甘やかな熱の先に
春の陽光がキャンパスの桜並木を照らす中、資産家の長男である悠真は、有名大学の入学式を終えた。
18歳の彼はΩという性を持ちながら、家督を継ぐ次代の当主として認められるほどの努力家だ。
だが、その隣にはいつも付き人のβ、怜司がいた。
その同い年の青年は、βながらも成績も運動も群を抜いて優秀。
8歳の頃に悠真一家に代々仕える一族の養子として迎え入れられ、悠真の専属付き人として仕えてきた彼は
悠真にとって最大のライバルであり、コンプレックスの種だった。
そんな怜司に負けたくないと考えていた悠真は
普段強い抑制剤でΩ性を抑え、ヒートを隠して生活していた。
ヒート期間のせいで遅れをとるわけにはいかなかったのだ。
怜司もまた、普段はβとして振る舞いながら付き人として悠真に仕えていたが、其の実17歳で後天性αに転化したことを隠していた。
α性では、Ω性の悠真の付き人としては相応しくないと考えていたためだった。
怜司は抑制剤でα性を抑え、世話に養父母への恩と悠真への秘めた想いを己の奥底へ必死に隠し、決して悠真にはバレないよう努めていた。
---
ある日、悠真は抑制剤を自宅に忘れていることに気づいたがどうしても受けたい講義があったことや、体調も悪くなかったためそのまま講義に参加した。
しかし、それが良くなかった。
悠真は授業中に体が熱くなり、息が乱れるのを感じた。
不安だったので出入り口すぐの席をとっていたため、荷物をまとめて慌てて空き教室に逃げ込んだ。
これは間違いなくヒートの兆候だった。
「まずい…」
と震えながら、付き人の怜司に連絡を入れる。
かけた電話はすぐにつながった。
「悠真さん?どうかしましたか?」
「突然、ヒートになったみたいなんだ……。…ッ2-13の空き教室に抑制剤を…持ってきて…!」
耐えられなくなった悠真は通話を切り、なるべく部屋の隅に移動して耐え忍ぶ。
朝にきちんと抑制剤を飲んでいたこともあり、Ωのフェロモンがそれほど漏れていなさそうだったことが唯一の救いであった。
怜司は午後からの授業予定だったため、悠真の家にある付き人用の私室にいた。
悠真からの電話を受け、忘れられていた悠真の抑制剤を手にすぐに大学へ向かった。
幸い悠真が逃げ込んだ空き教室の近くには人がおらず、通路にもフェロモンが漏れ出ている感じはしなかったため、怜司は安堵のため息をついた。
だが、ドアを開けた瞬間、悠真の甘いフェロモンが彼を襲う。
怜司は絶対にαだとバレないよう、かなり強力な抑制剤を常用していた。
これまで、Ωのヒートに遭遇したときにも反応しなかったくらいαとしての性を隠せていた。
はずだったのに、何故か目の前の悠真の姿に理性が揺らぎ、異様に乾きを覚えた。
「大丈夫ですか、悠真さん…?」
怜司の声は震え、己の欲を隠さんとしていたが、瞳は獣のように光っていた。
「怜司、薬を…早く…」
悠真の掠れた声に、怜司は一瞬硬直する。
しかし、苦しそうな悠真の姿に急いで薬を渡そうとした。
だが、次の瞬間、彼は我を忘れ、悠真を強く抱き寄せた。
その瞬間、悠真の鼻腔を鋭く刺激する。
抑制剤では隠しきれなかったスパイシーで深い香りが広がった。
悠真の目が見開く。
「お前、αだったのか…?」
掠れた声で呟くが、答えを待つ間もなく、怜司の本能が二人を飲み込んだ。
空き教室に響くのは、怜司の抑えきれない衝動と、悠真の甘い吐息だけだった。
お互いの熱を鎮めるためだけの行為の後、
怜司は震えながら床に膝をついて悠真に許しを乞うた。
「申し訳ありません、悠真さん…!俺の失態です。どんなことでもします。だからどうか、付き人を辞めさせないでください…!」
「最初に言うことが、付き人を辞めさせないでください。というのは滑稽だな」
と悠真は身体に残る熱とは裏腹に、冷ややかに笑う。
おそらく怜司は養父母に迷惑をかけたくないという思いから必死に懇願しているのであろう。
これはいい弱みを握った、と悠真はほくそ笑み言葉を続けた。
「いいよ、秘密にする。付き人も続けていい。ただし…お前の成績を落とせ。いつも完璧なのがムカつくんだよ」
---
その後、怜司が成績を落とし始めると、悠真は最初こそ優越感に浸った。
だが、すぐに物足りなさを感じる。
競い合う相手がいない虚しさ。
これは悠真が今までに感じたことのない感情であった。
どうしたって、いつも自分の目の前には怜司がいたのだ。
それが嫌で成績を落とさせたのに、どこからともなく湧いてくる虚無感が悠真を襲った。
結局、何をしていたって怜司を気にしている自分に反吐がでそうになる。
このような意味の分からない気持ちになるくらいなら、と悠真は怜司に
「もういい、成績を元に戻せ」
と告げた。
だが、怜司への苛立ちと劣等感は消えない。次の嫌がらせを考えていた矢先、悠真は気づく。
自身のヒートが異常に頻繁になっていることを。
怜司と身体を重ねたあの日を境に、悠真の身体は狂ったように熱を求めていた。
抑制剤を服用していても湧き上がる強い衝動。
どうして抑えようかと考えあぐねていた。
悠真は、行為の際に震えていた怜司を思い出し、怜司が自分との行為を嫌がっていると確信していた。
だからこそ、意趣返しとばかりに新たな要求を突きつける。
「次のヒートでも、お前が俺を慰めろ。お前にとっては屈辱的な事だろうが、お前が付き人を辞めたくないと言ってきたんだ。せいぜい頑張れよ」
怜司は一瞬目を伏せたが、静かに頷いた。
「…はい。…承知、いたしました、悠真さん。」
その声には、悲しみと悠真への隠された深い感情が滲んでいた。
---
その後、頻繁に起こるヒートの度に悠真は怜司に自身を慰めさせた。
悠真のヒートは、最中の言動は制御できないながらも記憶が残るものであった。
怜司の行為はいつも優しく、まるで大切なものを扱うように丁寧だった。
その怜司の行動や仕草も、我も忘れて縋り付く自分の姿さえも、自身の記憶に深く刻まれており、忘れることなど到底できなかった。
記憶に刻まれる怜司の優しさに、悠真の心は揺れ始めていた。
「なんで…こんなに優しくするんだ…?」
その答えはわからないまま、ヒートのたびに訪れる優しい時間を過ごし、
付き人として懸命に支える怜司の姿を悠真は見ていた。
そんな日々を過ごす悠真は少しずつ自分自身の怜司への気持ちを自覚していくことになる。
しかし、今までの自身の冷たい態度や脅しを思い出し、好きだと伝える資格はないと感じていたが
怜司の腕の中で過ごす日々が、悠真の気持ちを抑えきれないくらいに大きなものへと育てていた。
---
いよいよ気持ちが耐えきれなくなった悠真は、ある日、Ω専用のα風俗を呼んだ。
怜司への想いを忘れるためだ。
自分のこの気持ちは、怜司に抱かれたからかもしれない。
それなら他のαに抱かれれば、このような苦しい思いは忘れられるのではないかと考えたのであった。
普段、冷静に物事を考えられるはずの悠真だが、この時ばかりは苦しさを早く消したい気持ちが先行し
短絡的な思考と行動をとってしまっていた。
「こんにちは。派遣されてきたαのカズです、
よろしくお願いしますね」
屋敷の正面玄関から招くわけにもいかず、離れに招いたそのαはカズと名乗った。
写真からなるべく優しそうな人を選んだが、佇まいや落ち着いた声からも優しそうな雰囲気があり、柔らかな笑みを携えていた。
どことなく、怜司に似ているような感覚に悠真は無意識に安堵していた。
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします…」
緊張から若干小さな声になってしまったが、カズに返事をして離れの中に招き入れようとした。
その時、怜司に見られていることに気づく。
怜司の瞳に宿るのは、普段の冷静さとは異なる激しい感情。
「…なぜ…?」
怒りを抑えたように静かに呟いた怜司は2人に勢いよく近づいて悠真の手を強く引いた。
「な、なにすんの!?怜司やめてよ!」
「……」
怜司の鋭い視線が悠真を貫き、ゆっくりとカズを見やる。
「お呼びたてしたところすみません。どうしても外せない用事が入りましたので、お引き取りください」
カズにそう告げた怜司は返事をまたずに踵を返し、悠真を引きずる形で本館の方へ足を進めた。
「わかりました。またのご連絡をお待ちしてます」
離れていく怜司と悠真に、カズは最初と変わらない口調でそう伝えるとそっと振り返って帰って行った。
---
怜司は悠真を自分に与えられた私室に連れ込み、ベッドの上に押し付けて身動きが取れないようにしながら聞いた。
「俺以外と何をする気だったんですか、悠真さん?」
怜司の声は低く、悠真は普段と違う雰囲気に気圧されてた。
「そ、それ…は…。」
声を出すのがやっとの悠真は、素直に質問に答えることができなかった。
それが余計に怜司の気に触ったのか、悠真の腕を強く押さえつける。
「答えないなら、いいです。素直な身体に聞きましょう」
普段とは違う冷たい声の後、2人の口は重なっていた。
「んっ…!れ、いじ、や、め…!」
強く深く絡まるその口づけに生理的な涙があふれる。
その涙を空いている手の指先で救いあげるも、怒りの表情を崩さない怜司はさらに深く口づけをした。
その日、怜司はいつもより強く悠真を抱いた。
---
永遠にも思えるような終わらない快楽を与えられ、悠真の思考は焼き切れる寸前だった。
どうしてこうなったのかも分からない。
頭がこの状況について考えることを拒否していた。
早く、楽になりたかった。
限界が近くなった悠真は涙を流しながら叫んだ。
「もう耐えられなかったんだ!僕は、怜司を好きになってしまった…。」
その時、怜司の動きが止まった。
そんな怜司の様子には気づかず、悠真は堪えきれなくなった嗚咽を抑えながらなおも続ける。
「…ッでも、僕は今までお前に酷い態度をとってきた。なんでもできるお前が自分の側にいることが不快だと思っていた…!
だから辛く当たったし、脅すような形で成績を落とさせたり、慰み者にしてしまった…!そんな自分がお前にこのような気持ちを持つ資格がないこともわかっている。お前を忘れたかったんだ…!」
悠真の嗚咽以外の音が消える。
しかし、次の瞬間には悠真を強く抱きしめ、声を震わせた。
「…酷く抱いてしまって、ごめんなさい…!俺も、あなたが好きです、悠真さん。ずっと、好きでした」
悠真の目は大きく見開き、怜司の顔を見つめた。
「こんな酷いことをしてしまった後に何を言っても言い訳にしか聞こえないかもしれない。
付き人候補として迎えられて、悠真さんの側にいた時から、あなたの努力家なところやなんでも真摯に取り組むところ。負けず嫌いなところに惹かれていました。
思いが実らないとしても、ずっとあなたの付き人でいたかった。
だから、αだとバレたら離れなきゃいけないと思って、ずっと隠していました…。
あの日、あなたのヒートに煽られた日は人生が終わったと思っていたんです。
みっともなく縋り付いてしまった。どんな条件を突きつけられたとしても、あなたのそばにいたかったんです。」
苦しそうな顔で思っても見なかった言葉を発する怜司をただただ見つめるしかない悠真。
「俺は、あなたのそばにいるためならなんでもするつもりでした。
成績だって、あなたのそばにいられないならどうでもよかった。慰み者でも、よかったんです。
でも、あなたのヒートを慰めろという命令は、俺にとって甘やかな毒だった…。
悠真さんの熱を知る度に、自分があなたのαに選ばれたいと思っていました。自分のものにしたかった!ずっと、あなたのそばにいたかった…!」
怜司の熱を帯びた瞳から一雫の涙が溢れた。
2人はどちらからともなく近づき、口付ける。
悠真の心には、かつて感じたことのない温かなものが広がっていた。
そうして二人は互いの想いを確かめ合い、初めて心から繋がった。
それは今までのどの交わりよりも優しく甘やかな時間で、忘れられないものとなった。
---
悠真はもう怜司をライバル視しない。
お互いが、誰よりも何よりも大切な存在だとわかったのだ。
彼らは互いを支え合うパートナーとして、新たな未来を歩み始める。
ツイノベ用に書いた作品を加筆修正しました〜!
本当は、2人の心の距離が近づいていくシーンをたくさん入れたり、
カズさんがでてくるところでもっと嫉妬に狂う描写にするか迷ったんですが
だらだら書いても…と言うことでこんな感じにしました。
読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます!
反応や評価いただけると励みになります。
別で連載も上げているのでそちら覗いてもらえるとさらに嬉しいです。
※R18予定です
※広告下部にもリンクを貼っております
https://novel18.syosetu.com/n0417kn/
今後ともどうぞよろしくお願いします。