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非勇者と勇者 ③


 遥か遠く、いくつもの山を超えた先に、北極星のような小ささで、濃い紫が視える。

 あれが、魔王の場所。

 一点を目指して、二人は獣道や山間をつなぐように進む。大きな道を避けたのは、最短距離で進むためであり、見咎められることを避けるためであり、戦いに誰かを巻き込まないためだった。


 カイトには、森や荒野のあちこちで渦巻く魔族の魂を視ることができた。

「あそこに五体魔族がいる。低級だけど避けてこっちを行こう」

 リリは足を止め、彼の指し示す方向を見つめた。鬱蒼とした森だが、彼の目には紫が映っているのだ。

「分かった。道をつくる」


 カイトが限界を迎えて、わずかな仮眠をとった夕暮れのことだった。

「敵よ!」鋭い声でカイトは跳ね起きた。

 二人よりはるかに大きい鬼獣が二体、長い爪を振りかざし襲ってくる。鋭い角を持つ腕力の豊かな中級の魔族だ。

 リリが素早くカイトの前に身を滑り込ませる。長剣が風切り音を伴い、先頭の鬼獣の頬に傷をつけた。

 カイトは瞳を見開く。鬼獣の紫――魂の炎が急速に左手に集まっている。

「左手、魔法準備!」

「わかった!」

 リリは呼応すると同時に左手を切り裂く。

 だが、そのとき別の鬼獣が背後からカイトに迫っていた。

「……っ!」

 カイトは身をよじるが、避けきれず腕に深い裂傷を負う。激痛とともに血が吹き出し、目に血飛沫が入る。

「カイト!」

 リリは目の前の鬼獣で精一杯だ。――弱点の場所さえ分かれば。だが今はただ剣と爪の鍔迫り合いをするしかない。

 鬼獣はリリの下半身を見て舌なめずりをしている。

 そのとき、カイトに爪を向ける鬼獣へ、プチドラが体当たりをした。威力はまるでなく、鬼は爪先で生き物を弾いた。

 だが、生まれた一瞬の余裕でカイトは目をぬぐい、リリの敵を見て叫んだ。「右胸!」叫びながらカイトは、プチドラをかばうようにダガーを手に突進する。ダガーは、散々試した中で唯一カイトがまともに扱える武器だった。

 鬼獣は手のひらで軽く受け止めた。刃ごと掴んで引き寄せると、カイトの顔面を殴りつけ大地に転がした。

 倒れ込みながらも、カイトは丸太のような足を掴んで離さない。

 ようやくリリは眼前の敵の右胸を捉え、斬り伏せた。カイトの方へ振り向く。

「鳩尾!」カイトは血と泥で滲む目で見上げ、彼女へ指示を送る。

 一閃。

 凄まじいうめき声を残して、分かれた胴は崩れ落ちた。

 二体とも、霧となり消えていく。リリは血まみれの剣をぬぐいもせず、カイトに駆け寄る。


 カイトとリリは、荒れた進路を進み続けた。

 低木や藪が目の前をふさぐことも多かったが、そのたびリリは剣を振るい斬撃を飛ばした。一直線の切り口を剥き出しにして植物が薙ぎ倒される。

 カイトは子供時代のことを思い出していた。おもちゃの木刀でススキを切り開く彼女の背中を、追いかけていた頃。二人の道がどれほど別れるか知らなかった、幸福な時代。

 カイトは彼女に追いつき、行く手をそっとさえぎるように腕を差し出す。

 リリは、彼の横顔を見あげた。丘の向こうを真剣に見つめる眼は、夕日に照らされて熱っぽく光っている。「あっちへ」

 彼女は、彼の目線が自分へ向く瞬間、なぜか目をそらしてしまった。鼓動を塗りつぶすように身体を弾ませ、彼の先へと足を早めた。


 魔王の城を示す紫が、視界のなかで大きくなってきた頃だった。

「「うわあああああ!!!」」

 悲鳴がとどろく。カイトの目が、疾駆する敵の気配を捉えた。二人は駆けた。

 街道で、二人の青年が襲われていた。行商の馬車が横倒しになり、商材の箱が散乱している。引き綱が枝に絡まり、馬はもがいていた。

 彼らの近くにいた敵は、上級魔族の影喰猿だった。黒々とした毛が逆立ち、大人3人分はある巨体をさらに大きく見せている。


 男の一人はしゃがみこんで、血に濡れて震えた右手を拒絶するように差しだしている。

 もう一人の男は荷馬車の陰に身を隠し、脇腹の傷をおさえながら敵の様子をうかがっている。


 座り込んだ男が、伸ばした手から氷魔法でつくったつららを放った。拳大のいびつな氷が飛んでいく。

 不意を突いたと見たもう一人の男も陰から飛び出し、風魔法を放った。腰の高さの竜巻が、石や葉を巻き込みながら漸進する。いずれも才能だけでつくった初歩魔法だった。

 猿は大きく口を開けた。口の中から、身体よりも黒い虚無が見える。

 強烈な引力が発生し、石や葉を巻き込む風が、つららが、口の中へ高速で吸い込まれていった。猿が口を閉じると喉が動いた。満足そうに『ぜんぶ』を飲み込む。

 男たちの目が、怯えで見開かれた。荷馬車に隠れようと這っていく。

 だが隠れるより早く、影喰猿は口をすぼめて、釘のような形の黒い物体を生成し、勢いよく吐き出した。互いの身体へと身を隠そうとする男たちをまるごと貫く軌道で、凶器が飛んでいく。


 硬いもの同士がぶつかる音がした。

 刃の側面で受け止めた『釘』を、リリが弾く。

 彼女は男たちと敵の間に立っていた。「――うしろに隠れていて」

 すぐにカイトがかたわらに行く。「次は左の拳だ」


 カイトはうしろを見やる。青ざめ震えている二人の男と目が合った。ああ、傷は浅いようだ――そこでカイトは気づいた。

「……グース……ヴィック!」

 男たちは、子供のころ自分をいじめていた二人だった。


 カイトの言葉を聞き、リリも振り返った。「……えっ!」

 だがカイトの声が、彼女の耳を射抜いた。

「集中しろ!」

 すぐリリは前へ向き直る。

「斬撃を口目掛けて出せるだけ出して!」

 指示に言われるがまま技を放つが、予想通り軌道を歪められ次々と口へと吸い込まれる。

 心のなかで不思議がりながらも、リリは空気の刃を放ち続ける。

 それは吸い込まれ、吸い込まれ、吸い込まれ、――猿の頬がたわわにふくらみ、たまらず口が閉じた。「今だ!」

 わずかにできた隙にリリは敵へ駆け寄り、カイトの指差すまま剣先で喉元を突いた。

 影喰猿は、裂傷を中心とした黒い渦となる。すぐに、身体すべてが中空の一点に吸い込まれるよう消えていった。


「リリ……?」「なんで討伐隊が? 非勇者のカイトと?」「一緒に戦ってる?」「犯罪じゃ……?」「非勇者に助けられたってことじゃないよな……」

 グースとヴィックはしゃがみこんだまま、顔を見合わせてつぶやきあっている。

 カイトが傷口をみようと近づくと、反射的に男たちは身をよじって避けた。「げえっ」顔にはあの頃そっくりの嫌悪が浮かんでいる。

 カイトのなかに、魔法をぶつけられたときの痛みが生々しく蘇った。

 リリは、眉を上げて彼らを睨みつける。強い言葉が喉元にせりあがるのを感じた。

「……あなたたち、」

「いいんだ、リリ」カイトは、彼女に手をかざし制した。

「代わりに頼むよ」そう言って、彼は消毒薬と包帯を差し出した。


 去り際、リリは、長い言葉を飲み込む代わりに、一言だけ残した。

「カイトは、あなたたちより強い」

 男たちの視界から、すぐ二人の後ろ姿は消えていった。



 荒地に風が吹き荒ぶ。灰色の土はところどころがひび割れ乾いている。枯れた植物の残骸のあいだから、鋭利な岩が地面から突き出している。

 リリが見回す。

「ここなのね?」

 カイトは荒地の一角に目を凝らした。

「ああ。――紫の結界がうっすら視える」

 包帯を幾重にも巻いた腕で、一点を示した。「……ここに綻びがある」

 深く呼吸をしたあと、リリが剣を振るった。

 結界が裂け目から広がる。裂け目から身を滑り込ませて抜けると、視界が一変した。

 巨大な砦がそびえている。魔王城だ。魔族たちの唸り声が響く。

 城の奥深くから、濃厚な紫が放出されているのが、カイトには見える。そのほかにも、いくつも巨大な炎が点在している。

「行こう、リリ」「うん」

 二人の歩みには躊躇はなかった。


 二人は冷たい石の回廊を進む。

 視る力を活かして出来る限り敵を回避するが、避けられない戦いは増えていった。

 鬼獣、触骸、魔導蟲、牙虎、冥詠士、堕天龍、千眼獣……

 奥へ進むほど、敵は強くなっていく。激烈に腕力を高める炎も、過激な魔法を練り上げる炎も、圧倒的な大きさだ。

 だが、二人もまた成長していった。

 剣技と視る力は研ぎ澄まされ、息が合っていく。

 二人は魔法を封じ、攻撃を予測し、弱点の核を穿っていった。


 城の中央で二人は、巨大な怪物と対峙していた。馬の蹄で石床を打ち鳴らし、牛の角を振り上げ、蝙蝠の羽を禍々しく広げている。

 その怪物は、嗤うように牙を剥き出し、「俺は魔王軍の幹部だ」と話し始める。「正々堂々、お互い名乗り合おうじゃな――」

 言い終わるより前にリリは、カイトの合図のまま疾駆していた。彼には、不意を突こうとする企みが右腕の紫へ結実するのが見えていた。魔法を放とうと掲げた腕を、リリの剣が切り裂く。硬い鱗のような皮膚が割れて、黒い血が吹き出した。

 「左の羽!」空中へ舞う寸前、剣が羽の付け根を捉える。皮膜ごと生え際から骨が切り落とされ、片翼が地に落ちる。

 怪物は床を蹄で叩き、体勢を整え突進しようするが、剣はそれを許さない。二回振られた刃から生まれた波動が、太い両足を切り落とす。

 戦いははじまってから寸時で決着した。

 カイトには、未来が、行動より少し先に意図を持った瞬間視えていた。

 無力化した怪物は、最後に侮蔑の言葉を吐いた。胸の濃い紫をリリが叩き切ると、巨体は散っていった。



「この先だ」

 二人は、奥の広間に差し掛かっていた。

 不気味な祭壇が脈動しており、下には巨大な扉がある。その先から、強烈な紫が漏れ出ていた。


 二人は扉へと近づく。

「――待てよ」

 突如、扉の前を塞ぐように瘴気が黒い円の形に集まる。声が聞こえたのは、その中からだった。

 二人は目を見開いた。黒い円から身を乗り出すようにして空間から現れたのは、王国のローブをまとった『人間』だった。

 リリが口を押さえる。

「よ、預言者さま……?」

 すべての赤子を、勇者と非勇者に判別する存在。それぞれの人生を決めたその存在を、二人は見間違うはずがなかった。

「――こんな早くたどり着くとは。やはり勇者と非勇者を一緒に戦場に立たせては駄目だったな。もっと苛烈な差別を国王にさせるべきだった」

 二人は混乱していた。預言者は笑みを浮かべている。

「ああっ、すごくいいよ、リリ、お前の魂。不思議だ、小さくて澄んでるのに、妙に力強い。こんな魂、見たことない。極上に違いない。魔王さまに早く献上したいっ」

 落ち着いてきたカイトは預言者を観察する。この炎であれば、決して強くはない。

 小声で話しかけた。

「……リリ、こいつは敵だ。今のうちに」

 リリは柄に手を置く。

「まあまあ、せっかくだから話そうぜ。

 聞きたくないか? お前らを苦しめる世界のシステムを」

「「…………!?」」

 二人は息を呑んだ。


「勇者は苗床だ。俺が素質ある赤子を選ぶ。

 で、勇者として軍で増長させ、魂の炎を育てる。

 戦場に向かわせることで、自動的に魔王さまのもとへ運ばれていく。

 そして、魂の力を収穫する。

 ――なんて効率的なシステム!

 天才だと思わないか? このシステムを考えた俺をっ」

 言葉の意味をカイトがすぐ理解できたのは、それが何万回と問いかけた疑問を解くパズルのピースだったからだった。

「お前が、元凶だったのか」

 にじり寄るカイトを、預言者は制した。

「まあ待てって。カイトって言ったな。言うことを聞くなら、


――お前を勇者にしてやる」


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