒の打撃を受けてパーティファンの一本が地紙が裂かれ親骨が折られ、引きちぎられてしまい使い物にならなくなってしまった。酷使しすぎたかなあ。
「痛ぅ………」
持ち手も痺れて、潰されたファンを取り落としてしまう。
「おじがっだな、兄弟。ぞのまま吊り上げておげ。もう一撃喰らわぜる」
そんな言葉と共に金砕棒の先を顔に近づけてくる。鉄と血肉の腐った匂いが鼻に敷く。顔を顰め,背けてしまう。
すると、壊し屋は、よだれを垂れ流しながら舌なめずりして、
「ごんどば、ごのあだりにぶちがまじでやる。ざあ,オメェばどんな声でなぐんだなあ」
金砕棒の棘がないところで頬をスッ〜と撫でて来たんだ。
ただでさえ,魔力を使いすぎて背中にゾクゾクと嫌なものがのたうっているのに、更に寒気を伴う怖気が背筋を走る。
そんな凶悪な棘付き棍棒で叩かれたら二目と見れない顔にされて、お天道さんの下を歩けられなくなるじゃないの。全くなんて事ぬかすんだか。
女だからって甘くみやがって、私をそこいらの手弱女と思うなよ。魔法使いの戦い方ってものを見せてやるよ。
壊し屋が金砕棒を背に回し振りかぶるに合わせて、私の中の魔力を高めていく。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
「インベント、インパルス<トニトルス>」
パシンッ
パーティファンを持たない手で刺股の先を掴むと、電撃を通した。私と壊し屋の間で青白い閃光が瞬く。
「ギャ、ギャァ」
電撃で壊し屋が堪らずに刺股の柄を離した。宙に浮いていた私の体が下に落ちる。
ヴゥン
頭の直ぐ上を掠るように金砕棒が通る。文字通り間一髪で空振りしてくれた。そして床に着地をして軸足を踏ん張り利き足を壊し屋の向こう脛に蹴り込み、爪先を食い込ませた。私のシューズの爪先は硬い金属で強化してあるわけで、
パキンッ
足の痛みに屈んで頭を落とした壊し屋の鼻先に額につけた鉢金を打ち付けて、
「インパルス<ペネレイト>」
ズンッ
魔力をぶちかます。壊し屋の鼻の穴から赤いものが吹き出す。そして鼻の奥まで貫通した痛みに仰け反って露わになった喉佛を鷲掴みにすると、
「インパルス<フェリーレ>」
ズドンッ
体中の魔力を集めてぶっ込んでやった。
「ブファ」
口から赤いものを吹き上がり、壊し屋は翻筋斗を打って倒れていった。
「あっ、あぁっ、あに、兄貴いぃ。よっ、よぐも、よぐぼぉ」
もう1人の電撃で刺股を取り落とし呆然していた壊し屋が叫ぶ。そして私の背中に抱きついてきた。
力を込めて抱きつかれ、此奴の膨れ上がった筋肉に締め付けられ,腕につく贅肉に埋もれてしまう。なんとか、抱え込む腕から逃れようと踠きに踠いた。
でも馬鹿力で抱え込まれ身動きができない。それに、普段、体を洗っていないんだろう。腐臭混じりの汗の匂いが鼻から入って呼吸もままならない。
臭くて臭くて堪らない。臭すぎて私の鼻の奥へ痛みが突き刺さる。涙まで出て来てしまったよ。
このままじゃ,不味い。息が出来ずに意識を落とされる。その後、どんなことされるかと思うと背筋が凍る。
段々と目の前が暗くなって来た。このまま落ちてなるものか。朦朧とした意識の中、私は体の中に残る魔力を
コンスペング、コンスペング、コンスペング
練り上げ
でも、ダメだ。唯でさえ少ない魔力が少しも集まらない。どこかに穴でもできたかのように、ダラダラと漏れていく。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
それでも諦めずに魔力を練り上げていると、
「痛ッ」
「ぼっ、おっ、おま、おばえの胸、やわ、柔らげえだあ」
あろうことか、壊し屋は抱きつくに託けて私の胸を鷲掴みして来た。乳房をものすごい力で握られた。
痛い、痛い,そんなに強く握ったら私の胸が潰れる,潰れる、捥げちゃう。
ヴァカ野郎。女の胸は優しく包むもんだ。そんなだと、どんな女にも相手にされなくなるぞ。
その痛みか怒りが引き金になったどうかはわからん。でも、一時的に魔力が高まりを見せた。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔法を練り上げ
「エクスプロディレ<デェトネイト>」
爆ぜろ
周りに向けて一気に魔力を放出する。
ボッ
その威力で抱きつかれていた壊し屋の腕が引き剥がされる。私は更に体を踠いて此奴の懐から抜けようとしたんだけど、
「づ、づっ、づがま、っ構えだあ」
私の脇から太い腕が現れる。後ろから手を差し込まれ、羽交締めにされる。
しまった。また身動きできなくなってしまう。これじゃ元の木阿弥だ。体の中の魔力が全然足りなくて威力が落ちたかもしれない。此奴にダメージがあるとは感じられないだ。
「お、おっ、おめえ。どっ,どこ、行ぐつ、つもりだぁ。おっ、おめっ、おめえは、こっ、で,から、俺の木偶だあ」
壊し屋が背中に張り付く。頭の後ろに気色悪い感触がある。私の髪に,此奴の息がかかる。臭い匂いを漂い無理やり嗅がされる。
「おっ、おめっ、おめえ。い、いい、いい匂いす ,するなあ」
もしかして私の髪に鼻を押し付けて匂いを嗅いでいるっていうの。やっ、やめ………、
背中に虫唾が走る。あまりの気持ち悪さで我を忘れて叫び声を上げてしまいそうだ。
でも、私は歯を食いしばり、今にも出そうな叫びを押し戻す。
「おっ、おめ、おめえは、こ、こっ、これっから、おっ,俺っと、だっ,楽しく、あっ、えあそっ,遊ぶんだあ」
壊し屋は、私を羽交締めにしたまま、持ち上げて左右にゆする。宙に浮いた足がブラン,ブランと左右に振れてしまう。
「お、おで、おっ、おめッえ、があ。き、気にいっだあ。ぞ、ぞっいう,いうやつには,こっこうや、やって、あや,あやしてや、やるだぁ。お、おっ、おで、や,やさっ優しいだろ」
壊し屋は私を羽交締めしたまま、小躍りしてグルングルンと,その場で鼻歌混じりに周り出す。
揺さぶられ、振り回されて、下手な歌まで聞かされて更に意識が朦朧としだした。
このまま、何もかも諦めて落ちて意識をなくしたいなんて事も考えてしまう。
でもな、甘ったれるな,私の体。甘い誘惑に負けちゃいけない。落ちたら最後、命の火が消えるまで口に表せないぐらいの苦痛がもたらされるんだぞ。
私はそんなの嫌だ。
だから、振り回されるに任せて暴れている両腕を顔の前になんとか持ってくると、片方ずつ手首のホックを外して袖口を開く。そして腕を左右に開くんだ。
相手が逃してはなるものかと力を入れてくるタイミングで両腕あげる。そう,相手の肘を左右に開かせるんだ。
そこで全身の力を抜いて腰を落とす。すると脱力して上に伸びた手が相手の腕からズルリとすり抜ける。
袖口のホックを外して抜けやすくした所為で上着のボレロが壊し屋の腕の中に残ってしまった。肩から上に向いた腕がむき身となって空気に晒される。
腕を守るバトルドレスのアッパーがなくなってしまうけど,今は壊し屋の抱きつきから逃げないといけないんだ。それぐらい目を瞑るんだよ。
後でハウスキーパーのマーサに、作るのに幾ら費用が掛かっていると思われますってお目玉喰らうかもしれないけどね。
壊し屋のガタイはでかい。私は高い位置から下に落ちてしまうのだけれど、そのまま地に足をつけるなんてことはしない。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
もう,なけなしの魔力を全身から絞り出して、シューズの踵に力を集める。
「インパルス<ペネレイト>」
壊し屋のむき身となっている裸足の親指を踏みつけて砕いてやった。
バキャ
「………がっ、があっ」
此奴のガタイがデカすぎるのか、足の指先の痛みが,なかなか頭まで伝わらないようで,ツーテンポ、いや、スリーテンポくらい遅れて、濁った悲鳴が上がる。
壊し屋は屈み、痛む足の指先を握り、片足立ちになった。
「おまけだぁ」
体の中の魔力は全くと言ってないのだけど、内に渦巻く怒りを込めて、
「インパルス<ペネレイト>」
地面を踏み締めて残る壊し屋の親指に足の捻りも加えてシューズの踵を落とし込む。
ボキャ
「があ、があああ」
両足の親指を砕かれ、踏ん張ることのできなくなった壊し屋は、倒れ込み尻餅をついてしまう。
そして、痛みを紛らわすつもりなのか、悲鳴を上げながら辺り構わず転げ回ってしまい、周りに散乱する瓦礫を吹き飛ばしてしまう。
振り回されている手足の一本がいきなり私の頬を掠ってしまった。掠られただけ私も瓦礫へと飛ばされてしまう。
頬が凄まじく痛い。口の中に鉄の味がする。どこか切れたかな。視界も歪んで見えるよ。
「があ、があああぁぁぁっ」
そのうち、壊し屋は転げ回るのが止めう四つん這いになった。ぶくぶくと膨らむ肉の中から怒りに満ちた目で私を睨みつけてくる。黄色い歯を剥き出し、泡を吹きながら、
「ぜ、ぜっ、ぜっかく、あそ、遊んで,や,やったというどに…………、ぼう、お、おっまえなんが、いっいら、ない。つっ、つぶ、潰してやっやる」
つっかえ,つっかえ恨み節を吐きだす。
「ぬかせ」
私は,瓦礫の中から立ち上がり、痛む頬に手を当て片方の手でガウンスカートから得物のパーティファンを引き出す。ゆっくりと壊し屋の前まで歩いて行き、仁王立ちして睨みつけて返してやった。
「うが、あがあ、うが」
壊し屋は怒りなの痛みなのか人語も出せなくなり、動物の唸り声をあげて私を捕まえようと腕が振り回した。私はその腕を掻い潜り、パーティファンを振る。力を込めてファンの親骨で此奴の頬を叩いた。
パァーン
叩かれた壊し屋の顔は外方を向き、辺りによだれが飛び散る。
「なぁにが潰すだ。なぁにが木偶だ」
私は、振り切ったファンを握り直すと、更に力を込めてファンを反対側の頬を叩いた。
パァーン
叩かれた壊し屋の顔は反対側に向く。飛び散る涎に血が混じる。
「人を玩具見たく言いやがって。私はお前の遊び相手じゃない」
私は再び、振り切ったファンを握り直し、頬を叩く。此奴は口から血を流れる。
パァーン
「それに、乙女の大事な胸を握りやがって」
三度、振り切ったファンを握り直し、目いっぱいの力で頬を叩く。とうとう、此奴は血を吹いた。
パァーン
「女の胸は繊細で華奢なんだ。乱暴に扱っていいものじゃない」
四度、振り切ったファンを握り直し、渾身の力で、頬を叩く。此奴の口から血が飛沫となって、飛び散る。
パァーン
「好きでもない奴に……」
五度、振り切ったファンを握り直し、頬を叩き直す。
パァーン
「胸を揉まれた。乙女の純心を………」
ガンッ
振り切ったファンを返して軌道を変え、壊し屋の頭上の急所に大上段から全身全霊を込めて振り落とした。
「お、も、い、し,れい」
流石に何度も頭を振られ、急所も打たれた壊し屋は、白目をむいて前のめりに倒れた。
ガッ
「おまけだ」
倒れくる壊し屋の、団子鼻と黄色い歯を見せる唇の間に天と呼ばれるパーティファンの先を捩じ込んだ。此奴の口から赤く汚れた黄色い歯が折れて吹き出される。
悪いな。この胸は親にだって揉ませてないんだ。誰でもない自分の産んだ子か好いた相手のためのものなんだよ。
ふと、殿下の顔が浮かぶ………
あれ?
昂った心が静まってしまった。
ありがとうございました




