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災厄、巣窟に立て篭もる

  刹那の時、熱い蒸気が頬をなぶっていく。風の鎧とバイエルン家謹製のガウンドレスが熱波を遮ってくれた。

 背中を踏みつけるように衝撃が私を潰そうと力を振るう。圧がかかって床を滑り、壁に押し付けられた。 


   ヴン


 頭上の空気を引き裂いて、何かが飛来してくる音が耳に入る。


   ドゴッ、ドゴッドゴッ、ドゴッ


 壁に大きな物がぶつかる音が聞こえてきた。


   ガラン、ガラ、ガラン


 銅鑼が間近に落ちてきたような物音に薄く目を開けてみると、銀色に輝く物。頭上に手をかかげる天使が形どられた燭台だった。

 私の肩ぐらいの高さのある燭台。金にものを言わせて作ったんだろう。こんなもの当たったら怪我だけで済まない。顳顬を冷や汗が流れる。


   ブゥン


 更に空気を掻き分ける強い圧が感じられた。

 再び、ぶつかってくるかと身構えたんだけど、


 バァアアアーン。


 頭上から、厚い板をぶち破る音が周りに響き渡っていく。砕かれた木っ端が私たちに降り注いてきた。そのまま、落ちてこられても堪らない。頭上を仰ぎ見ると、


「げえ。」


 すいません。レディらしからぬ声をあげてしまいました。

 だってねえ、壁にどデカいテーブルが刺さっているのが見えたんだよ。それも場所が離れて複数、壁をぶち抜いているんだ。

 その内のひとつが私の眼前にある。もし立っていたならば、飛んできたテーブルに打ち付けられ、壁のオブジェになっていだ事だろうて。

 肝が冷えた。パカっと口が開いてしまう。開いた口が塞がらないとは、この事なんだね。

 改めて体を起こし周りを見渡すと、他の椅子やテーブルが吹き飛ばされて壁にうず高く山のように積み上がり、割れた皿や瓶のガラスが床に散乱する。

 料理も撒き散らされ、目が飛び出るような値段のつくワインも瓶がわれ、床がそのテイストを味合わせていたりする。

 水蒸気爆発で大窓が外に吹き飛ばされて、遮るものがなくなり夜風が吹き込んできた。   それによって冷やされた蒸気が水に戻って、辺りがビシャビシャに濡れてしまった。


「ううっ」


 起き上がった私の下から、呻き声が聞こえてきた。

 殿下だ。私が彼を押し倒して覆い被さって爆風から守ったんだっけ。


「殿下? 殿下? 無事ですか?」

「うううっ、ゾフィー殿」


 声をかけると、直ぐに返事がある。


「動けますか? 痛いところは? お怪我はありませんか? ヒリヒリするとことかないですか?」

「大丈夫です。貴方のおかげで、なんともないようだ」


 殿下は、平気と返事をしてくれるのだが見ると顔が真っ赤だ。

 蒸気にやられて顔を火傷したんじゃないの。それとも熱でもあるんじゃないのか。骨が折れると熱だって出るんだ。


「殿下、お顔が真っ赤になっていますよ。火傷じゃないでよね。痩せ我慢は碌なことになりませんよ」

「少し、ヒリっとしましたが、なんともありません。お気になさらないでください」


 どうしてだろう。殿下は目を泳がせ、顔を背けて私を見てくれない。


「殿下! 本当のことをおっしゃっていただけますか? 手当が遅れると痕が残ったりしますから」


 私は声を荒げて、殿下を問い詰める。


「いや、あのね、えー」

「殿下!!」


 やりたかないけど、魔力を流し込んで、全てを吐かせないといけないかな。


 すると観念したのか、頬をカキカキ、殿下が口を割った。


「あー、壁に打ち付けられたのも、熱いのに吹かれたのも、貴方が覆い被さってくれたおかげでなんともありません………」

「ただ……」

「ただ?」


 でも、なんともあやふやな言葉しか出てこない。


「殿下!!! はっきり言ってください。お命にかかわるかもしれないのですよ」


 私は聖人でもあるまいし、それほど気の長い方じゃない。煮え切らない態度なんかされてくるとイライラしてくるんですけど。忍耐にも限界ありますよ。

 すると殿下は顔を落とし気味にして上目遣いで私を見つめてきた。


  一体、何が?


「ゾフィー殿。あのですね。貴女が私くしを庇ってくれたのは良かったのですが………」


  えっ私が、原因なの?


「抱え込まれて、あっ貴女のその………むっ………頭を胸に包まれてしまったのですよ」


  えっ?


「その………、えも言われぬ柔らかさと、言葉にできない香りに酔ってしまったようなんです」


 ちょっと、ちょっと私の胸と匂いに酔っただって! なんテェこったい。

 豊満なんて言えない、人並みに届くかどうかの物しか持ってないのですよ。私のは。

 それに匂いだって! 酒飲んだ後に出た汗って臭うんですよ。そっ、それをいい香りだなんて。

 頭に血が昇り、顔がボッと熱くなった。


「誠に申し訳ありませんでしたぁ」


 思わず、殿下に向けて頭を下げ体を深く傾けて、最敬礼をしていた。

 なんなら膝をついて額を床に押し付ける土下座とやらでも! 

 いえいえ、この見窄らしい腹を掻っ捌いて心の臓をささげましょうか。


「そんなに謝られても困ります。私も至福の時間をいただけました」


 そう、言って殿下は体を回して、私から見えないようにした。ちらっと見えた耳まで赤く染まっていた。

 本当にそうだったのか、お世辞なのかはわからない。申し訳ないって気分が薄れて恥ずかしいって気持ちが上回っていく。

 いつの間にか私も体を殿下とは反対に回して彼を見ないようにしていた。やはり、殿下と同じで頬はおろか耳まで熱くなったね。


 すると、そこへ、


「あねうえ〜」


 自分自身、居た堪れなくて、モジモジしているとアデルの声が聞こえてきた。彼奴も無事だったんだね。


「アデルか?、助かったよ」

「何が助かったですか? 骨が折れてないかとか、心配のひとつでもしてくださいよぉ」


 お互い、赤面してからの会話もできず、間がもたないところだった。

 アデルの奴もそれなりにバイエルン家の男として鍛えているから、これぐらいとことで心配なんかはしていない。


「お前なら大丈夫だって思ってたからね。実際そうじゃないかわ」

「姉上〜」


 そう、情け無い声なんて出すんじゃないよ。信頼してるってことだよ。

 姉と弟で与太話をしていると、だいぶ、気持ちが落ち着いてきたのか、広間の奥からの呻き声とか、助けを求める声とかが聞こえてくる。

 実際、水蒸気爆発は爆発というけれど火が出るわけではないんだよ。急激な膨張による衝撃がすごいんだ。

 吹き飛ばされた瓦礫が変なところに当たるとか、埋もれて息ができなくなるとか不幸なことはあるかもしれないけどね。




「があぁ! 儂の耳がおかしい。誰か、なんとかしろお」


 聞いたことのある濁声が奥から届いてきたよ。あれは公爵様だね。


  しぶとい! 生きていていやがったよ。


「重い、重い! 早よう、儂の上から退かぬか。重いではないか」


 どうやら、周りの衛士が壁になって衝撃の直撃を防いだようだね。衝撃を受けて折り重なった衛士のおかげで飛んできた瓦礫なんかも当たらなかったんだ。

 衛士の皆さん、体を張ってのお勤めご苦労様。

 さて、公爵が生きているということは、まだまだ殿下を亡き者にしようとするはず、 


「姉上、ここは混乱に乗じて逃げましょうよ。いくらなんでも多勢に無勢。2人だけじゃ、数に押されますって」


 確かにアデルの言うことも一理あるな。公爵には心胆を寒からしめて、一泡蒸させてやったから、引き時でもあるのは確かなんだね。

 と、考えを巡らせていると、ガラスが吹き飛んだ大窓の外から、


「陛下をお救いしろ。襲撃者を見つけ次第排除しろお、怪我人の救護も急げ」


 外で警備にあたっていた衛士たちの声が耳に入ってくる。邸宅の外からも増援が来てしまった。

 引き際を間違えてしまったかな。

 このまま、この場を去って外に逃げたときても数に任せての追撃戦を受けてしまう。追い詰められて逃げ切るっていうのは、なかなか、辛いんだな。

 以前、殿を務めたことがあるんだ。


  本当に参ったね。やりたかないよ。


 ここは、この場に止まって頑張るしかないね。ハウスキーパーのマーサに頼んだ付け届けが間に合うこと祈ろう。

 私を辺りをに視線を飛ばす。そして見つけた。これは偶然にしては良い物を見つけたんだね。

 爆風に飛ばされたテーブルが壁を突き破って大穴を開けていた。穴の奥が袋状になっている。2、3人なら入り込めそうだ。

 これなら、後ろを取られて背中へ、ざっくりと刺されることも無いはず。


「殿下。取り敢えず、壁の穴に入って頂けますか」


 相手の増援の喧騒が高まる中、彼に隠れるように頼んでいた時だった。


   パリーン


 すぐ間近でガラスが割れる音がした。


  おかしいな


 テーブルの上にあったガラス製のものは、あらかた爆風に飛ばされて砕けて床に散乱している。テーブルも全部、倒れているんだ。相手から小さなガラス片を投げ入れられたって大した脅威があるわけで無し。ということは、


 上


 ハッとして頭上を見上げるとクリスタルガラス製のシャンデリアが目に入る。四,五人が手を繋ぐよりも大きい。

 そんなシャンデリアが揺れている。途中、引っ掛かっている、変な振り方だ。

 錯覚かもしれないけどなんか、揺れるたびに少しずつ、下に落ちているように見えた。


  これはもたん。


「殿下、壁に開いた大穴に飛び込んでください。早く!」


 言うがいなや、私は殿下の腰にタックルをかまして穴へ飛び込んだ。


「アデルも早く来なさい」


 今度はアデルを退きものにせず、呼んでやった。

 丁度、そのタイミングで、頭からでブチって音が聞けえてきた。途端、魔力で光るクリスタルガラスの塊が落下した。


  カシャーン


 シャンデリアを構成するクリスタルガラスのピースが落下して一斉に割れた。鋭い音が耳に刺さってくる。辺りに破片か飛び散った。

 私は素早くガウンスカートからパーティファンを引っ張り出すと、片手で振って地紙を広げて、


「インベント! エッセ<スクゥトウム>」

盾となれ


 パーティファンに盾の属性を付与した。

 弾けたように飛んでくるクリスタルガラスの破片。

 広げたファンが私と殿下の盾になってくれた。手にはファンに当たったガラス片の衝撃がひっきりなしに伝わってくる。

 しばらくしてファンを下ろしてみると。落ちてきたシャンデリアがうず高く積もって山のようになっていた。辺りにはびっしりとガラス片が撒き散らかせている。

 もしかして、落ちたシャンデリアは上手く使えるかもしれないな。天井を見上げると、あの爆風に耐えて数個のシャンデリアが未だに吊られている。

 私は膝立になるとガウンスカートにあるスリットからワイヤーを引き出していく。

 このドレスには色々と便利なものをしまってあるんですよ。さらに別のスリットから弓矢を出すと、矢を口で咥えてワイヤーの端を結えた。

 そして、袖の一箇所をつまむ。何か外れた感触と共に袖口のカフスを軸にして弓柄が展開、弓弦が張られる。

 そこに矢をつがえて天井にぶら下がるシャンデリアの付け根を狙うって


「上手く飛んでってね」


 矢を放つ。

 飛んでいった矢はワイヤーを弾きながら飛んでいくと、シャンデリアの吊り具へと刺さった。


「やりぃ」


 今日はついてる。1日に2度も狙いから外れずに矢が飛んでいったよ。

 片手でワイヤーを引き寄せて張る。

 これでシャンデリアを引き落とすわけじゃない。いくらなんでも女の細腕で引っ張れるなんて思っていないよ。私はこうやる。


コンスペンク、コンスベンク、コンスベンク

魔力を練り上げ

「インベント! インパルス」


 魔力をワイヤーを通じてシャンデリアの付け根に流し込む。このワイヤーには魔力が流れやすくしてあるんだ。

 バシッと音がして天井の吊りが壊れて、シャンデリアが落下する、


コンスペンク、コンスベンク、コンスベンク

魔力を練り上げ

「インベント! エッセ<ヴィレース>」

剛腕付与


ここで気合い一喝。シャンデリアを私の近くに引き落としていく。落ちて飛び散るガラス片を喰らう訳にもいかないんで、パーティファンを掲げて、


「インベント! エッセ<スクゥトウム>」

盾となれ


 魔力で自分を保護していくのさ。


 これを天井に残る分の全てに繰り返した。これで私の両側に人の背の高さを超えて積み上がったクリスタルガラス片が山となり壁の役割を果たしてくるはず。

 そして私の目の前には人1人がやっと通れるぐらいの谷間が出来上がり、一本道となる。

  そこに敷き詰められた砕けたガラス片が足元を滑りやすくしてしまう。両側の山から登ってしまおうとしても積み上がったガラス片が崩れて手がかりにはならず、逆に置いた手を傷つけていく。ガラスの城壁の出来上がり。

 後ろには、壁にできた穴を館に見立てて、中には主人たる殿下が座している。そうなると、この場は殿下の城になるって訳だ。

 公爵は、兎に角、殿下をなんとかにしないと自分の首が危うい。なんとしても亡き者にしようと、こちらに責めて来るだろう。

 で、私はハロルド公爵邸の敷地の中にできたルイ砦の門番になって、それを食い止めていけばいいってことだよ。

 

 ガラス片の山の外が騒がしくなってきた。相手が押し寄せてきたんだろうて。

 再び、戦位が始まる。

 さっき、足元に転がっていて奇跡的に割れずに残っていたビンテージワインのボトルを見つけた。封を開きコルクを抜いた。頭上に掲げて中身を開けた唇に流し込んでいく。


  クゥ〜、効くう。


 熱いものが腹に流し込まれていく。体に吸い込まれていく。まあ、水分補給と景気付けだね。


 さあ、掛かって来い!



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