婚約破棄はライブで
煌めく魔晶カメラが私の頬を白く照らし、実況アナの甲高い声がホールに反響した。私は深呼吸で薬草の香りを確かめる。ユリウス殿下の隣には、絹のドレスで武装した公爵令嬢エリノア。彼女の眼は氷より冷たい。
本来ならこの茶会で婚約発表──のはずだった。少なくとも昨日までは。だがテーブル中央の紅茶が運ばれた瞬間、空気は不穏に揺れ始める。
「本日をもって、薬師リュシア=フォン=アルベールとの婚約を破棄する!」
会場がざわめいた。魔晶カメラは私を大写しにし、三万超の視聴者がチャット欄で騒ぎ出す。
《え?公開破棄?》
《ざまぁ確定?》
私は椅子から静かに立ち上がった。殿下はさらに声を張る。
「加えて断罪する。彼女は余の茶に〈灰竜の舌〉を混入し、命を狙った!」
無数の視線が突き刺さる──だが私は汗ひとつかかない。灰竜の舌の乾燥粉末は強烈な鉄臭を放つ。だがカップから漂うのは蜂蜜の甘い香りだけ。
「王都衛兵!」
銀鎖が差し出された瞬間、カメラを担いだ若い近衛騎士が私の前に割って入った。レオン=グランツ。唯一の味方だ。
「ライブを止めるな。視聴者の前で真実を映せ」
私は腰の小瓶を掲げる。乳白色のスライム〈ポプラ〉。毒を吸えば漆黒に変色する。
ティーカップの液を数滴垂らす──無反応。ポプラは真珠のように輝く。
「無毒です」
凍りつく会場。私はルーペを取り出し黄色い粒子を示す。「これは〈陽だまり花〉の花粉。毒性はゼロ」
実況アナが興奮する。「ライブ視聴者五万人突破!」
殿下は顔を歪め衛兵に封殺を命じる。だがレオンが天空スクリーンに映像を中継し市民にも流した──逃げ場はない。
「花粉は無罪、毒はあなたの嘘。王太子ユリウス、あなたを医薬法違反と名誉毀損で告発します!」
兵士に囲まれながら私は宣言した。「次回放送は〈辺境薬師チャンネル〉で。王都の嘘を解体して差し上げます」
視聴者の歓声が文字となって弾ける中、復讐劇は幕を開けた。