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災厄、欲豚を罵倒する

よろしくお願いします

 ボトルを半分ほど臓腑へ流し終えた。口の端に残るワインを手の甲で拭う。酒精を取り込んだ腹が熱くなっていく。乾ききった喉にも潤いが戻ってきた。

 さすがビンテージもののワインだね。甘味は少ないんだけど後味に余韻があってコクが深いんだ。

 しかし、よほど体が燃料を欲しているのか、あっという間に酒精が体に取り込まれてしまい、酔いを感じることもなかった。


「ゾフィー殿。私くしも手伝わさせてください。貴女だけに頼るのは心苦しいのです」

「殿下も嬉しいことを言ってくれます。ですが、これは私の役目。殿下は、そこでどっしりと構えて頂くだけで結構」


 殿下も、だいぶ肝が据わってきたようだね。

 後は壁、出入り口は無しの袋小路。両横には、本当に役に立つのか迷う、うず高く積もったガラス片の山。味方となるものは頼りになるかどうか分からない弱輩な姉弟。こんな状況なら外聞も関係なしに跪いて命乞いをし、生を長らえようとするんじゃないか。普通。


「しかし、ゾフィー殿。ここは私くしだけ彼らへ差し出せば、貴女方は見逃してくれるのではありませんか」

「ハハっ、人死にはそんなにありませんが、こんなに暴れ回って殿下が言う通りの事は進みませんて」


 私ら下々の為に自分の命を賭けようとする。この短い時間で成長したもんだ。


「ここでは殿下は将なのですよ。狼狽えないで下さい。落ち着いて頂けますか。そんなだと、臣下に動揺が広まっていくものですよ」


 将たる山は揺るかざるもの。そうすれば臣は安心して攻めて行けるものなんです。


「それに殿下にはお願いしたい儀があります。やっていただけますか?」

「何でしょう。是非、何なりと言ってくだ………」


 そう、殿下が言ってくださった時だった。


   ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュ


 と私の周りを風を切る音が過ぎていく。


   チャ、チャ、チン、チリン、チッ、


 通り過ぎた先にあるクリスタルガラスの砕片が鳴る音がした。


  矢だ。射られた。


 音が来た方向を顔を向けると積み上がったシャンデリアのガラス辺の上を黒い筋が幾重にもこちらに向かって描かれる。

 相手の行動可能な弓兵が、私がいる辺りの検討をつけて、山なりに矢を放ってきてるんだ。狙っているわけではないから、見当違いな方に向けて飛ぶのが多い中、数本は私めがけて飛んでくる。

 でも、残念、鏃は私に刺さる事なく、ガウンドレスの脇を掠るように抜けていく。そしてガラス片の山に刺さる。


「ゾフィー殿⁉︎」 


 殿下が焦った声をだす。私が射抜かれたと思ったんだろうね。でも大丈夫なんですね。未だに風が私を守っているんです。


「ご安心を。矢はすり抜けていきます。風の鎧が私を守ってくれているます」


 私は振り向き、微笑みながら答えると殿下は安堵の表情を見せる。

 でも、やられっぱなしっていうのは良くないねえ。


  コンスベンク、コンスベンク、コンスベング

    魔法を練り上げ、


「インベント! グレネード<ショットスタン>」


 矢が飛んできた方向へ向けて、魔法塊を放物線を描く様に打ち出す。着弾すると眩い光と衝撃を撒き散らすんだ。

 直様、閃光が瞬きと破裂音が向こうから聞こえて来る。弓兵と思わしい叫び声も混じっている。峰越しの喧騒が大きくなって行った。

 向こうもいきなりでパニックになっているだろうて。こっちだって矢が飛んで来て少しは焦ったんだからね。おあいこだよ。


「殿下、お願いしたい儀とはこの事。この様に思いもしなかったところから攻撃されてしまうことがあります」


 その私の言葉を聞いた殿下の表情が強張った。でも私を見ているんじゃない。私を通り越して後ろを見たんだ。


  コンスペング コンスペング コンスペング

   魔力を練り上げ,


「インベント! <ヴェントゥス・プロケッロースス・グラディウス>」

  風刃


 私は、すぐに反応して素早く振り向き、手を大きく振って風の刃を飛ばした。

 飛ばした先に視線を向けると、クロスボウをこっちに向けている弓兵が視野に入る。ガラスの峰をまわり込んで射ってきたんだね。

 風の刃は矢を弾くと、そのまま飛んでいき、クロスボウを壊して弓兵を吹き飛ばす。

 振り切った手を戻して姿勢を正す。大広間の明かりだったシャンデリアをあらかた、床に落としてしまい、辺りが薄暗い中で、うず高く積もったガラス片の中に残る魔力が淡く光る。その光が私のドレスの赤を照らしていく。

 なんか幻想的に見えるかな。見せ物小屋でもやれば拍手のひとつでももらえるかな。1人で悦に入る。

 いつま浸っている訳もいかないんで私は再び、殿下へ振り返り、


「殿下には目となって頂きたい。私の目は2つしかありません。どうしても見えないところが出来てしまいます………」


 いきなり頭の後ろがチリチリしだす。嫌な感じに振り返ると、又、視界に弓兵が入って来る。そのまま、体を捻り手を振る。


「インベント! <ヴェントゥス・プロケッロースス・グラディウス>」

  風刃


 体内に残った魔力を振り出し、後方へ風の刃を飛ばした。


「見ての通り、殿下と話す暇さえ与えてくれません」


 刃の飛んだ先を確認すると弓兵が吹っ飛ぶのが見えた。そのまま、殿下に背を見せて前を見据える。


「ですから、私では至らぬところを殿下にはカバーして頂きたい。後ろから声をかけてもらえば良いのですよ」

「ですが、ゾフィー殿、それではあまりにも………」

「将たるもの、戦場を俯瞰して大局を見据えるもの。勝敗の趨勢は、そういう事で決するのです」

「そうまで言われるのでしたら、分かりました。そのお役目果たさせて頂きます」


  うんうん、素直なのは良いことさね。


 私は片手を横に上げてると、拳を握り親指を立てて背中越しに殿下に見せる。


「殿下ぁ! 私の背中を預けます」

「委細承知いたしました。ゾフィー殿の背中、必ずや守ります」


 うん! 良いねえ。こういうやり取り。これで背後の備えは叶うはず。私は心置きなく前だけに集中すれば良いこと。

 まずは牽制も兼ねて、


コンスベンク、コンスベンク、コンスベング

  魔法を練り上げ、


「インベント! グレネード<ショットスタン>」

  閃光あれ、爆音あれ、そして散れ


 手を前に構えて魔力塊を幾つも打ち出して行く。


   カッ、ドオォン


 着弾と共に光が瞬き、豪音が辺りに響き渡る。

 すると呻き声が聞こえ、結構な数の衛士が、目と耳を押さえてフラフラと私の視界に入ってきた。こっちから見て死角となるガラスの山の影に隠れていたんだ。


「インベント! <ヴェントゥス・プロケッロースス・グラディウス>」

  風刃


 すかさず、風を飛ばして弓兵を吹き飛ばし戦闘不能にしておく。

 するとなんてこったい。倒した数以上の衛士が、またぞろ現れて来やがった。牽制のつもりが相手に俄然やる気を出させたのかな。藪蛇だったかね。

 私の目の前に広がるガラス片で出来ている谷の向こうへ、白い儀典服を着た衛士が集まってきた。

 さっきあった水蒸気爆発と魔法塊の破裂でかなりの人数が戦闘不要になっていたはず。

それなのに、この数の衛士が見えると言うことは、屋外に出ていて公爵邸を警護していたものたちが屋内に戻ってきだんだ。

 幾重にも並ぶ衛士の列の前に、幾人かに支えられて公爵様がお出になった。


「よくも、よくも、よくもやってくれたな。この所業、其方の命だけでは拭うことはできん。一族郎党全てを根絶やしにしてやっても足らん。全くどうしてくるれよう」


 怒り心頭なんだろう。少し離れてはいるけど公爵の手が怒りに震えているのが見えるよ。

 確かに、爆発で貴重なガラスが吹き飛び、大広間の中に置かれていた豪華極まりないテーブルやチェアーが壊されたんだからね。


「お前が落としたシャンデリア、いくらかかったと思うんだ。これひとつで小さい白なら買えるほどの金がかかっているのだぞ」


 公爵は拳を握り、ブルブルと振るわせ引き攣らせた顔を見せる。

 それは悪いことをしたね。でも1番の原因はルイ殿下を虐げ自分の孫を王位になんて欲に塗れたことしたからなんだからね。言っても詮無きことだけどね。


 あれ、あれれ、公爵閣下を見るとさっきと雰囲気が違って見えた。


 ぷっ! あれって、さっき何処か飛んで行った風の刃の所為かね。


「公爵閣下に於かれましては、再度のお目見え、恐縮至極に存じます。閣下、何ぞお召替えなどされましたか?」


 ぷぷっ! あれじゃ、怒るのも無理ないか。


「私は田舎者で都の流行などは存じませんが、今は、その様なスタイルが流行っているのですね」


 ぷぷぷっ! あれっは、確か………、だめっ、口の端がヒクヒクしちゃう。


「額から頭の上までサッパリ髪がありません。テカッとした光が見事としか言えませんわ」


 公爵の頭の様相は、前髪から頭の上まで風の刃に髪を刈り取られて、皮膚が露出しているんだ。

 キラッと光るのはクリスタルガラスの魔法光が反射してるんだね。

 私の口上を聞いている公爵側からも、プッと吹き出す声がちらほら聞こえてきた。公爵は憤怒の顔つきで周囲を見渡して、血走った目で閉藝してその声を殺して行く。


「流石はハロルド公爵マクミラン様。私の父に聞きましてよ。若き頃は精悍な顔つきで''後家ごろし''など浮き名を巷で流し、社交界においては片っ端から、数多のレディを口説き落としまくったとか。年季を重ねた今でも、新しいスタイルを探求するとは」


 自分の顔の良さを傘に来て、遊びまくった挙句にスキャンダルのオンパレード。

 なまじ、財があるから、片っ端から金の力で揉み消して行って貴族界の鼻つまみ者。


「東の国では、そこをサカヤキと言うとか! 公爵様、遠方の国の文化にも造詣が有るのですね」


 まあ、今はザンバラの野郎髪。体に余分な肉がこべり付いて鈍重な体つき。以前のイケメン顔も年と共に何処へやら。往年の面影も全く見られないって。


「小娘! 言わせておけば、あらぬことばかり申し立てしおって。ここまで儂をコケにした奴はおらん」


 公爵は肩を怒らしている。腕の震えも大きくなっていた。露になっている頭の皮膚が怒り心頭で赤を通り越してどす黒くなっていく。


「衛士、この場で刀を抜くことを許す。あの口のへらない小娘を切ってしまえ。ナマスに切り裂いて儂の前へ持ってこい。さあ、皆のもの行けぇい」


 ちょっと煽りすぎたかな。とうとう、公爵は衛士たちに抜刀の指示を出した。

 さあ、戦闘の再開だね。気合いを入れて参りますか。


「此奴、魔術を使う。気をつけよ。剣で応戦しろ、抜刀!」


 目の前に居並ぶ衛士が一斉に腰にある剣を鞘から引き抜く。


「ハロルド公爵家衛士、3番隊フィオレ、リベロ、参る!」

「5番隊、マクベイン、参る!」


 その中の1人が名乗りを上げて突出してきた。続いて、もう1人。ただ、砕けたクリスタルガラスの山が狭き谷となって1人がやっと通れる状態なんだね。たくさんの人数で押し寄せて来ることが難しいんだよ。

 しっかし、剣も持たない、素手の女に切り掛かって来るなんて、


「無手の、か弱き乙女に長剣を晒すは、あなたがた、剣の道を歩むものとして恥ずかしいとはもわなくて」


 私は微笑みながら答える。


「ぬかせ! 大人しく縛につけば良いものを」


 衛士はロングソードを顎の前で横に構えて走り込んでくる。

 私は腰のポケットに手を入れて魔力で赤く染まるパーティファンを取り出すと展開させた。それは並のものより巨大な物だったりする。

 私はそれで口元を隠すと、


「縛られて喜ぶ嗜好などございませんのに」

「戯言などいうでないわ」


 意気込んで谷の間を駆け込んでくるのだけど。この通り道は、さっきの水蒸気爆発の後、冷えた蒸気が水なり、ビシャビシャ。更に悪いことに天井から落下して砕けたガラス片が足元に散らばっている。無闇に走り込んでくると、


  スルン

「「うわっ」」


 滑りやすいんだ。迫ってきた2人とも見事にスッテンコロリン。

 すかさず、私はしゃがんで床に手をつけると、


「インベント! シンティラ<ブリッツ>」


 雷の礫なれ


「「ガッ」」


 派手な青い光が瞬き、濡れた床を通して電撃が走る。2人とも、短い悲鳴をあげると体を硬直させて動かなくなった。

 水の気っていうのは電気が通りやすいんだ。


 さて初手は私に軍配が上がった

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