飛行船追っかけ十勝ドライブ② ~麺処いぶき~
「シュン、俺お腹空いたよ。そろそろご飯を食べに行こう」
「おぉ、もうそんな時間か。ごめんごめん」
ナビの隅に表示されている時計を見ると、もう13時を回っている。飛行船を追いかけていると、つい時間を忘れてしまう。
「シュン何食べたい? 帯広って言ったらやっぱ豚丼?」
「へへへ、豚丼もいいけどさ。俺、おいしいラーメン屋さん知ってるんだよ」
「ラーメン? 帯広で?」
秀司は不思議そうな顔をする。
「実は俺、帯広に親戚がいるんだ。一家でラーメン屋さんやってるんだよ」
「えぇ、そうなの?」
「秀司がラーメンで良かったら、今日付き合ってくれたお礼にご馳走してやるよ」
「マジで!? やったぁ!」
そんなわけで、俺の親戚がやっているラーメン屋に到着した。
焦げ茶色のレンガ造りの壁に、ツヤツヤした黒い横長のプレートがかかっており、黄金色の文字で『麺処いぶき』と書かれている。
いぶき。漢字で書くと『伊吹』。これは、俺の母の旧姓だ。
「いらっしゃ……あらぁ、シュンちゃん! 来てたのぉ!?」
ガラガラと店の引き戸を開けると、俺の叔母さんが嬉しそうな声を出して近付いてきた。
「叔母さん久しぶり。連絡もなく急にすみません」
「何言ってんのよ~、いつ来たっていいんだから! お友達も一緒?」
「同じ学校の友達の、秀司君です」
「こっ、こんにちは! 妻木秀司です!」
俺が紹介すると、秀司は慌てて頭を下げた。
「まぁ、いらっしゃい。よく来てくれたわね」
叔母さんは目尻を下げて笑い、彼を歓迎してくれた。
カウンター8席と、4人で座れる3つのテーブル席がある店内は、満席ではないが利用客で賑わっていた。俺と秀司は空いていたカウンター席の端に座った。
「おぉ俊哉! 久しぶりだなぁ。こっち来てたのか」
奥で調理をしていた叔父さんが、手を止めてカウンター越しに声を掛けて来た。日焼けした顔、店名の入った黒いTシャツ。額に汗が滲んでいる。
「叔父さん、久しぶり。友達と遊びに来てました」
「どうも、俊哉がお世話になってます」
叔父さんは秀司に会釈した。秀司も立ち上がり、こちらこそお世話になってます! と言ってビシッと頭を下げる。彼の無駄に誠実で元気な挨拶の仕方が、俺は嫌いじゃなかったりする。
叔父さんは、俺の母の弟さんだ。母の2つ下のはずなので、今たぶん、51歳くらいだと思う。母は今年で53歳になる事を、俺はちゃんと知っている。
「父さんとケンは元気か?」
「えぇ。時々会ってるけど2人共元気ですよ」
ケンというのは、俺の4つ下の弟の名前だ。俺が小4になる頃、父の仕事の関係でうちの一家は網走から札幌に移り住んだ。俺は就職を機に家を出たが、父とケンは今も一緒に住んでいる。
「青志! 俊哉来てるぞ」
叔父さんは調理場の奥に向かって声をかけた。青志というのは、叔父さんと叔母さんの息子の名前だ。俺にとっては、いとこになる。
忙しいだろうからいいですよ、と俺は言ったが、すぐに青志はひょっこりと顔を出した。
「シュンちゃん! 来てたのー!?」
「おぉ青志、久々! 頑張ってるね」
叔父さんと同じTシャツを着て、頭に白いタオルを巻いているその姿は、まだ少しあどけなさの残る顔に不釣り合いに見える。青志は高校を卒業した3年前から、両親のこの店を手伝っている。
叔母さんが、大きなザンギ(北海道で言う、鶏のから揚げ。ちょっと濃い目の味付けになっている)が4つ乗った皿を持ってきた。
「サービスよ。2人で食べてね」
秀司は突然のサービス品に目を輝かせていた。俺がここに来ると、叔母さんは何かとサービス品を出してくれる。腹ペコだったらしい秀司は叔母さんにお礼を言って、でっかいザンギにがっつき始めた。うまいうまいと喜ぶ彼を見て、叔母さんは嬉しそうに笑った。
「南央も呼んだから、もうすぐ来ると思うわよ。あの子シュンちゃんの事大好きだからね。呼ばなきゃ怒られちゃうわ」
南央というのは、もう1人の俺のいとこだ。青志の2つ下の妹で、市内の大学に通っている。
噂をすれば、叔母さんが言い終わるのと同じくらいのタイミングで店の扉が開いた。緑の半袖パーカーにグレーのハーフパンツ姿の女の子が、笑顔で入ってくる。
「シュン兄! 来てたの!?」
この一家は俺を見ると、揃ってみんな同じ反応をするよなぁ、と微笑ましく思う。
「南央、久しぶり! お邪魔してたよ」
南央は俺の隣の席に座った。反対隣の席で夢中でザンギをがっついている秀司の事を、一応紹介しておいた。
「また飛行船来てるの?」
「うん、そうなんだ。今日ちょうど帯広を飛んでるんだよ」
俺がそう答えると、南央は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また泊まるんだね!」
長めの黒髪が揺れる。飾り気のない、素朴で素直な子だよなぁ、と思う。
俺は2年前から、飛行船の耐空検査と学校の夏休みが重なる期間のみ、この伊吹家に滞在させてもらっている。ここからなら、黒汐町まで片道1時間ほどで行き来が出来るからだ。
伊吹家と道下家は昔から付き合いが深く、俺や弟のケンは子供の頃から、叔父さん叔母さんにとてもかわいがってもらっていた。いとこ達とも仲が良い。俺が毎年この時期に数日泊まり込む事についても、彼らは嫌な顔ひとつせず全力で大歓迎してくれる。とてもありがたい事だ。
「今年は22日の金曜日からなんですけど、また泊まりに来ても大丈夫ですか?」
俺はカウンター内の叔父さんに声をかけた。
「当ったり前だろぉ。好きな時に来て、好きなだけいたらいいんだよ」
ラーメンにチャーシューを乗せながら、叔父さんが笑う。明らかに乗せているチャーシューの枚数が多過ぎる……と思いながら、俺は叔父さんありがとうとお礼を言った。
「はい、おまたせ」
叔母さんが味噌ラーメンを2つ運んできたが、それは大盛りチャーシュー麺チャーシュー増し増しといった見た目になっていた。サービスが過ぎる……!
圧倒される俺の隣で、秀司は大喜びだった。