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非勇者の現実

 ◇


 非勇者が就ける職業は限られる。「荷運び」は、その一つだった。

 青年になったカイトがその職に就いたのは、隔離地域と外とを行き来できる貴重な職だからだった。

 その頃、青年のカイトはとうに現実に打ちのめされていた。

 どれほど願っても、華麗な異能は発現しなかった。炎魔法も、氷魔法も、剣技も、斧技も、槍技も。

 目をこらしても自分の胸に紫の滲みさえ見えなかった。軍への入隊試験さえ受けられなかった。被差別階級である非勇者が、勇者たちと同じ戦場に並び立つことは単純に禁じられていたのだ。

 配達の先々で、貴族たちから命令や罵倒を受けることに慣れていった。


 王国のはずれにある、隔離区の貧民街。そこでカイトは、配達ギルドの粗末な椅子に身体を預けていた。朝から配達を繰り返して、腰と肩に疲労が蓄積していた。

 足元では小さな生き物が餌を食んでいる。申し訳程度の小さな羽根を持つ、トカゲに似たその生き物は、森で拾ったときからカイトに懐いていた。彼は「プチドラゴン」を略して雑に「プチドラ」と呼んでいた。首の下を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。

「おーい、兄ちゃん」

 ギルドのカウンターで、中年の男が酒瓶をこちらに掲げた。赤ら顔のせいで白髭が目立つ。

「マルク、こんな時間からよく飲む気になるよな」

「お前の方こそよくそんな仕事請けるよな、しんどくねえのか」

「まあ……国中、見て回れるのは面白いし」

 マルクは瓶を傾けながら笑った。

「お前さんぐらい真面目な非勇者も、めずらしいわな」

「いや、裏道を使ってずいぶん楽してるよ」

 マルクは、皮肉っぽく口角をあげる。

「それくらいいだろ、非勇者は馬も使えないんだ。まあ兄ちゃんは変なトカゲがお似合いか、はは――わっ噛むな」

「おいやめてやれ、プチドラ」

「そいつ、いったいなんなんだ、俺も知らない生き物ってよっぽどだぞ」

「ただの飲んだくれが何言ってんだ。どう見たってドラゴンの一種だろ」

 仕事終わりの集団がギルドに入ってきた。扉から風が吹き込み、新聞がギルドの床に飛び込む。

「どれ、勇者さまたちの活躍でも読むか」マルクが酒瓶を置いて新聞を拾いあげた。

「預言の通り魔王軍と東部で激突か……おっ、花形勇者の記事だ」

 カイトが覗き込むと、黒いローブの預言者の写真の横に、ロングソードを手にした勇ましい女性勇者の写真が大きく載っている。

 新聞をマルクから奪い取るようにして目を走らせた。写真の中で、彼女は自分の十倍はある独眼巨兵の足を剣撃で切り裂いて、膝を大地へ落としていた。『美しき討伐隊のホープ リリ・ムーア』というテキストが横に置かれている。

「リリ……」

 カイトは、名前を口にしただけで胸が締め付けられた。


 彼女からの手紙は、いつしか返ってこなくなっていた。


「知り合いか?」

「昔、……近くに住んでいた人なんだ」

「おっそろしい差がついちまったなあ、はは」

 カイトは思う。差なんて最初からあった。勇者と非勇者の境界が、あの奇跡みたいな時間だけ見えなくなっていただけだと。

 しかしカイトは、リリの活躍を素直に嬉しく思っていた。寂しさや哀しさを合わせたより大きな誇らしさを感じていた。

「……約束」

 カイトは目の前の水を飲み干し、新聞をマルクに返した。

「――また仕事か」

「ああ。マルクも、ツケ代くらいはギルドの手伝いしろよ」

「働きすぎんなよ。どうせ、税金でほとんど勇者様に取られんだ」

 カイトは小さく笑った。「プチドラ、行くぞ」


 もう一度だけ、手紙を書いてみようか。

 思いを巡らせながら、カイトは汚泥に塗れた石畳を踏み締めた。


 ◇


 広大な城壁の中心に、王城の尖塔が空に伸びている。王都を行き交う勇者住民たちの服は、色鮮やかだ。

 一方、王都の外れには非勇者が詰め込まれた狭い隔離区があった。彼らは、一日中、日の当たらない城壁の陰で、革や灰汁や焼却物を扱う仕事を担っている。

 カイトは、その隔離区へ荷物を運ぶため、大通りで荷車を引いていた。

 黄土色の服を露骨によける住民たちから、冷めた視線が飛ぶ。

 

 高らかな蹄の音と、歓声が近づいてきた。

 路の先に鷲の舞うマントを身につけた集団が見える。エリートの第一討伐隊だ。

 カイトは、顔を伏せ通り過ぎようとした。


「痛っ!」

 声をした方を見ると、騎馬に弾かれた子供が転んでいた。その子も荷運びらしく、皮革が散っていた。討伐隊の先頭の馬が興奮し、いなないた。

「おい、さっさとどけ」

 馬上の男性勇者が、眉をしかめている。子供は腰をついたまま怯えて震えている。

 勇者層の住人たちが集まってきたが、子供には近寄ろうとしない。

 カイトは、反射的に人垣をかき分けた。腕が触れた商人勇者に、顔をしかめられる。子供を助け上げる。「大丈夫?」

 いらいらと手綱を振る勇者が、面倒そうに言い放つ。

「なんでクズどもが大通りをうろついてるんだ」

 カイトは拳を握りしめて堪える。感情を露わにすれば、子供まで危険な目に合う。

「……申し訳ありません。すぐ退きます」

 散らばった皮革を集めるのに手間取る子供とカイトへ、軍人と住人の舌打ちが聞こえてくる。

「何をのろのろしている」

 討伐隊の奥から、白馬に跨った女性が前に進み出てきた。

 姿を見たカイトは思わず息をのんだ。高貴なマント、風にゆれる金髪、端正な唇。

 リリ。


 思いがけない偶然にも関わらず、カイトを一瞥すると彼女は少し眉を上げただけだった。平坦な言葉が飛んでくる。

「――非勇者は邪魔するな」

 リリの胸には、並び立つ勇者たちと同じように、凄まじい紫の炎が燃え盛っていた。濃く濁り、毒々しさを湛えていた。

「大通りでの複数非勇者の滞留は禁止されている。下がれ」

 見下すリリの背後から、太陽が目を射る。

 カイトは無言で子供の手を掴んで脇へ寄った。警邏の勇者が、急かすようにカイトの背中に唾を吐いた。

 リリはカイトから視線を切り、馬を進めていた。

「………………!」カイトは呼びかけようとしたが、声が出ない。

「お兄ちゃん、ありがとう」子供の震えた声で、カイトは我に返る。擦り傷程度で、大きな外傷はない。空気を察した少年は「ここで大丈夫」と言って細い路地へ消えていった。

 背中を見送ると、城門の方へ目を向けた。隊は遠ざかり、リリの姿はもう判別できない。


 カイトは胸が痛むのをこらえながら、荷車を押しはじめた。

 毒々しい紫の炎が目に焼き付いて、しばらく消えなかった。

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