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非勇者と勇者 ②


 リリの足から包帯が取れた日のことだった。リリが自身の異能についてひとしきり説明した後、テーブルに座るマルクがぼそりと言った。

「ま、いい時期かもしれないな」

 蝋燭が照らすマルクの目は、遠くを見ていた。

「お前らに、言いたいことがある」

 マルクの顔からは飲んだくれの表情が消え、真剣そのものだった。


「俺は……かつて宮廷で学者をやっていた。

『古文書』を読み漁り、歴史学や医学を通し――『魂の力』について調べていた」

「え、待ってくれ、何の話だ。魂の力……?」

「そう。リリが使えてカイトが見える、『魂の力』だ。まあ聞いてくれ」

 カップから立ち上がる湯気が、薄明に溶けていく。


「神話の時代――人々は光る板の前で、ある感情エネルギーを膨らませていた。自尊心。傲慢。優越感。そんなふうに呼ばれる感情だ。

 その爆発的な感情エネルギーを、一人の天才が体系化した。『魂の力』。科学の奇跡だった。感情を異能へ転移できるようになった。だが――」

 マルクは髭に手をやり、二人に言葉が染み込むのを待った。

「魂の力は、残念ながら暴走しやすい代物だった。力を使えるようになった者は、自尊心や優越感に快感を覚え、嗜癖となり、感情に支配されてしまう傾向にあった」

 リリが、暗い表情でうなずく。

「だが、その感情を俯瞰し、自覚できればなんとか飼い慣らすことはできた。

 だから、安全弁として『観察装置』が導入されたのだ」

「観察装置?」

「お前たち、『非勇者』だよ。魂を見る力を持つ者。支配層たる非勇者たちによって、増長をモニタリングし、指摘し、対話を通し抑制できていた。しばらくの間はな」

 マルクは寂しげに笑った。

「言い間違いじゃないよな? 非勇者が支配層?」

「言い間違いじゃない。非勇者が、社会の管理者として上に立っていたんだ」


「だが、観察装置の『非勇者』はいつしか底辺に追いやられた。

 力を持たぬ者は軽んじられる。暴力の独占は国の権力になる」

 リリは眉根を深く寄せた。

「だから事実を知った俺は、監視構造の段階的な復活を主張した――そしたら追放、このザマだ」

 マルクは苦笑いをした。

「非勇者こそ社会を守る存在だった。だが、そんな話は誰も耳を傾けない。軍はもう洗脳機関だ」

「社会は難しいかもしれないが、リリは守れるっていうことだよな」

 リリは、カイトを見つめた。いつの間にか、彼が少年から男性へ成長していたことに気づいた。


「勇者も非勇者も、人がつくった――じゃあ、魔王はなんなの?」

 リリは問いかけた。

「魔王は、『魂の力』を奪える異能をもった勇者だ」

 部屋に沈黙が降りる。

「魔王は、その力を奪い続けることで永く生きながらえている。力を分け与えることもできる。しかも体内での受け渡しもできる。つまり、魂を身体中へ動かし、肉体再生もできるってことだ」

 リリは、まっすぐな視線を向ける。

「……じゃあ、倒すにはどうすればいいの?」

「莫大な『魂の力』を精確に砕き続ける。その他の場所は弱点になりえない」

「そんな――」

 リリは、山のような魔王の巨体を思い出していた。あの中のわずか一点なんて。

「頼む、学者なら何か作戦を!」

「カイトなら、そう言い出すと思ってたよ」

 そう言って取り出したのは、薄く小さい水晶のようなものだった。

「記憶を頼りに作った。魔具の試作品だ」

「……?」

「簡単に言えば、『見る力』を増幅するレンズだ」

「レンズ……?」カイトは耳慣れない言葉に首をかしげた。

「まさに百聞は一見に如かず。眼に当ててみろ。すぐ慣れる」

 カイトはおそるおそる手に取り、言われるまま眼球にはめた。

 ――リリの胸の紫が、はるかに鮮やかに視える。いままでのように、離れてもぼやけない。

 それだけでない。紫が次にゆらめく方向と強さが、矢のような記号で示される――!

「……見える、はっきりと……!」

「見る力は、強い。それは、知る力だからだ」

「これなら!」

「その魔具で、魔族たちの、そして魔王の魂がよく視える。戦いの示唆を得れる。

 最も濃い紫が――弱点だ。まあ、普通の魔族なら一撃で倒せるだろう」

 そのときカイトには、今までは見えなかったマルクの小さな温かい紫も、見えていた。


 そのあと、「もう少し調整したい」と、マルクは先日の戦場の様子を聞き出した。

 魔王の恐ろしさも、死体の冒涜的な使い方も、カイトは暗い顔で説明した。

 研究に戻るマルクを見送った後、リリはおずおずとカイトに声をかけた。

「……命をかけてくれてたんだね」

 テーブルの上で、リリの指がカイトの手の甲にかすかに触れた。

「ううん、ただ必死だっただけで――」

「ありがとう」

 リリの中にある紫が、しなやかに凪いだ。

「――ねえリリ。試したい戦い方があるんだ」



 倉庫の扉が開かれ、太陽の光が差し込む。マルクは、訓練のせいか向き合う二人の身体が来たときより一回り大きくなった気がした。

 プチドラが、カイトの足元に駆け寄った。

「はりきってるみたいよ」リリにも顎をすりつける。

「いざとなれば、また伝書ドラゴンやってくれよ」彼は、いつものように胸元にプチドラを入れた。

 鎧と剣を身につけたリリは、深く頭を下げた。

「――マルク、本当にありがとう。ここまでしてくれて、なんて言っていいか。約束する、あなたが学者としてもう一度――」

「気にすんな、まずやることがあるだろ」

「じゃあ、行ってくる」

「危なくなったら逃げろよ。でも――逃げた分は戦え。でないと後悔し続けるぞ、俺みたいに」


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