災厄、私欲に溢れた欲豚に見栄を切る
「なっ、なんじゃ、こりゃあ?」
一瞬、胸から生えているように見えたグリップに目が釘付けになる。
いつ投げられた?
どこから飛んできたんだ?
痛いんだよね。熱いって感じると聞いてるよ。
もう、ダメかなあ。死んじゃうかなぁ。
………殿下、守れなくてごめん……
大層ななこと言って、これじゃあ、ほら吹きだって笑われるなあ。
なんて考えが頭の中でグルグルと回る。
でも、いつまで経っても熱くないんだよ。痛みも感じない。血が出ている感じもしない。
私、死んでない。心臓がドクンって動いてる。つまり、生きてるよ。私、生きてる。
でも、なんで?
恐る恐る、手をナイフのグリップに添えて見る。
あれ、動くよ。刺さってるいるあたりに違和感も感じない。
なんでえっ?
試しにグリップを握り、揺すって、引っこ抜いてみた。両刃短剣のダガーだね。
一瞬、血が吹き出すかと身構えたけど何も起こらない。根元をよく見るとガウンドレスと同じ白い光沢のある生地だ。バタバタ動く。
こ、これは、扇だ。手に持っていたパーティファンだ。
なぁんだ。扇面の地紙に刺さっていたんだ。
目の前に動かして見ると、確かに地紙に刺さった跡が見つかった。
丁度、ナイフが飛んできた時に扇が胸の前で構えられていたんだ。そうさ、口元を隠すのに使ったんだ。本当に運が良かったよ。
ほっとしたのも束の間、キラッと僅かな光が感じられ、シュッと微かな風切り音も聞こえた。
すかさず、パーティファンを振るう。
カシュン
飛んできたダガーを上に弾く。同じ轍は踏まないよ。
そして振るったファンで弧を描く。そのまま、ファンを回していき邪魔者を始末させることに失敗したことに唖然とした顔で立ち尽くす公爵の顔へパーティファンの天を向ける。
「閣下、駄賃をケチってはいけないと申したのに、そんなんだからヘボな芸人ばかり来るのですよ」
そこへ弾いたダガーが落ちてきて二本指で挟んで受け取る。
「大道芸のナイフ投げは、絶世の美女の顔へ当たる当たらないスレスレのところにダガーが突き刺さるスリルを楽しむもんですよ」
ダガーの刃先をつまんでいる指先をくるりと返して、公爵たちへ見せつける。
「まあ、絶世の美女には及びませんが、私め、巷で噂になるくらいの器量は持っていると自負しております。的には十分かと」
うわあぁ、言っちゃった。自分を自分を美人だと言っちゃった。
別にいいじゃない。言うのはタダだよ。
「そんな、的にいきなり、ダガーを打ち込むなんで、下手を通り越して雑魚とでも言いましょうか。たかだか小娘ひとりを亡き者にするのに、投げナイフとは無粋なこと。裏道に屯するゴロツキとでも申しましょうか、ケチると、そんな芸人しか集まらないものですわ」
別に、これくらいのこと言ったっていいでしょう。こちとら死にかけたんだから。
「もし、芸というのなら、これくらいの事はしてただけないといけませんわ」
刃先を挟んで持ってい田ダガーを構えて、小手を素早く振って公爵に対してスローイングする。
ヒッ
ダガーは公爵の耳を掠めて後方の壁まで飛んでいき根元まで刺さった。
刃先の起こす風に驚き慌てて、遅まきなから手を耳に当てて庇おうとした。
「こんなものは序の口。私めの出し物、とくとご覧くださいませ」
私は、そう口上を上げるとパーティファンの親骨を右手で持ち、左手は軽く添える。
パシン
そして親指で少し開いたら、左手も反対方向に引くようにして両手でゆっくりと広げていく。
要を握り込み、開いたファンで口元をを隠す。そのまま、外へ返し腕を広げていく。
続けて要を二本指に挟み直すと手先でパーティファンをスルスルと回しながら腕を上に上げて要返し、更にスルリスルリと手先で舞下ろしをさせながら要戻しをし、腰を下げて床近くまで手を下ろしていった。
合わせていた反対の手で地紙を持ち替えファンの天をユルリユルリと回す。
この時に、先ほど叩き落としたダガーをファンの陰で拾い上げておく。
次に、ファンをユルユルと回しながら起き上がり、体をクルリと回して翻る。そこで回した勢いをつけてダガーを横手でスローイング。
ヒィ
先ほどとは逆の耳を掠めるように飛ばした。そしてまた、壁に根元まで刺さる。
「どうでしょう。閣下。私めの芸、お気に召されましたでしょうか」
「小娘! 儂を誰だと思っとる。ハロルド公爵マクミランなるぞ。刃を向けるとは何事である。不敬であろう。王家に繋がる公爵家、ならばお前は王国を虐げる悪党だ」
公爵は大声を張り上げているのだけれど、よほど恐怖を感じたのか声が震えて聞こえてきた。
虚勢を張るのは良いのだけれど、最初に仕掛けてきたのは貴兄たちですからね。どこぞの古い教典にありますでしょうに、
「閣下、先に私めに刃を向けてきたのはそちらでありませんか。目には目を歯には歯をと申します」
パシン
ファンを閉じて再び、公爵を天を向ける。
「ならば、刃には刃をというのは道理でありましょう」
私はファンを大業に後ろに回して片手で開く。
「何はともあれ、公爵様。閣下は王子の命を亡き者にしようとしたのは、明らか。貴方こそ国家に背く大罪人」
空いた手のひらを開いて公爵に向ける。そして自分の顎を上に差し向けて、渦を巻くように動かして回し切り、一度タメを作ると振り返り公爵を睨んで、
「閣下の企みは、私が看破しました。力で巷は誤魔化そうとも、お天道様が許しても私は、誤魔化されません。大人しく振り上げた拳を下げて平伏し、審判の神の捌きを受けませい!」
大上段に見えを切った。
やったぁ。一度こういうのはやってみたかったんだよねー。
だけどね。さすが相手は、古狸、
「小娘、何をいうかと思えば、そんな戯言など聞くに及ばん。屁理屈など聞くに堪えんわ。全く持ってお前のいうことなど誰も信じられぬよ」
あちゃー、しらを切ったよ。私を侮って知らばっくれるつもりかね。更に言いつられる
「小娘! お前はもう黙れ。儂が用事があるのは、お前の横に突っ立っている男よ」
この野郎。開き直りやがった。だけどね、こっちだって、しらばっくれてやる。
「はて、ここにいるのは、私めの弟アデルとククルスなるもの、二人のみですが。そもそも、陛下が、お気になさるような者などおりませぬが」
ここは適当に公爵をはぐらかそうとしたけど、
「黙れと言っている。のらりくらりと言い逃れをするか。女、お前は下がれ。ほれ、そこの男、仮面をとって表を晒すがよい」
言い訳が通じずに怒り心頭になった公爵は口角泡を飛ばして命令をしてきたよ。
「つれない御仁ですね。その気があると思えば、気分次第で袖にする。悲しいものですわ。
わかりました。わかりました。お言いのとおり下がりますよ」
仕方なしに私は曲がりなりにもレディという事でカーテシーを決めて挨拶をして後ろに下がる。
でも、殿下とすれ違いざま、彼に後は任せましてよとウインクを飛ばした。
殿下は意気揚々と前に出ていく。初めてみた時の卑屈な感じがしない。堂々としたものだ。
男子、三日会わざれば刮目してみよとは言うけれど、本当に化けたね。
そんな彼に気概を取り戻したように見える公爵は、高圧的に詰問する。
「そなた………、ククルスというのだな。その如何わしいマスクを外せ。表を晒して顔を見せよ。しかと検分する」
とは言うもの、言葉の端々に疑念を感じるんだ。何かに怯えているような、
「ピザンナはこちらに」
公爵の後ろから、女官に引きづられるように気弱そうなピザンナ様が現れる。
「ピザンナよ。あの者の顔をよく検めよ。あいつは何者」
公爵は彼女に命じ田。あまりにもね公爵の圧にオロオロと怯えてしまった。ピザンナ様は、キョドルも、やがて顔を上げ、恐る恐る殿下に視線を向けていく。
それを受けて殿下は、マスクの止め紐を外しゆっくりと仮面を外します。
「どうでしょう。ピザンナ様」
そして殿下は言うのです。
「私くしめがわかりますか」
辺りが固唾を飲んで静かになる。
静寂の中、糸を引くように息をする音が聞こえ、
「ひいぃぃ…」
ピザンナ様の唇から悲鳴が漏れる。そして、
「で、殿下! ルイ殿下」
彼女の放つ、その言葉に公爵はあらためてククルスと名乗ったはずの殿下の顔を凝視した。
幾許かの時がたち、公爵の顔は次第に歪み、顔色が再びドス黒いものに変わっていく。
「偽りでは、無いのだなピザンナよ」
歯軋りしながら自分の娘に訪ねた。
「………は、はい、ルイ殿下で在られます」
力無く、彼女が答えた。公爵は拳を握り、ブルブルと振るわせ、歪んだ顔を起こし、血走った目を殿下に向けて、
「衛士、此奴をひっ捕えろ。いや、この場で切り伏せぇ」
己の画策した王子暗殺の失敗を悟った公爵は、唾を飛ばして、衛士たちに命令する。しかし、あまりの事態についていけない側近たる侍従長がオロオロしながらも、公爵に問いただす。
「差し出がましいことを承知で申し上げます。今、ピザンナ様が 『殿下』 とおっしゃられたかに思われますが」
「構わん!此奴らは、偽物。ククルスと名乗る、王子を騙る偽物たちだ、王家を偽る反逆罪だ。重罪だ。即刻、切り伏せいっ」
とうとう、開き直りやがったよ。公爵は私たちを指差し、彼の嗄れた声が周囲の衛士に命令を下す。奈落に落ちる前の最後の足掻きだね。
「此奴らを切り伏せたものには褒美を取らす。金銀宝石、女に武具。なんでも申せ」
叱咤するつもりだろうな。御託を並べるように周りを捲し立てていく。
「出会え、出会え。不届な侵入者が現れた。公爵様を守り、侵入者を討ち取れぇ」
続く公爵の近従の叫びに、大広間の幾つも扉が勢いよく開れて、厳しい儀典服を着た輩がなだれ込んできた。
大理石のの床を、革長靴を踏み鳴らして、豪奢な儀典用のコートを羽織っている大勢の衛士が入り込んでくる。。そして私たちの前を幾重にも囲んでいく。




