災厄、冥府監獄の門番に蹂躙される
よろしくお願いします
ふう。
久しぶりに槍を振り回したんで疲れたね。流石に喉も乾いたよ。
ふと、思い立って大広間の奥を見ると衛士たちがこっちを伺っているのは感じられた。
だけど、いい加減,水分を取らないと動きが鈍って拙いことになりそうで、後ろに控えるアデルに声をかけたんだよね。
「おい,アデル。水を………」
一瞬でも、周りへの警戒を解いたのが不味かった、
「姉上! 前!」
アデルから切羽詰まった声が飛んでくる。
直感が,そうしろと叫ぶ。
体が反応して顔を振り向かせるよリ先に、当てずっぽうに槍の柄を刺し向けた。
グゥンッ
唸るような音と風圧と共に硬い塊が私の持つ槍の柄にぶつかる。柄が粉砕されて木っ端が飛び散る中、あまりにもの重量に腕が押し込まれた。スパイクが二の腕を幾つも突いてくる。
私はその塊を支えきれずに、体ごと弾き飛ばされてしまった。散乱する瓦礫を撒き散らし、私は床に落下し滑っていく。山と積もった瓦礫下に埋もれるようにして,やっと止まることができた。
しなやかで頑丈なバトルドレスを着ていなければ、鉄球に生えたスパイクにも切り裂かれ全身に生涯消えることのない傷がついてしまうところだったよ。生きていればの話だろけど。
ゴトッ
そして、それは、私の目の前に床に重い落下音を出して落ちた。
棍棒の先の丸く膨らんだ部分に幾つもの尖ったスパイクが飛び出している。その幾つかが床を突き刺していた。
飛ばされた衝撃に一瞬、意識がとぶものの、すぐに気を取り直して其奴を見る。
「モーニングスターじゃないか」
モーニングスター、棘つき棍棒と呼ばれるメイスの一種。
「おいおい、これってプレートアーマー用の重鈍器だよ」
金属で守られた鎧に対して、刀や剣よりも効果的な殴打兵器。
それを寸鉄を帯びない、ドレスしか着ていない生身の女に投げ込むたあ、どこのどいつだあ。
視界がふらつく中、片手で頭を押さえて、のしかかる瓦礫を払い落としながら、起き上がり膝立ちをしたところで、あんな物を投げ込んで来た野郎を見つけて睨みつけた。
「あ、ああ、兄貴ぃ、す、すす、すげえな、ああ、あの、お女あ」
言葉がつっかえるような吃音が聞こえて来た。
「おっ、おでえっが,えなっ投げた奴をく、くらってて、たち,立ち上がって、き、来やがっただ」
かなり、高い位置から、つっかえ,つっかえの言葉が聞こえてくる。相当、ガタイがでかいんだよ。
飛ばされて受け身もまともに取れずに床に打ち付けられた私の体の節々から痛みが登ってくる。痛みに軋む体を叱咤して顔を上げ、声がする先を見上げる。
ずんぐりに見える肉の塊かあった。それも二つも。肩や二の腕かが丸太のように膨らみ、肉の詰まった腹がでっぷりと膨らんでいる。胸なんか、女の私より膨らんでいる。まるで贅肉の山が立っている。
着る服なんてないんだろう。上半身裸でベルトで吊られた粗末なズボンを履いていた。靴も合うのなんか無いらしく裸足で、やはりまん丸としたふくらはぎを剥き出している。
ただ、あんな重い棘付き鈍器を投げ込んでくるとは、贅肉じゃなくて筋肉が詰まっていたりして。とても人にはみえないよ。もしかしてゴーレムかと思ってしまった。
肉ダルマとも言える体の上に僅かな髪を逆立て、灰色に濁った目で私を見下ろしている。団子鼻の下に亀裂ができた。そこから黄色くなり、ところどころ縁が黒くなって欠けている歯が見えた。
「よ、良がったじゃねいが、兄弟よぉ。ごれなら、俺だちとしばらく遊べぞうな木偶が手に入ったぼんなあ」
嗄れた濁声が聞こえて来た。もう1人の肉ダルマが、こっちまで匂ってくる臭い息を吐きながら、とんでもないことを言い出してくる。
しかし、臭い臭い。何を食べているんだか。歯ぁ磨けよなあ。ここの公爵家は歯を磨かないって言うのか決まりごとなのか。公爵も虫歯だらけで息が臭かったぞ。
それにしても驚いたよ。ゴーレムって人語を話すんだ。なんか、変に感心していると、奴らの後ろから、
「誰だ。壊し屋を外に出したのは。こいつらは暴れたら押さえが効かないから呼ぶなと言っておいたぞ」
この大広間の指揮をしている隊長らしいのが叫んでいる。
「誰か、わかりません。いつの間にか、来ていました」
「このままだと、あの女だけでなく、この屋敷自体、壊されるぞ。何をしてでも止めろ」
「無理です」
衛士の間にも、動揺が走っている。本当にダメでしょ。ああいう野獣みたいな奴らは鎖にでも繋いでおかないと。
それにしても暗殺部隊の梟とか、この壊し屋といい、流石は公爵家。なかなか闇が深そうだ。いろんなところで暗躍してるって噂は本当なんだ。
そうこうしていると、体の節々が未だ軋んでいるけど、多少は回復している。手をギュと握ると力が込められるようになって来た。
私は、ガウンスカートのポケットから,しまっておいたパーティファンを引き出す。あんなモーニングスターみたいな重鈍器を持ち出されたら、ファン1枚じゃ相手にならない。
せめてもと、もう1つのポケットから、もう1枚引き出す。2枚重ねて使えば何とかなるんじゃないかな。
早速,パーティファンを重ねて、構えを取ると、壊し屋同士の話が聞こえて来た。
「よう、兄弟。見ろよ。あの女。扇子なんで持ち出しで、おでたちに歯向がおっでいうんだ。笑っぢぃばぁうなあ」
「ガ、ガハッ、ガハハっ。そっ、そうな、なんだな。あっ、あっ,兄貴ぃよおぉ、あっ、あっーいうのは、いっ、一発ぶん、ぶん殴っとけば、黙っちゃまうって、きっ、決まってる」
「兄弟よぉ。おベェが、ぶん殴っちまっだら。女のがお、あどかだもなぐなっぢまうだろ」
「お,おではべっ,ベづにかっ,かまわないんだな」
「ぞうだったな。兄弟。おべえは穴ざえあれば良がっだぼんなぁ」
ちょっと、まあ待てえー。何かい。遊ぶって、私を慰み者にするってこのかい。やめてよね。いくら、男に縁がないからって、私にだって相手を選ぶ権利ってものがあるんだよ。お前らなんかに使われる気なんか,さらさら無いんだからね。
私は彼奴らを何とかする算段を巡らす。パーティファンはグレートソードぐらいまでなら去してどうとでもできる。でも、あんな金棒みたいな殴るような奴とは相性が悪いんだ。強度があまりにも足りなすぎる。
何かないかと視線を左右に振っていると、目の端に何かが入った。私を跳ね飛ばしたモーニングスターが見えた。
あれなら身体強化の魔術をかければ,私でも振り回せるかも。なんて考えてしまったんで壊し屋たちから視線を外してしまう。
「待っでなぁ兄弟。おでがざきに味見しどいでやる。そうすりゃ、おべえの時にあんべいヨグなるっでもんだあ」
その一瞬の隙に、片方の肉ダルマが濁声を発っしながら私に向かって突進してくる。重量の乗った踏み込みで床も震えてしまう。
此奴、図体の割に速い。あっという間に間合いを詰められた。其奴は腰の後ろに隠したであろう突起付きの棍棒を振り上げて来たんだ。
金砕棒と呼ばれた物だ。あれに殴られたら、水の詰まった大瓜を地面に落とした時のように派手に中身をぶちまけてしまうよ。
みるみるうちに近づかれ大上段から金砕棒が振り下ろされる。
ヴゥン
勢いが凄すぎて圧力を感じた。でも、いくら重くて威力があるからって振りはどうしても大振りになってしまう。これなら避けるのは容易い。
ダメージが残っているかもしれない。もう少し頑張ってくれ、私の体。そう、利き足を踏み込み体を捻るんだよ。
ドォグァン
私の胸の前を通過した金砕棒が勢いを殺すことなく振り下ろされて,床が粉砕された。辺りに砕かれた大理石が飛び散る。壊し屋は、床で跳ね返った金砕棒を持ち直すと、全身の肉をパンプアップして渾身の横振りしてくる。
こんなの食らったら、吹き飛んで壁に激突、真っ赤な血の花を壁に描いてしまな。くわばら、くわばら
踏み出した利き足をそのまま、膝を重いっきり曲げて、上体を屈んでのダッキング。しゃがんだ頭の上を金棒が通る。負圧で解け髪が幾つが引っ張られた。
振り抜かれた金砕棒が軌道変え、再び上段から振り落とされてくる。直様、サイドステップで交わす。再び、床が粉砕されて破片辺りに飛び散っていく。ぶつかってくる破片はバトルドレスが衝撃を受け止めてくれた。
再び、金砕棒を振り回されたところをスェーで後ろに下がり避けていく。振り下ろされ,振り上げられたところを体を捻って躱す。攻防が繰り返され、広間の床に穴が幾つも出来上がってしまう。
「ぢょろ,ぢょろド逃げ回りやがって、いい加減にじどぉ」
そんな事言われたって、当たっていいものじゃない。
振り回される金砕棒を避け続けていると、壊し屋の濁声に焦りが混じる。
こっちだって血まみれの頭陀袋にはなりたくないんで必死だよ。
そうして避けながら、床に突き立つモーニングスターに,何とか近づいていくことができた。後少して持ち手を握れると手を伸ばしたところに、
ドゴッ、
「おうっ」
腹に衝撃が食い込む。喉の奥から酸っぱいものが迫り上がってきた。胃の中のものが戻らないように気力で抑えた。
「づッ、つがっ、づがまえだんだな」
ありがとうございました




