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約束の飛行船  作者: 清松
第2章
7/25

空と陸のコミュニケーション

午後過ぎに一度係留地へ戻った飛行船は、パイロットを交代して再びすぐに離陸した(俺は交代を知っていた事と、移動がいちいち面倒なので係留地には戻らなかったが。その間に俺は昼休憩を済ませておいた)。

午後からは、飛行船は西区の方向へと進路を変えたようだ。西区方面をフライトするなら、俺にとってはラッキーだ。中心地ほどの建物がなく見失う率がぐっと下がるという事に加えて、車で追いかけなくても、良い鑑賞スポットがある。俺は迷わずにそこへと向かった。




西部公園。西区にある総合公園だ。

ここには大きく緩やかな緑の丘が2つある。意外と高さがあり、そこに登ると周辺の景色が良く見える。この場所で俺は、今までにも何度か飛行船を鑑賞している。ここはベストなビュースポットだ。

土曜日とあり、子供達や家族連れが多い。俺は大きな丘の1つに登って、西区の繁華街方面を見上げた。ふわふわと浮かぶ飛行船がよく見える。


腰につけたスカイ君をはずし、キーホルダーの蓋を開けて、母さんに飛行船を見せてあげた。


ようやく、飛んでいる所を見せてあげられたな。

よかったね、母さん――



てっぺんに居座り続けては邪魔になってしまうので、俺は頂上から少しだけ下りた斜面に腰を下ろした。ちょっと寝転がってみる。こうすると角度的に飛行船は見えづらくなるが、視界一面が青になる。こんなふうに空を見る事はなかなかない。薄雲の白い筋を所々に纏ったスカイブルー。飛行船クルーのチームカラーと一緒だなぁと思うと、何だかそれだけで嬉しくなる。





挿絵(By みてみん)




なにあれ!? UFO!?

と、子供の甲高い声が聞こえた。

目線を向けると、10歳前後くらいの男の子が、丘の上で飛行船を指差してはしゃいでいた。

俺は思わず笑顔になってしまう。初めて飛行船を見たんだな。確かに、UFOみたい、って最初は思っちゃうよな。

周囲にいた子供達も一緒になって騒ぎ出す。俺と同じく斜面に座っていた、彼らの親と思われる大人達も、飛行船だね、久しぶりに見た、珍しいね、等と話している。


おーいっ! ひこーせーん!

と、さっきの少年が両手を振りながら叫んだ。他の子供達も一斉に手を振り出す。その姿を見た親達も、彼らにつられて飛行船に向かって手を振り始めた。

いいぞいいぞ! と俺は心の中で密かに喜んだ。これはうまくいけば、飛行船がこの公園の上空まで来てくれるかもしれない。加勢するかのように、俺も一緒になって手を振った。一体何事かと呆然と見ている人も周囲に何人かいるが、気にしない。むしろ、この状況で手を振らない方が何事だろうというのが俺の(勝手な)意見。みんなも参加すれば良いのに。





挿絵(By みてみん)




そして、俺の予想は現実となった。飛行船はゆっくりと進路を変えて、こちらに向かい始めている。

こっちきた! こっちきた!

と、子供達が声を出す。

よーし、やったな!

と、俺は心の中で呟く。

飛行船はどんどん西部公園の上空へと近づいて来ていた。キャーキャーと歓声をあげながら手を振る子供達。

飛行船はエンジン音を頭上高くで響かせながら、手を振る人々の真上を通過する。その後くるりと旋回して、円を描くかのように俺達の周りを飛び始めた。そして、もう一度真上を通って、再び繁華街方面へと向かっていった。



はしゃぐ子供達と、嬉しそうな大人達。

よかったな、これは学校に行ったら友達に自慢出来るぞ!

勝手に心の中で語り掛ける。

街の上空を飛ぶ飛行船の高度は、約1000フィート(大体300メートルほど)。パイロットからは、地上にいる人達の姿がよく見えているらしい。だから、手を振れば、それに応えるように真上まで来てくれるのだ。

空と陸のコミュニケーションは、やっぱり良い。そこにいる全ての人が笑顔になれる。世の中のほとんどの人が知らない事だと思うけれど、飛行船と言うのは、こんなに温かな存在なのだ。

少し大げさかもしれないが、こんな事が出来ると人々が知ったら、日本はもっと良い国になるんじゃないか? とまで思ってしまう。飛行船には、現代人が失いかけている大切なものを取り戻す力があると、俺は割と本気で思っている。





丘の斜面でしばらく飛行船を眺めてから、17時半頃に岩水の係留地に向かった。

クルーに確認すると、着陸は18時頃の予定だと言う。

広大な敷地の、一番奥の端の方まで移動して、そこから着陸風景を撮影する事にした。普段はこんな所まで来る事はない。時間に余裕があったので、何となくいつもと違った視点から撮影をしてみようという気になった。

18時過ぎにゆっくりと地上に下りて来た飛行船は、父親の腕に飛び込む小さな子供のようにクルー達の手の中に納まった。お決まりの流れでマストに固定される。

1日の終わりだ。SS号、お疲れ様。



敷地の端っこから、ゆっくりゆっくり歩いて、飛行船の方まで戻った。

風も穏やかなので、ゴンドラ試乗会が行われているようだ。一般人は基本的に飛行船に乗る事は出来ないが、係留後のゴンドラに試乗する事は出来る。俺もこれまでに2回乗せてもらった事がある。

両親と息子らしい3人家族が乗せてもらっているようだ。開け放たれた扉の向こうから、少年の歓声が聞こえている。俺は少し離れた所に立って、目を細めながらその様子を眺めた。誰かが飛行船に触れて喜んでいる姿は、俺にとってこの上なく嬉しいものだ。俺は別にクルーでもないし、飛行船の何でもないのだが、そんな光景を見た時にどうしても嬉しいと思わずにはいられない。

「シュンさんも、よかったら乗りませんか?」

3人家族がゴンドラから降りてきてから、近くにいたクルーが俺に声をかけてくれた。もちろん彼も顔見知りだ。名前も覚えてくれていて嬉しい。

「ありがとうございます。僕はもう2回乗せてもらってるんで……まだ乗った事のない方を乗せてあげて下さい」

笑顔でそう伝えて、丁重に辞退した。




挿絵(By みてみん)




俺はその日、岩水海岸公園の駐車場が閉まる21時頃まで係留地にいた。

クルーや他の見学客の邪魔にならないよう、少し離れた芝生の上に座り込んで、何をするわけでもなくひたすら飛行船を眺めた。他の人からすれば、勿体ない時間のように感じられるのかもしれないけれど。俺は何時間でも飛行船を見ていられる。

子供の頃に母が聞かせてくれたように、飛行船は、夜は光る。内照灯を点け、翌朝までその状態で係留されている。

キーホルダーの中の小さな母と一緒に、潮風の中で白く温かな光を放つ飛行船を眺め続けた。


直接見せてあげたかったなぁ。

今もし母さんがいたら、どんなに喜んだだろう……。


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