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勇者の戦場

 ◇


 先ほどから二等勇者が、盛んに兵糧倉と通りを往復している。たいまつが焦燥感の滲む顔を照らしていた。

 カイトは荷運びの発注を受けため、倉の裏口でじっと待機していた。

 倉庫の中で、調達官たちが興奮した声で言い争っているのが聞こえてくる。

「北方で魔王軍の大群が……」「もうか?」「陣に兵糧が足りていない」「第一討伐隊への連絡は?」

 胸がざわつく。第一討伐隊は、リリの所属する部隊だ。

 調達官が慌てて書簡を抱え、武器庫の方へ出ていった。紙片が扉の外にひらりと落ちた。

 カイトは思わず手を伸ばした。紙には、第一討伐隊の配置地域が記されていた。

 カイトは、自身に戦う術がないことを知っていた。けれど、カイトは脳内で地図を広げることを、リリのいる戦場に立つ自分を想像することを、やめられなかった。

 気づけば、カイトは裏道を走っていた。

 配達ギルドで培った、裏道や検問の抜け道や巡回の隙間の知識を合わせれば、輸送隊へ紛れ込むことができるはずだ。はじめて戦場に足を踏み入れる不安感は、高揚感が上書きしていった。

 三日後の未明、勇者の隊列が並ぶ様子をカイトは身を潜めた荷車の陰から見ていた。



 ぬかるみに足を取られながら、勇者たちが前進していく。

 カイトは、これほど多くの紫の炎が集まっているのをはじめて見た。まるで新月夜の星々のようだ。勇者たちにも魔族たちにも、力強い炎が点っている。

「絶対出るなよ」カイトは胸元に押し込んだプチドラに言った。


 天幕や馬車の裏に隠れるようにしてカイトは進む。

 前線にリリがいるはずだ。

 戦況は互角だった。魔法に長けた勇者が横陣を組み、火球や氷柱を魔族軍に打ち込むが、瘴気が魔法攻撃を向かいうつ。武器に秀でた勇者たちが間隙をついて攻め込み、闇魔導士の勢いを削ぐ。さらに戦士勇者たちへ魔獣軍団が衝突して、――――次の瞬間、カイトは息を呑んだ。


 なんだ、あれは。


 戦士勇者たちが突き進む先に、目を逸らしたくなるような巨体が進み出て立ち塞がった。それまで岩山かと思ってたそれは、敵だった。

 無能力の自分など、簡単に押しつぶされそうだ。あれが、魔王なのか。

 カイトが恐怖で震えたのは、大きさからだけではない。胸元の紫色の業火が、どんな勇者より魔族より強く濃く燃え盛っていたからだった。どす黒くなる一歩手前の濃紫。

 魔王は軽く右手を振った。爆風が巻き起こる。それだけで、勇者の最前線は後方へ弾き飛ばされた。

 カイトは風にひどく身体を揺らされながら、魔王の手に満ちる紫を見た。


 勇者陣営は混沌となった。あちこちで悲鳴やうめき声が響いている。

 もう誰もカイトなど見ていない。彼は、そばにあった荷車の包帯を一掴み抱えると、戦場へ飛び出した。

 目の前で、勇者の一人が倒れ込んでいる。かたわらに槍がこぼれ落ちている。こめかみからの出血がひどい。

「大丈夫ですか!?」

 思わず傷口に手を伸ばす。

「ありがとう………え?……非勇者!」

 彼はカイトの首筋を見た瞬間、差し出された手を兜で跳ねつけた。「……汚い……っ!」

 カイトは拒絶された手を見つめ、うつむくと包帯を静かにそばに置いた。

「聖なる戦場に、なんでクソが……!」カイトは、振り返らず進んだ。


 生き残りの勇者たちが怪物たちを蹴散らして、勇敢に魔王へと迫ろうとしている。

 「――っ!」

 魔王を取り囲む陣形の中に、リリがいた。長剣に、あふれんばかりの紫色の力を乗せている。

 リリを含む勇者たちは、八方から魔王を、剣と槍と斧で一挙に切り刻んだ。

 複雑な多角形を描くように技が交錯し、魔王の四肢が切り離される。練度の深さをうかがわせる連携攻撃だった。

 支えを失った魔王の身体が大地に沈み込む。

 勇者たちが安堵の顔をのぞきみせる。

 ――しかし、瞬く間に魔王の傷は塞がり、四肢は再生した。

 魔王は立ち上がり咆哮を放つと、今度は力を込めて腕を振りかざした。

 次の瞬間、信じられない表情のまま取り囲む勇者たちは爆散した。その中にいたリリの姿は、爆煙に囲まれ見えなくなる。

 いったん逃げおおせた二、三人の勇者も、指先から放たれた一閃に貫かれていく。



 沼地が血に染まっていった。

「こんなの勝てるわけ……」

 呆然と逃げ惑うカイトは、見覚えのある髪色が血まみれになっているのを見つけた。

「リリ!」

 そこには足が間違えた方向にひしゃげたリリがいた。彼女は、横たわりながら剣を弱々しく振るい、微かな斬撃を飛ばした。だがそれは魔王に届く遥か手前で、風に紛れて消えた。剣を杖のようにして立ちあがろうとして、つんのめる。その身体をカイトは慌てて駆け寄り支えた。

「…………カイト?…………なんでここに!?」

 リリは額から汗を滲ませながら身体を引く。

「さ、触るな!」

「……頼む、こっちへ!」

 カイトが必死な形相で手を差し出す。

 風が巻き起こり、魔王の手に紫が集中していくのが見えた。

「こっちだ!」カイトは、強引に彼女の腕に肩を差し入れ、歩き出した。

 彼の予想した通り、紫色に映る衝撃波は、歩む逆方向を蹂躙した。


 リリは身を弱々しくよじった。

「放せ…………っ」

「生き延びるんだ!!」

 唐突に肩に伝わる重みが増した。見るとリリは意識を失っている。耳を当てると、微かな息はあった。

 だが非力なカイトでは、鎧を纏ったまま気を失った人間を運べない。

 わずかな勇者たちが魔王に立ち向かっているが、圧倒されている。

 もはや時間の問題だ。

 カイトは勇者たちの成れの果てを見やった。


 魔王は、向かってきた最後の勇者の首をへし折ると、周囲を一望した。

 彼は、散乱する死体に手をかざし、『何か』を集めるかのように戦場を歩きだした。

 身を潜めた死体の山の中でそれを見ていたカイトは、震えていた。

 すぐそばを、魔族たちが魔王を追うようにして通り過ぎていく。

 一体の鬼獣が、鎧を剥いた女性勇者の裸体を、狩の獲物のように背負っていた。


 遠ざかった魔族たちの背中を確認すると、カイトは音を立てず息を吐いて、再び動き出した。

 自身が潜り込んでいた死体の山の中から、すばやく見覚えのある紫を探し出す。リリの紫を。

 カイトは冒涜的な行いに謝罪の言葉をつぶやきながら、リリの身体を引きずりだした。

 いつ魔王が戻ってくるか分からない。


 わずかな隙で、なんとかリリの身体を焼け残った馬車に引き入れた。

 見よう見まねで手綱を握る。無我夢中で鞭を打つ。見つからないようにと考えれば考えるほど、指は震えた。

 慣れない馬上は、ひどく揺れた。

 道中、荷車に横たわるリリは唇を歪ませ、苦痛にうめき続けた。

「頼む」

 カイトは、祈る気持ちでプチドラを空に放った。

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