災厄、鳧をつける
よろしくお願いします
衛士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていく。悲鳴や怒号があちらこちらで上がる。
そりゃそうだろう。のべつ幕無し、ひっきりなしに刃と刃が振り回されてくるのだから。巻き込まれたら軽装鎧ごと切り裂かれ、ぶっ飛ばされてしまうほどの威力ある剣撃が振るわれているんだからね。
更にいかんことに、そんな逃げ惑う衛士を追うように、私たちが斬り合って追っかけていく形となっている。自らを守ろうと剣を抜き、向かってくる輩もがいく人がいるのだけれど、
「邪魔」
『退けえ』
私のパーティファンに剣を跳ね除けられ、彼奴に蹴り飛ばされる始末。衛士たちは呆然と成り行きを見守るしかなかったね。そんな戦いが、ぶっ続けられていく。
広間をほぼ一周するほどのクルクルと回る剣呑なダンスを続けていたもんだから、いい加減飽きてしまったよ。
そろそろ、剣を引いて一休みしようと考えていたところ、サン・ジョルジュがロングソードの剣撃を緩めてきた。まるで殺気が感じない。斬る気がないんだ。私は怪しみながらも彼の剣をファンで受け止める。
『お前、名前は何て言うんだ。教えてくれ』
唐突にに彼が聞いてきた。私は彼の真意が分かりかねた。
「一介のメイドの名を聞いて、どういたしますのでしょう?」
動き回っていた所為だろう、荒い息の中、彼は言う。
『嬉しくて堪らないんだよ。俺と、ここまで殺り合えるなんて、だから………』
「だから?」
彼は、いかにも可笑しいという様に唇を歪ませ、まとわりつく様な視線を向けてきた。
『せめて、墓碑に名前を刻んでやろうと思ってな。俺って優しいだろ』
何が優しいものですか。余計なお世話です。まだ、勝負も決まってないのに何を言いますか。寝言は寝てから言ってくださいませ。
「お断り申し上げます。見知らぬ方に軽々しく、自分の名を告げるなと旦那様から申しつけられております」
『はんっ、しょうがねえなあ。親切で聞いてあげているのによぉ』
実に残念と言う様な顔をして、彼はソードを戻し体を後ろに引いた。
『なら、''鬼に喰われた愚かな女'' とでも入れるかぁ。なかなかいいだろう』
然も良いことをしたとばかりに自慢げに話をしてくるのはいいのですが大きなお世話です。愚かって何ですか。失礼ですよ。
『そういうことでいいな。じゃあ、止めを刺してやるよ』
と言って彼は再びロングソードを構える。
でも、よく見るとソードの切先が揺れている。肩で息をしているんだ。
そういえばかなり息が荒かった。私を見つめる顔から玉になった汗が滴り落ちている。
クンと辺りを嗅いでみると、微かに酸っぱい匂いが感じられる。
結構、汗掻いているんじゃないのか。疲れた時に出る匂いだ。かなりの疲労が溜まっていると見たよ。
『さあ、構えな。決着をつけようぜ。いい加減、斬り合いにも飽きてきたぜ』
要は疲れたってことかな。私の方は、それほどの疲れは感じない。自分のリズムで戦い続けることができた。そうなると割と疲れないんでね。
それに私は若い。あんなロートルと比べものにならないぐらい若いんだ。メイド業をやってたって力仕事は多い。適度な鍛錬になってるはず。持久力も増えるってもんだろ。
それに戦も終わり、ほっぽかれたって言ってたっけ。世渡りが下手そうだしね。
あの嗄れた声からすると、よっぽど酒に溺れたんだろう。酒精にやられたんだ。そういえば体を目いっぱい動かしたのも久しぶりだって。日頃の不摂生に運動不足の鍛錬不足。
見たところ、歳だってとっている。往年の猛者も体の衰えには勝てないはずだ。
『もう一度、聞いてやる。名を名告りな。せめてもの手向けだ』
勝つつもりで言ってくれているかもしれないけど、そうは問屋は卸さない。あなたは自分の矜持だけかもしれないけど、私にも背負うものがあるんだよ。
姿勢を正し、パーティファンを持ちつつではいるけどを摘み持ち上げスカート頭を垂れてカーテーシーを決める。
「そこまで、お気遣い頂きありがとうございます。では、不肖、ゾフィーと申します。取るに足らないメイドにございます」
『ゾフィーだと⁈』
彼の持つソードの切先が大きく振れた。構えから力が抜ける。
『赤い髪の毛をして、ゾフィーだと!』
彼が目を見張る。
『お前、''緋縅のゾフィー'' っか! なんで、そんな格好してるんだ』
張り詰めた殺気も霧散した。
やりぃ! 隙が生まれた。この機会を逃さず、
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ、
「インベント! エッセ<レグ・ソライレ>」
跳ねろ!
屈み込んで姿勢を低くした体を魔法で強化した脚で前に押し出す。かなりの勢いで彼の懐に飛び込んで行く。
『お前に何かしてみろ………』
勢いに乗ってファンを振るい彼の持つソードを叩き飛ばす。体を捻って利き手を背中で封じ、その捻りの力を集めて彼の鼻っ柱に肘ををぶち込んだ。バキッと肘に何か割れる感じが伝わる。
『グァッ』
それぐらいじゃ落ちない勢いで私たちは、もつれ込むように飛び、倒れ落ちていく。
彼の鼻から吹き出る血がドレスの袖を汚す。後で洗濯代請求するからね。
ダメージのほとんどない私は素早く起き上がると彼を踏みつけて押さえ、パーティファンを振り上げた。
『あいずに輪切りにされぢまう』
血で鼻が詰まったのか、聞き辛いたらありゃしない。彼奴って言ってるんだろうけど、私は私だ。それに怯んだあんたが悪いんだ。さあ、仕置きだ。やられたらやり返すよ
そのまま、喉を切り裂くこともできたけど、しない。狙うは頬でもない顎。パーティファンで叩いていく。
パァーン
まず、一撃。
パァーン
振り抜いて、ニ撃
パァーン
返す刀で三撃、叩く。兎に角叩く。その度に鼻の穴から出た血の塊が彼の顔と辺りと私にまで飛び散っていく。
徹底的に頭を揺らしていくんだ。最初のうちは世迷いごとを呟いていたようだけど、呻き声に変わり、静かになった。
全く、何回叩いたかわかんないよ。変に頑丈なんだから。もし、事が終わって生き延びることができたら、適当なところを紹介してやろうかな。酒精を取ることをやめさせて、走り込ませて汗を出させて体の中のものを出させてやれば良いはずだ。元々、腕はあるんだから結構、良いところに仕官できるはずだ。まあ、あの口ぶりは矯正しないといけないかなぁ。
ふぅ
そろそろ、いいかなとファンを振るうのをやめた。少し前髪が張り付いていたのでドレスから、もう一枚ハンカチーフを取り出して汗を拭き取る。
さっき、無駄に切ってしまったけど、曲がりなりにもレディなんで、予備のハンカチーフくらい、用意してあります。
ようやっとサン・ジョルジュを片付けて、昂った心も落ち着きを戻す。そうなると周りの喧騒が耳に入り出してきた。その中に
「剣の鬼が倒された」
だの、
「師範があれじゃ」
だの、
「そういや、あの女、ゾフィーって名乗ってたぞ」
「確かに」
「師範が''緋縅のゾフィー'' って言ってたよ」
「''緋縅のゾフィー'' っと言ったらアウルム峠の挟撃にあった時の激戦で軍の殿を務めた奴じゃなかったっけ」
だの、聞こえてきた。やだね。昔の話だよ。
「それが、なんでこんなところに? それも、あんなにヒラヒラしたドレス着て」
「俺、大女って聞いてたぞ。見上げるほどの背丈で筋骨隆々として、鬼だって」
えっ、私って、そんなこと言われてたの。鬼ってサン・ジョルジュのことでしょ。そんなに背は高くないし。それに見なさい、このしなやかに伸びる腕の線。何処に無骨さが見えるって言うの。失礼しちゃう。
「人違いだって、ゾフィーって名前、ありふれてるし、たまたまだよ」
そう、人違いだって思ってて頂戴ね。私だって大女だなんて言われたくはないのよ。
しまった。つい聞き入ってしまったよ。周りへの警戒も疎かにしてしまったじゃない。
そんなことだから、
「放てぇ」
号令が耳に入ってくる。視界に薄黒いものが目の前いっぱい広がってしまった。
「一枚じゃ足りん。何枚でもいいから網を放れ」
どうやら、私を捕まえるのに、漁にでも使う投網を持ち出したようね。
「師範が身を賭して、あの女を巣穴から引っ張り出して、こちら側に引き込んでくれたんだ。絡めて手足を封じれば、なるとかなる」
網が、何枚も私に投げられてきた。
ははぁん、私の足を止めて料理しようって算段ね。でもね、そう上手くいくかしらね。だって、私くし、
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ、
インベント! <ヴェントゥス・プロケッロースス・グラディウス>」
風刃
魔法使いなんですよ。
パーティファンを奮って風の刃が広がった投網へと向ける。数枚はスッパリと切り裂かれて使い物にならなくなり、床に落ちてしまう。
残りの幾つかは切り裂くことは叶わなかったけれど投網が捉えた風の勢いのまま、衛士たちの頭上まで飛んて広がり落ちて、下にいた衛士たちを絡めて倒してしまう。
「なんだこれは、絡まって動けないではないか。誰でも良い、早く。外しにこんか」
その中に公爵もいたんだ。もう、聞き慣れた濁声が聞こえてきた。良いところに投網が飛んだものだね。
と、ほくそ笑んでいると、
「次、行け」
そんな号令と共に2人の衛士が私に向かって走ってきた。手に鈍く光るものを持っている。
私がファンを構えると、すかさず彼らは左右に散る。
何事? 二手に分かれた衛士を頭を振って見据え、身構えた矢先に腹に衝撃が伝わる。重いものがぶつかっできたみたいだ。構えが崩れて後退りしてしまったよ。
ジャラン
鎖だ。彼奴ら鎖を持ち出してきた。彼らは鎖で私の動きを封じようと螺旋状に走り出す。
腕ごと鎖が巻き付いて身動きが取れなくなったしまった、私を縛るつもりだね。
「続けていけ。もう一本巻きつけて、動けないようにしろ」
もうひと組が鎖を持って走り込んでくる。私の胴へ鎖をかけ、巻きつけてくる。
全く、そんな縛られて喜ぶ趣味はないって言ってるのに、しょうがない殿方たちですこと。
度々、申し上げますよ。私くし、
コンスペング、コンスペング、コンスペング
魔力を練り上げ、
「インベント! インパルス<トニトルス>」
魔法使いなんですよ。
履きついた鎖を通して、ビリってくる電撃をお見舞いした。
バシッ
呻き声もあげることもできず、顔を驚愕に強張らせ、衛士たちは崩れ落ちる。よく見ると、うっすらと煙が立ち上っていた。
ありゃあ、ちょっとやり過ぎたかな。彼らも鍛えているんだ。大丈夫だろう。うん、そう思うことにしよう。
私はと言えばステイコルセットのおかげで痛みも無い。
コンスペンク、コンスベンク、コンスベンク
魔力を練り上げ
「インベント! エッセ<ヴィレース>」
剛腕付与
まだ、強く縛られていなかったようで、グルグル巻きにされた鎖は多少絡まってはいたものの強化した手で難なく外すことかできた。緩んで床に落ちた鎖を束ねていく。
全く女の細腕になんて仕事をさせるの。本当に筋骨隆々になってしまうじゃないですか。
はて、鎖をどうしようか考えあぐねた。このまま、持っていてもしょうがない。なら、持ち主に返さないとね。
私は巻きつけた鎖を持って体をグルグルと回す。狙うは衛士たちの群れ。
さあ、自分たちが投網される気分を味わってください。
ハッ
タイミングを測って鎖を衛士たちへ投げ込んで行く。
「ファー」
一応、鎖を投げた方向へ注意を呼びかけてあげる。当たってはたまらないと彼らは算を散らすように逃げ惑った。
「があっ、鎖が投げ入れられたではないか。当たったら一溜も無いぞ。一体何をしておる」
当てずっぽで投げたけど、上手いこと公爵の近くに鎖は落ちたみたいだ。
やったね。
ありがとうございました




