錬金ギルドの影
王都地下へと続く旧鉱山トンネルは、湿った鉱塵に腐臭が混じっていた。天井の鉱灯をレオンが灯すと、岩肌が血管のような赤錆を浮かび上がらせる。視聴者は十万を超え、チャット欄には《探索BGM流して!》など賑やかなコメントが躍る。
私は〈静息草〉の絞り汁を塗った布で口元を覆い、ポプラを先導役に這わせた。粘液が青白く発光し、毒ガスの濃度を示す。“安全”を示す淡青の輝き。
やがて壁が加工石へ変わり、金属扉が現れる。扉の中心には錬金ギルドの紋章と白蛇の双頭。レオンが小型カメラを扉の隙間へ差し込むと、祈祷室と思しき空間が映る。祭壇の左右に巨大な蒸留器、中央に白布を掛けられた石棺。その周囲でローブ姿の信徒が呪文を唱えていた。
「人数は十八、短剣装備。蒸留器はレッドラグナ精製用か…」
私は耳元のマイクをオンにし、配信へ作戦を説明。〈共同編集機能〉をオンにして“視聴者作戦会議”を開始。錬金術師の視聴者ID《アレフ爆薬店》が即座に〈硫酸アンモニア煙幕〉のレシピをチャットに投稿し、〈街角鍛冶屋ギルダ〉が〈鋼鉄ピッキングツール〉を投げ銭付きで支援。
チャットでリアルタイムに合成されたアイテム仕様を元に、私は手持ちの薬草と素材で即席の気絶煙幕を調合。ポプラが混合比率をスライム色変化で指示してくれる。
扉を慎重に開き、蒸留塔の蒸気管へ煙幕瓶を設置。点火と同時に白煙が逆流して祈祷室に充満し、ローブの信徒たちが咳き込み崩れ落ちた。
レオンが突入。私は石棺の上を覆う布を剥ぎ、透明ガラス棺に封じられた〈灰竜の舌〉培養槽を発見——花粉が液中に雪のように舞う。
「これは花粉濃縮液だわ…! 蒸留器で揮散させれば王都全域が毒霧に包まれる」
チャットは騒然。《タイムリミットは?》《換気扇OFFにしろ!》
その時、背後の階段から金属ブーツの足音。黒い錬金師装甲に身を包んだ男——ギルド執行官ガルムが現れた。彼の右腕は蒸留管と同材の銀鋼義手、その先端に注射針状の噴霧ノズル。
「侵入者。解剖対象決定」
義手が唸り、紫煙が噴出。ポプラが瞬時に青黒へ変わり、私は対毒マスクを被る。レオンが剣を抜き、カメラは空中ドローンに切り替わる。視聴者数は十二万、スーパーチャットの雨。
義手ノズルが突き出すたび、私は薬包紙に包んだ〈霧消石〉を投げ中和。レオンが死角から一撃を入れるが、銀鋼装甲は硬く弾く。
私は棺の濃縮液にポプラを沈め、スライムの体内で化学反応を進めた。真紅へと変色した瞬間、粘液をガルムへ投擲——着弾地点で爆裂し、銀鋼を腐食させた。
義手が壊れ、噴霧管が暴発。ガルムは叫び声を上げ昏倒。その背後で蒸留器の圧力計が危険域を示す。
「爆発する!」
レオンが私を抱き、祈祷室最奥のエレベータへ滑り込む。視聴者が《早く!》とカウントダウンを投稿。0秒と同時に蒸留塔が崩壊、紫煙が逆噴射しエレベータの隙間から追いかけた。
地下十階へ降下中、私は視聴者に咳こみながら宣言した。「執行官を倒しても毒霧計画は止まらない。黒幕はさらに上層——錬金ギルド評議会と王太子よ」
エレベータが止まり、錆びた扉が開くとそこは金属製サナトリウムの回廊だった——。