災厄、地獄の窯をぶちまける。
殿下が近づいてきて、私の手を取る。
「ゾフィー殿。あんなに派手に人を殴って、指とかは大丈夫なのですか」
優しく指先を手に取り心配そうに眺めてくる。
「ナックルダスターっていうものがありまして。指の根っこの方にリングがついていますでしょう。それなんですよ。打撃の時に指を保護してくれます」
「なるほど、これなんですね。女性の細い指でもこれらなら大丈夫なんですね」
殿下は興味を持ったのか、私の手のひらを返したりして観察してきた。
なんとなく恥ずかしくなって頬が熱くなってきたんだよね。剣を握る無骨な指を見て何が面白いんだろう。
「姉上、いい雰囲気の処、申し訳ない」
アデルか。唐突に話しかけてきた。これ幸いと殿下から手を引っ込めたね。でも、顔の火照りが冷めないんだよ。
「どうした? アデル」
「いえ、ね。こっちまで走り込んで来たのはいいのですけど、この壁には扉がありません」
「えっ! ない。そういう事はもっと早く言ってくれない」
やっちまったかな。周りの状況を見落としたかもしれないよ。
「姉上があまりにも乙女な顔してるもんですから、良い雰囲気なのに割り込むのは不粋かと話しかけづらくって。今の姉上のお顔を絵にして父上や母上に見せたら、さぞ喜ぶでしょうね」
「そんな事はしなくてもいいからね。父上や母上にも黙っていなさい」
本当に、もうアデルったら、こんな時に気を回しすぎだよ。父上や母上の耳にでも入ろうものなら、どんだけ、いじられると思うの。兎に角、どんな状態か周りをよく見なさい。まあ、私も殿下に絆されて顔を赤くしているんだけどね。
そんな処へ、
「バカ目、自分で行き止まりに行きよってからに。愚か者ども、不遜な輩に天誅を加えてやる。弓兵をここに、矢を射って奴らの動きを止めよ」
広間の奥から胴間声が聞こえてくる。誰かが幾重もの衛士に囲まれた奥のところから声を張り上げている。
相手にも聞こえるような指示を出すなんて、素人丸出し、大方、公爵あたりが喚いているんだろう。
直様、儀典服を着た衛士のたちの間からクロスボウを持った弓兵がいく人も現れて列を成していく。
甘くなった雰囲気も何処へやら、緊張感が高まっていく。
「ゾフィー殿。あれ程のクロスボウに射かけられでしまったら、避けることもままならないでしょう。私めのこと構わずに逃げられませ。貴方1人なら出来るはず」
居並ぶ弓兵に狙われて、怖気付きながらも健気に私だけでも、ここから逃がそうという心づもりは嬉しいのだけれど、これくらいで怯む私ではないよ。
「殿下、お気遣いありがとうございます」
及び腰になっても、私を庇おうとする殿下に私は微笑みかける。
「あれしきのクロスボウなど私には痛くも痒くもありません。殿下を蔑ろにした公爵に一矢報いたいでしょう。私くしがお手伝いさせて頂いているではありませんか。あの肥え太った肉の塊を一泡吹かせてやりましょう」
「ゾフィー殿、貴方は何故、そこまで尽くしてくれるのですか?」
「殿下は、曲がりなりにも私くしの勤める男爵家にこられたお客様です。そこのメイドなれば、ご奉仕するのは当たり前。ご満足頂けますよう、誠心誠意尽くさせていただきます」
「貴女という方は」
まあ、何よりも、ここしばらく、メイド家業の家事雑用ばかりで腕がムズムズしてたからね。憂さを晴らしたいっていうのもあるけどね。
本当にそれだけだもん。
胸の奥の乙女な部分が疼くのは無視する。
そこへ、
「弓兵、構え!」
号令が飛んで来た。私は、それを聞いて呆然としているルイ殿下の側に寄る。そして彼の手を取った。
「殿下、少しピリッとくるかも知れませんが、大丈夫ですから」
と囁く。実は彼と話をしている最中から、
コンスペング コンスペング コンスペング
我は作り出す。魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ
体の中の魔力を練り上げて、殿下のコートへ流し込んでいく。
握った手の袖辺りから、白かった色が変わっていく。燃え上がるような緋色になっていくんだね。もちろん、自分の着ているドレスへも。
使われていクリスタルの細糸が魔力を帯びて、ドレスやコートのほとんどに施されている刺繍線に沿って輝き始めた。
それに伴って私の中から魔力がごっそりと持っていかれる。
「射てぇ」
弓兵が射掛けてきた。目の前いっぱいに太く短いボルト矢が槍衾となる。
殿下は恐怖で頭を腕で隠し、しゃがみ込む。数えきれないほどの大量の矢で、針山になる自分が想像できたんだろう。こんな場面は経験することなどないから当然だといえる。
でもね、ご安心。
「インベント! <ヴェントス・ドゥルボゥ・アルマトゥース>」
顕現せよ。旋風の鎧
緋色に染まる私のドレスと殿下のコート、輝きが増して辺りが赤く染まる。飛んできた矢も在らぬ方向へ向きを変えて私達から飛び退ってしまう。
数本が私たちめがけて飛んで来るのだけど当たらずにすり抜けていく。矢が空気を擦る音が聞こえるだけで、避けていくんだ。
私の魔力をクリスタルの糸に流すことでドレスとコートの周りを風の加護によって守るんだ。流石に攻城用のバリスタでも射られたら避けてくれるか保証ないがね。それはそれで対処するよ。
その銘、[バーミリオン]バイエルン家謹製のバトルドレスそしてコートの隠し武器のひとつ。もっともっと仕掛けは隠してあるけどね。
「あの女は何をした。矢が当たってないではないか。かまわん。そんなもの、いつまでも持つわけがあるまいで、射続けよ」
公爵が濁声て喚いている。
「第二射、用意。構え!」
弓兵が後ろに控えていた射手と入れ替わる。間髪入れずに次を射られる陣なんだろう。
でもね、こちらだって指を咥えて、むざむざ針山になるつもりはない。
コンスペング コンスペング コンスペング
魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ
スカートにあるポケットに手を入れてパーティファンを引き出して、練り上げた魔力を流し込んでいく。力に反応して緋色に染め上がっていくファンを構えて広げた。
「インベント、<ヴェントゥス・プロケッロースス>・グラディウス>」
顕現せよ。風刃
私の周りに渦巻いている風をファンに絡ませるようにして振り出す。振り切ったところでファンを返して一振り、更にするりと体を回してもう一振り。
最初の風の刃が、まさに引き金を引こうとした弓兵たちに激突してクロスボウを切り裂き、射手を吹き飛ばしていく。
次の風の刃が、後ろで次の矢の準備をしている射手たちを薙ぎ倒していった。
最後に飛ばした風の刃は、どこかへ飛んでいって誰にも当たらなかったのかな。カッコつけて体をスピンさせたのがいけなかったらしいな。次は治さないとなって思っていると、
「あぁつ、私の髪がぁ」
私たちの前に並ぶ衛士の向こうから、公爵の悲痛な声が聞こえてきた。
そういえば、お年のせいか公爵の頭の毛は少し寂しかったな。どうやら、風の刃は立ち並ぶ衛士たちを飛び越えて公爵の貴重な髪の毛を刈っていってしまったみたいだ。いい仕事をしてくれたよ。
公爵、私たちに関わったことを後悔しときな。ちょっかい出したのは、あんただからね。
とは、いうものの、
「よくも、よくも、よくも私の大切な髪の毛うぉー」
あらぁ、怒らせちゃたみたい。髪の毛はないのに怒髪天をつくみたいな怒り声が聞こえてきたよ。よっぽど大切にしていたんだなあ。
「ここに至っては、もう構わん。多少、傷ついていても楽しめると思っていたが。気がそかがれた。女の首を儂の前に持って参れぇ。その頭、儂が踏み潰してくれよう」
あらぁ、偶然とはいえ、怒り心頭にさせてしまったよ。
そんな考えを巡らしていると頭の奥がチリチリとしてきた。辺りの魔力が高まってきている。どうやら、私のお仲間、魔法使いのお出ましのようだね。
「インベント、イグニス<フランマ>」
火塊
辺りを朱色の光で照らし、大きな火の塊が向かってくる。あまりの熱量に顔の皮膚がヒリヒリする。避ける間もなしに衝突して私たちは火に包まれる。
「ゾフィー殿!」
殿下が炎に焼かれる恐怖に慌てて叫ぶ。
「そうだ、どんな状態でも良い。当家の魔法使いは王国随一の火の使い手、消し炭となってしまっても良いわぁ」
なりふり構わず公爵は魔法使いを嗾けて来た。見境がなくなっている。余程、大事だったんだね。髪の毛が。
しかし、大広間とはいえ、密閉されたところで火なんか使ったら、大火事になっていくら館が堅牢でも燃え落ちちゃうよ。
「あの女全てを燃やしてしまえ。灰も残さず焼き尽くせ」
「インベント、イグニス<インフェルヌス>」
業火の群れ
魔法使いが唱え、更に大きな火球がいくつも、殺到してきた。
でも、私は慌ててなんかいない。これくらいの抵抗は想定済。風の鎧も継続中。息も苦しくないし、ちっと暑いぐらいだ。
さて、こっちの出番だね。
炎の中、大火球が私に激突するこ寸前に、
「インベント! <ヴェントス・トゥテーラ・スクゥティム>
顕現せよ。旋風の守り手
私が持つ緋色のパーティファンに風のシールドの加護を纏わせる。ファンて幾重にも払いのけ、飛んで来た火球を全て天井に向けて放り上げた。
私にまとわりつく炎も共に。そして、全てを私の頭上へ集めて、ひとつの塊とした。
「公爵の子飼いの魔法使い様。あんたが、ここいらで1番の使い手だっていうんだろ」
私は指を立て左右に振りながら、
「チッチッチッ、それは違うな」
更に舌を鳴らして、相手に告げる。
「この王国じゃ3番目だ。この国には大魔法使いがいる。私の師匠さね。あんたなんか足元にも及ばないよ」
そして、親指で自分を指して、
「次が私。あんたは、その次さ。まあ、見てな。イグニスっていうのは、こうやるんだよ」
コンスペング コンスペング コンスペング
魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ
私はパーティファンを頭上に掲げ、頭上で燃え盛る火球を指し示し、
「インベント! <イグニス・ヘルファイア>」
顕現せよ 地獄の猛炎
魔力をありったけ注ぎ込んた。火球が倍以上に膨れ上がっていく。
イグジスト
力を表せ
「倍返しだよ」
相手の魔法使いに向けて、ぶっ放してやった。
高い熱量で天井や床を焦がしながら、火球は魔法使いに向けて突き進んでいく。
「インベント! アクゥア<マスぅ>」
相手の頭上に大きな水球が生まれ、大きくなっていく。向かってくる炎に対抗するつもりだろう。
しかし、ちと拙いのよ。
私の言葉で自分の存在意義に迷いが生じ、狼狽して、慌てたんだろう。使いかたを間違えているよ。あんた、そんな考え違いするから1番になれないんだよ。
確かに火は水をかければ消える。あくまでも、火よりも沢山の水が有れば良いんだ。
量で負けて力を削られて火は消えてしまう。水が少な過ぎれば、熱を吸収するのに足りなくて蒸気となって飛び散るんだ。
ただ、今、私が放った地獄の業火は冥界の窯を激らせる炎。岩だって溶けてしまう。それを消すには足りなすぎる微妙な量の水球が放たれたんだ。そうすると………、
火球と水球が空中で激突する。水球は炎に炙られて、一気に水が蒸気に変わる。それが急速に一千倍以上の体積に膨らんしまう。つまり、
ドッ、ドオォーン
大音響を発して爆発。
確か、師匠は水蒸気爆発って言ってたっけ。更に悪いことに大広間という密閉空間。衝撃が周りに散らずに壁に跳ね返って内に跳ね返り威力が増す。
「殿下!」
私は、咄嗟に殿下に抱きつき、地面に押し倒す。そして勢いに任せて後ろにある壁際まで滑っていった。
「両手で耳を塞いで頭も抱えてください。目をつぶって口を半分開ける」
殿下の耳元で叫んで指示をした。咄嗟なことで殿下がしっかりとしてくれるのを祈るしかない。
風の鎧が、未だ守っいているのだけれど衝撃は、それを素通りして私たちを打ちのめす。
パァーん
中の圧力に負けて大広間の大窓のガラス全て割れた。全てが外に吹き飛んでいってしまった。




