災厄、名乗りを上げる
「放てえ」
号令が聞こえると共に矢が放たれ、弦が鳴る音が聞こえ出した。未だに風邪の鎧が守ってくれているようで、矢は私を避けていく。
可怪しいんだよね。思っているより飛び込んでくる矢の数が多いんだ。さっき、風の刃を放って、結構な射手を倒したはずなんだけどなぁ。弓だって使い物ならなくなったのが結構あるはず。それが増えてきている。
もしかして、新手が来たのかな。弓も補充されたのかもしれない。念の為に、
「インベント! <ヴェントス・ドゥルボゥ・アルマトゥース>」
顕現せよ。旋風の鎧
魔法を重ね掛けしておく。こうしておけば、多少、射手が増えたとしても、持ち堪えるはず。
しかし、敵もさるもので、こっちから反撃しようとしても私の前に重装騎士が並んで壁を作っている。
どうやら、重装鎧を盾がわりにして、その奥から矢を放っているみたいなんだ。
更に嫌なことに、矢の数が多少どころでなく増えてきているんだ。矢衾とかして私に降り注ぐ。本当に援軍が来たのかもしれない。これは、考え直さないといけないな。
早速、
「インベント! ヴェントゥス・プロケッロースス<グラディウス>」
顕現せよ。風刃
ファンを振り、風の刃を飛ばしていく。
さすがに重武装の鎧相手では魔法の風の刃とて牽制ぐらいにしかならないかもしれない。
案の定、風の刃がぶつかっても、騎士たちは倒れたり、体制を崩したりはするものの、混乱は見られない。
ゾクゥ
いきなり、私の背筋を怖気が走った。魔力が枯渇してきた時の症状が出てしまった。
どうやら、私の持つ魔力が枯れてきたようだね。
師匠が言うには私の魔力量は並の魔法使いと比べて桁違いに多いらしい。
だけれど、いくらなんでも魔法を連発も連発の大盤振る舞いでばら撒いていたら、いつかは底を突いてしまう。それが今なのかな。
そのうちに一本の矢が肩口を掠っていきやがった。風の鎧をすり抜けてドレスの生地の上を滑って行って事なきを得たけど。魔法の効果が薄れてきている。このままじゃ、ジリ貧になってしまう。
「アデル。そっちに戻るから衛士たちを見てて頂戴」
コンスペング、コンスペング、コンスペング、
魔力を練り上げ
「インベント! ヴェントゥス・プロケッロースス<グラディウス>」
顕現せよ。風刃
私はもう一発、風の刃を飛ばし、重装騎士たちを睨みつけて牽制してから後退り、踵を返してアデルと殿下の元へ戻っていく。
そんな時に疲れも相当、溜まってきたのかな。後ろへの注意が、お留守になってしまった。
コンスペング、コンスペング、コンスペング、
つっ。頭の奥がチリチリしだす。私以外の魔法使いが魔力を練り上げはじめたんだ。
「姉上」
「ゾフィー殿」
殿下もアデルも切羽詰まった叫びをあげる。
『インベント、イグニス<フランマ>』
火塊
魔法が放たれる。
私と衛士たちの間の空間で火の玉が炸裂した。背中へ灼熱の破片と衝撃が襲ってきた。 辛うじて、重ね掛けをした風の鎧のおかげで、爆圧で体がちぎれ飛ぶような事もなく。熱波で焼き尽くされることも無かったけど、爆風で体が浮き上がり、踏ん張ることもできずに殿下たちが潜む壁に向かって飛ばされてしまった。
なす術もなく壁に激突してしまう。背中から壁にぶつかり息も止まる。そのまま、ズルズルと床に滑り降りる。。一瞬、意識を手放した。
ゴンッ
「痛ってえっ」
ずり落ちて床に頭をぶつけて目が覚めた。
痛い思いはしたけれど、儲け物だと思いたい。
たん瘤でも出来ていないかと、その辺りを指すりなが起き上がってみる。体の節々が痛いのだけれど骨には異常が無さそう。
どうやら、風の鎧が衝撃を吸収してくれて、たん瘤だけで済んだみたいだね。
「姉上、早いお帰りで」
すぐ側から呑気な声が掛かる。弟のアデルだ。隠れていた壁の穴から這い出して私を見てる。
そうか、私って、こんなところまで飛ばされて来たんだね。
「ゾフィー殿。大丈夫ですか? 何か、かなりの勢いで壁に激突したようですが」
アデルの横から殿下も顔を出して心配そうに覗いてくる。
こんな、私くし目を気にかけて頂けるなんて光栄です。殿下。
「私くしの方はなんとか。頭にたん瘤ができたくらいで。殿下こそ、どうなんですか?」
「酷いな。僕の心配もしてくださいよ」
隣にいるアデルが抗議してきたけど、あんたなんか気にしていない。
いや、違った。あんただって鍛えているんだ。自分でなんとかできると思ったていたよ。我、可愛い弟くん。
「ハハハっ、アデルなら、大丈夫だって信じてるから。実際、なんともないんだろ」
「ハイハイ、そうですよ。ありがとうございます」
胡散臭そうな顔をしてお座なりに返事をして来やがった。後で見てろよ。
「私の方はあなた方のお陰で怪我も無く済んでいます。なんとお礼すれば良いのか」
殿下がアデルの話に割り込むような勢いで話し掛けてくる。何を急くことがあるのだろう。
「いえ、殿下にお怪我も無くて安心しました。私くしの心配などなさらないでください。臣下なれば、当然のことをしたまでです」
「そうですか」
あれ? 私を心配してくれたことの感謝をしたのに、なんかがっかりして見えるのはなんでだろう。可怪しいこと言ったっけ。
「ところで姉上。この後、どうすれば良いのですか?」
アデルが心配そうに私に問うてきた。
確かに、公爵の方は一時の騒ぎも収まり、人が集まり出して来ているみたい。増援が来たかな。
このままじゃ、こっちの打つ手がなくなって手詰まりになってしまう。
「それに、ほら、後へ振り返って見てください」
アデルの言葉に誘われて体を捻って後ろを振り向くと、
「げっ」
あら、いけない。レディにあるまじき声を出してしまいました。だってねえ、
「まあ、見晴らしの良いことだこと」
言葉の調子は元に戻したけど、目の前の状況に、ただ、呆れるばかり。
なんたって、視界が広い。遮るものもなく大広間全体が見渡せる。シャンデリアを落として作ったクリスタルガラス片の山があら方なくなっているんだ。広間にずらりと並び立つ公爵の手勢を見渡せるんだね。これが、
「丸見えじゃないですか? 姉上」
火球の炸裂で起きた爆風と衝撃波の凄まじさで城壁としていたガラスの山を吹き飛ばされたんだよ。結構、苦労して作ったのに。
「それに丸裸ですよ。姉上、それじゃあ。自分の体をよく見てください」
えっ、素っ裸なの? 私のドレス、爆風で飛ばされたの。
服を着ている感覚はあるのに可怪しいなあ。私は、アデルに言われるまま、自分の体を見下ろしていく。
「あらら、白いわねぇ」
良かった。肌色の膨らみは見えなかったよ。
最初、ガウンドレスは真っ白だったのね。編み込んだクリスタルの細糸へ魔力をぶち込んで緋色に輝かせて風の鎧にしていたのに、今は色が抜けている。元に戻ってる。
そうか、壁に激突して一時とはいえ意識を失って魔法が解けたんだ。また、魔力を注ぎ込んで赤く染め上げれば良いのだけれど、私の自慢の魔力も、そろそろ尽き掛けて心許ないよ。どうしよう。
「放てぇ」
いきなりだけど、今、裸同然のこの時にあまり聞きたくない言葉が耳に入ってくる。間を置かず中に、弓矢の弦が震える音が幾つも聞こえ、矢が数え切れないぐらい飛んできた。
これじゃあ、魔法を唱える時間がない。周りに何か盾にでもなりそうなものを探すと、
あった!
爆風で壁に積み上がる瓦礫の中にテーブルの残骸があった。
私たちが隠れられるほどの大穴を壁に開けた、かなり大きなもので、厚さもの申し分なし。矢だって突き通せないなず。殿下とアデル、私が3人とも隠れられそう。
「殿下、アデル! あそこのテーブルへ移ってやり過ごしましょう」
2人は慌てふためいて、穴から脱しテーブルの影へ移動する。
私は彼らを奥に押し込む形でテーブルに隠れた。
こら、アデル! 変なとこ触るんじゃない。スカート越しにサワサワするな。気色悪い。今はそれどころじゃない。兎に角やり過ごすしないんだよ。
テーブルと壁の隙間から見ると装飾の施された壁面に次々と矢が突き刺さる。
もし、テーブルに隠れることができなかったらと思うとゾッとしてしまう。
「彼奴らか隠れだぞ。もう一、ニ発火球をぶつけて、焼き出させろ」
そんな声が上がると同じく、頭の奥がチリチリと痛み出す。
まただよ。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
「インベント、イグニス<フランマ・ディプリケァ>」
火塊
大広間の中に火球が2つ顕現する。
同時に複数の火球を生み出せるなんて。公爵お抱えの魔術師もさすが王国一と豪語していただけあるよ。
でも一つ破裂しただけで惨事なのに、それが二つも炸裂したら、この御殿だって跡形なく吹っ飛ぶ。もっとロケーションを考えて欲しいもんだよ。
私はテーブルの陰から飛び出した。見上げると燃え盛る火球が見える。
あれが炸裂したらと考えると、辺りは熱いはずなのに背中に冷や汗が流れていく。こうなったら後のことなんか考えてなんていられない。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
ありったけの魔力を使ってでも火球をどうかしないと、私たちだけじゃない。この場の皆が塵も残さず焼きつかされてしまう。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
兎に角、私は自分の中にある有りったけの魔力をこね上げていく。
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ
もっと、もっとだ。もっともっと、もっと
拳を突き上げ、もう体がはち切れるかと思うくらいまで、魔力を膨らませ。
「インベント! フラァーレ・バルブァーレム」
砂塵よ噴き上がれ!
上げた拳を振り下ろし、地面を殴りつける。私の中に貯めた魔力全てを地に流し込んであげた。
グァン
途端に目の前の大理石の地面が大きく膨らみ、隆起して行った。そして、それが割砕かれて、その裂け目から大量の砂塵が吹き上がり二つの火球めがけて噴出していく。膨大な土砂が火球に覆い被さり火の力を奪っていく。
火を消すには土でも掛けてしまえばいいってね。
とうとう、火球は力を失い地面に落ち、奇しくも沢山の土が吹き上がった後にできた大穴に落ちていく。
私の前に、薄れたとはいえ、熱波が立ち上る大穴が二つも出来上がってしまった。
火球の爆発でガラス片の壁は吹き飛んでしまったけど、偶然にも大穴という堀ができてくれた。
魔力は尽きたかもしれないけど、嬉しい誤算になるんだろうね。
二つの大穴からユラユラと熱気が立ち上がる。その間に天上への花道というより冥府への一本道が敷かれた。
その向こうには悪鬼に導かれし亡者の群れ。それもワラワラといるんだよ。たまったもんじゃない。
「奴らまでの突破口が開いた。決して単独では切り掛かるな。必ず3人1組で行け。さあ、隊列を組んで進め」
向こうに冷静に指揮をしているものが現れたようね。さっきから結構組織だった攻めをしてくると感じていたけど、そうだったんだ。あの時、ぶっ倒した隊長さんが目を覚ましたのかな。結構切れ者っぽい感じしたし。
「下手人は、たったの3人だ。重ねて攻撃すれば疲弊して動けなる。焦らずに当たれ」
「おぅー」
向こうから鬨の声が上がる。
こちらの人数的不利を的確についてくる。これはちぃーと拙いことになったな。
しょうがない、ここは奥の手を使うしかないか。あんまり使いたくはなかったんだけどね。
「アデル」
「何? 姉上」
意を決して私は後ろにいる弟に声をかける。
「マギア・パティオを持っているだろ。1本くれ」
「姉上!」
アデルが私が言ったことに慌てる。
マギア・パティオは魔力補充のポーションなんだ。一時的に減った魔力を補うことができる。
だけど、効果は一時的だし、使った後に体の熱は高くなるし、頭が痛くなったり怠くもなる。1日2日寝込んだりもするんだ。
「頼むよ」
「………姉上さえ良ければ」
「助かる。あと、流し込むのに水か何かあるか? 凄く苦いんだ」
何か、言いたそうだったけど、アデルは渋々ながら腰に隠してつけているポーチから小瓶を取り出し、私に投げてよこした。受け取った私は瓶の先を折り、唇を広げ口の中に含んで行く。
苦いものが口の中に広がり喉から胃に熱いものが流れ落ち、腹の中を燃やしていく。すぐに背中を這う寒気がなくなった。
心なしか魔力が増えたような気になる。やる気も出てきたよ。
「姉上、これを」
アデルが瓶を投げてよこす。酒精の入っていない葡萄ジュースだ。気がきくねえ。早速、栓を開けてグビグビと飲み込んだ。口に残る苦味も一緒に流れ落ちていく。酒精が入っていないから意識が濁ることもないんだ。知ってるか。葡萄ジュースは疲労回復にいいんだって。疲れもなくなって活力が戻ってくる気がするよ。
「ゾフィー殿。何故、ここまでしていただけるのですか?」
全身に活力が満たされたおかげで、殿下の微かな呟きも聞くことができた。
ふん、そんなの決まってる。
「ルイ殿下。私くしは貴方を気に入りました。推しているのですよ。気になる殿方が困っているのを助けなくてどうしましょう。推しを見捨てるなんて出来るわけでないですよ」
私は殿下に振り返らず、前を見据えて思いを伝えた。殿下は目を見張っている。
「進めぇ」
前線の指揮する者の指示がとぶ。衛士たちは素早く隊列を整えると3人1組で私たちにかかって来た。
「殿下、ここが正念場なんです。私も殿下を守り切るつもりですが、申し訳ありません、至らぬ場合もあります。生き伸びてさえいれば私たちの勝ちなんです」
私は振り返り殿下の目を見据える。
「殿下は生きてください。兎に角、生きてください。何がなんでも生きてください。死に物狂いで生きてください」
口角を上げ、殿下に笑って見せる。
「さすれば、私が命を落としたとしても、最高の誉となりましょうぞ」
私の意気に畏れをなして殿下から声は出ない。
まあ、殿下は戦場を知らないからね。固まるのもうなづけるよ。私だってむざむざ、死ぬつもりはない。歯向かってやる。
飲み干したジュースの瓶を床に投げつけた。割れた音が戦いの再開へ打鐘になる。
パリーン
手をスカートのスリットに入れて鉢金を取り出して額に巻きつける。頭の後ろで結び固く締め付け、フンっと気合いを入れた。
お次は別のスリットからナックルダスターを取り出し両の手の指に嵌め込む。
更に私は開いている手でガウンドレスのもう一つのポケットから別の新しいパーティファンを引っ張り出す。
そして両手にファンを構え、
コンスペング コンスペング コンスペング
我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ
「インベント・ コンシナンチス<オムニス>」
全身に魔力を流し込む。魔力を鎧ではなく、全身の強化に使う。注がれた魔力にジンジャーの髪は棚びき、再び赤く染まったガウンドレスのスカートまで翻めいていった。
「では、殿下、私は行きますね」
手に握る二つの赤く輝くファンを強く握り、迫り来る衛士を見据えて、迎えうつ。
「ゾフィー,シャルロッテ、デュ、バイエルン。突貫!」




