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災厄、狂飆を巻き起こす

 思いっきり頬を叩かれ、床に座り込んだ私をサン・ジョルジュがニヤニヤしながら見下ろしている。

 私はといえば、横座りのまま、ジンジンと痛む頬に手を置いて、目をパチクリさせて見上げている。頬を叩かれた所為か体が反応してしまい涙も滲み出てくる。視界が揺らぐ。


『なんてぇ、顔してるんだよ。もしかして、頬を叩かれたのは始めてって言うわけじゃないだろう。それとも何かい、親にも叩かれたこともないって言いてえのか』


 彼は私を茶化して珍獣でも視るようにジロジロと見定めをしている。


『一発、叩かれたからって、涙流して、戦意を無くすような玉じゃないだろう。お前』


 確かに、こんな場面で父上にも叩かれたことないのにって泣き崩れれば、蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢に見られなくもないだろうね。劇作か何かで、よく演じられるじゃないか。

 でも、実際のところ、私の頬は親父殿に…………、


 嫌というほど叩かれているんだね。剣の捌き方は親父に叩き込まれたんだ。

 修行と称して何度叩かれたか記憶ないよ。動きがなってない。どこ見てるんだって体に覚えさせられたんだ。

 まるでお仕置きだったよ。まあ、お陰で技を身につけられたがね。


「よく、ご承知で。お陰様で目が覚めました」


 私は、崩れた足を戻し姿勢を正し腰を上げて立ち上がる。

 そして、彼を見据えて、


「気合いを入れていただきありがとうございます。さあ、仕切り直しと致しましょう。いざ」


 私は叩き倒されても離さなかったパーティファンを彼に向けて構え直した。


『そうこなくっちゃ。俺も頬をお前に叩かれたんだ。これで御相子だ。これから思う存分、手加減なしでやれるってもんよ』


 ちょっと待ってよ。あんなに凄まじい剣撃をぶつけて来てたのに、手加減してたって言うの。嘘でしょう。


『さあ、いくぜ。第二幕の開演だっ』


 そう言うが否や、彼はブレードソードを構えて向かって来た。一瞬、彼を見失う。余りにも速い踏み込みで多少離れていた間合いを一気に詰められた。いきなりソードの切先が目の前に現れた感じなんだ。

 初撃を避けられたのは勘以外なかった。頭を振った途端、切先が顔のすぐ側を突き通して来た。広がった髪の毛が一房、断ち切られて宙に舞う。


『ほう。避けたか』


 感心したかのように唇に笑みを貼り付けて、素早くソードを戻すと次々とソードで突いてくる。間断のない突きの攻撃。切先が発する擦過音が途切れることもなく続いていく。

 髪の毛も数本と言わずに切り取られていく。頭を左右に動かして体を引いたり下げたり捻ったりと、何とか躱しているんだけど、そこに気を取られると、


   ドゴッ、


 脇腹を蹴られる。ステイコルセットが守ってくれるけど、ダメージが溜まっていく。そこで少しでも揺らめこうものなら、大きく振られたブレードソードが八方から切り込んでくる。

 どの振りも私の肉を断ち、骨を砕き、挙句に首を切り飛ばすぐらいの威力がありそうなんだ。ファンを合わせて軌道を逸らすなんてできそうもない。足を縺れさせてふらついた時なんか、


   パァーン


 と、頬を叩かれる。

 もう、為すがままって感じになってしまった。 体ごと飛ばされたけど、何とか踏みとどまって彼奴を睨み返す。

 口の中に血の味か広がった。叩かれて口の中が切れたみたい。口の端から出た血を手の甲で拭い取った。


『ハハっ、どうした。手も足も出ないじゃないか。どうした。あれだけの大口叩いたんだ。お前の力はそんな物か。俺に少しは手応えを感じさせろよな』


 再び、ブレードソードが振られてくる。ファンを合わせて軌道を逸らそうとしようと踏み込んだところの脚を彼奴は足を払って来た。

 堪えきれずに床に膝を突いてしまい、動きが止まる。そこへ肩にソードのポンメルを撃ち込まれて手まで突いてしまった。

 体が崩れて垂れた頭へ蹴りが入り、意識が刈り取られそうになる。それじゃ、堪らんと自ら転がって彼奴から距離を取った。

 全く、なんて攻めだい。魔力を使って目眩しなり、防御なり攻撃なりする暇もないよ。


『もう、限界じゃないのかい。足がふらついているじゃないか。そろそろ、楽にしてやるよ』


 私がもう、戦える状態にないと見たのか、彼が最後通牒を突きつけて来た。ブレードソードを顔のところまで上げ、切先を私に向ける。


『お前はよくやった。褒めてやるよ。偶々、俺がここに居たのが運の尽きってわけだ』


   シャキンッ


 持ち手に力が入ったんだろう。ブレードソードの鍔が鳴る。


『お前の信ずる神にでも祈りな』


 自分の圧倒的な技量で私を翻弄して、気分を良くしたんだろう。喋りが饒舌になっていく。

 なら、


コンペング、コンスペング、コンスペング

魔力を練り上げ


「インベント! オムニア・フルント<サナティオ>」

癒しよ、巡れ


 お陰で、その僅かの隙に、体に魔力を巡らせて痛みを和らげて、活力を取り戻させることができるよ。

 こんな野郎に殺やれるほど、私は柔じゃない。まだ、心は折れていないよ。まあ、見てな。


『終わりだ!』


 彼は突きの構えからソードを捻り上げて、鋭い踏み込みと共に上段から打ち込んで来た。私はそれをパーティファンで受けるべく掬い上げる。


 シャンッ


 剣の鬼と言われる男が全力で斬り落として来たんだ。普通ならにパーティファンで受けても、威力に押し切られて頭をかち割られてしまうだろう。

 でも、振り切られるソードの軌道に私はいない。利き足を相手側に踏み込んで体を捻り半身になって相手の脇に回り込む。二の腕に乗せたファンが衝撃を吸収しつつブレイドソードを受け流ししてやった。


 そのまま、ファンを振って彼の頭を狙っていくけど、相手もやるもので避けられてしまう。


『なんて野郎だっ、まだ歯向かって来やがる』


 今度は、鋭く突いて来た切先をファンの天で割り逸らし、逆に彼の水月めがけて突き込んでやった。


『まだ。歯向かうだけの力が残っているってか』


 彼は、難なく体を捻って避けて行く。そして直ぐに構え直して右上段から打ち込んで来た。


  バシャ。


 私はまた、さっきと同じようにファンを掬い上げて受けに行く。

 やはり、力の差は歴然でソードで弾かれたけど、反動を利用して彼奴の横っ面を引っ叩くべくファンを回すように振るって、石火を決めに行った。


『チッ』


 彼は仰け反るようにして避けたけど鼻に真横に赤い筋が付いてしまった。パーティファンに仕込んである鋭い刃が掠ったようだ。


『何でえっ、避けてるだけかじゃねえ。まともな剣の使い方も、できるじゃないか』


 彼は鼻を押さえて、言ってくるのだけれど、なんか愉快そうにみえるのは、なぜ?


「主にお仕えをするメイドとして武芸の一通りの指南は受けておりますれば、旦那様が命の危機とあれば全身全霊を賭して御守りするのはやぶさかではありませぬ」


 実家が、ちと、やばい事に関わっているんでね。親父に、幼い頃から、しこたま鍛えられているんだ。


『なら、まともに殺りあおうぜ。俺は命を賭けた死合を楽しみたいんだ。お前、逃げ回ってばっかりでつまらなかったんよ。他の弱い奴らと同じだとね』


 すいませんね。つまらない女で、今まで、そんなしおらしい事してなかったんだよ。ごめん遊ばせだよ。フンッ


『今は違う。その目だ。あれだけ責められたのに、まだ見返してくる、その目だ。俺を恐れずに歯向かって睨み返してくる、その目が気に入った』


 彼は笑っていた。歯を剥き出し笑っているんだ。


『鬼だと恐れられて、周りの奴らは卑屈な目しか見せてこない。大きな戦も終わり、用なしだと放り出され、挙句に公爵に拾われて冷飯を食って、燻っている俺の魂を奮い立たせる、その目が気に入った。さあ、殺り会おうぜ。俺と心の渇きを癒してくれ』


 気が昂ぶり、目を血走らせ、恨み節をぶつけてくる。

 そんな自分の鬱憤晴らしの相手にしないでください。たまったもんじゃない。


『頼むぜ。俺も一剣士として、当たらせてもらう。お前も全力で向かってこい』


 サン・ジョルジュは、手に持っていたブロードソードを放り投げてしまう。一歩後ろに引くとと直立し、腰の剣帯からロングソードを引き出して来た。

 えっ別の剣を持ってたの。今まで使っていたブレードソードは何かしら手加減されてたのかな。こっちが本命? そう、本気なのね。本気で私と殺り合っていうわけなのね。

 彼はロングソードソードを姿勢を正し顔の前に立てた。

 鍔に飾りのない武骨一辺倒なソード。よく見ると鍔に傷がたくさんついている。数多の戦場で彼が使用していたものなんだろうね。

 私も同じようにパーティファンを立てる。お互い切り結ぶ前のセレモニー。鬼という割に変に義理堅いこったね。


『参る』


 一言告げて、彼は青眼に構えると直様、足を踏み込み打ち込んでくる。

 私も直ぐにソードが来るであろうところにパーティファンを掲げて、それを受け、滑らせ、そのままファンを返して打ち込み返す。


   シャラーン


 彼も又、同じようにファンを受け流しソードを返し切り込んで来た。


   シャリーン


 それを私が受け流し、返して行く。彼も同じく。


   シャラーン。シャリーン。


 斬り合いが止まらない。いや、止められない。気を抜いた途端、バッサリ斬られる。

 そしてお互いの得物の軌道が大きく、そして早くなって行く。足捌きも早くなり、立つ位置が頻繁に移り変わる。クルクルと周って演舞を踊るように斬りあっていった。視界に入る景色も流れていく。

 そのうちに光が瞬くガラスの山が見えなくなる。知らぬうちに殿下たちと離れ、ガラス片の山で出来た谷を出てしまったようだ。遮蔽物ない広い空間に出てしまう。

 私たちを太巻きに取り囲む衛士が見えた。敵の中に、むざむざと誘い込まれたみたいだ。

 周りの衛士が固唾を呑んで私たちの剣舞を見守る中、彼と切り結んで気づいたことがあった。何度も剣を合わせ、掴んだんだ。

 なら、やってみる。彼の上段からの打ち込みを高い位置で受けて、反動でパーティファンを頭上で回してつつ、利き足を踏み込んでステップ。ファンを彼の頭狙ってアタック。

 避けられるのはわかっているから、体を捻って向きを変えて、軸足を引きつけてステップ。彼がこっちを見定めてワン、構えから踏み込みトゥ、切り込んでスリー、私が受け流してフォー。スロー、スロー、クゥイッククゥイック。彼の動きのテンポが掴めて来た。

 今まで通り、剣を逸らすだけじゃない。私も責めていく。ロングソードを受けて逸らし、直様返す。避けられたって構わない。次のリズムに繋げていけば良いんだね。

 ツー、ツー、スリー、フォー! スリー、ツー、スリー、フォー。パーティファンを縦横無尽に振っていく。彼が受け止めて責め返されても変わらない。軸をぶらさず体を捻り剣撃を避けていく。

 ステップ、スゥイング、の、トゥギザァー。ハックステップ、スゥイング、の、リバース。四拍子のリズムで足を捌き、体を逸らし、捻り、まわり込んで必殺であろう剣の軌道を避けていく。

 ある時は受け流し、返し、ある時はロングソードの切先を割逸らし、踏み込んで突いていく。

 相手が反撃と押し出してくれば引いて。相手が引いたとすれば、私が体を押し込んで。ファンを振るう。押さば引き、引かば押していく。

 単調なリズムの攻めじゃ飽きられてしまう。そこは、足を踏み替え、アウトサイドチェンジで向きを変えて変化をつけていく。右回りで彼の責めを避けて左周りで私が彼に切り込んでいく。ファンの振りも素早く、もっと素早くと強弱をつけて責めを単調にしない。

 そして彼のじゃない。私のリズムで剣撃を交わし。刃とかしたパーティファンを切り込ませる。

 私も、彼も注視するのは相手だけ。他なんか見向きもせずに、刃の行き先を読んでいくもんだから、いつの間にか、私たちを取り巻くように見ていた衛士の列にまで飛び込んで斬り合ってしまっていた。

 風さえ切り裂くような私の振り、肉を骨ごと砕き斬るような彼の振り。怒涛の打ち合いが広間の中で所狭しと吹き荒れていった。


 巻き込まれては堪らないと逃げ惑う衛士たちの悲鳴が大広間に広がっていく。


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