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約束の飛行船  作者: 清松
第2章
6/25

離陸!

飛行船SS号がこちらに来てからと言うもの、週末は強風続きで、結局飛行している姿を見る事が出来ていない。

SNSで更新されるフライト情報を毎日確認しているが、それによれば平日は飛行出来ている日もあるようだ。俺の通う専門学校は札幌駅から徒歩5分ほどの所にあるので、昼休みなんかに外に出て空を見上げてみたりはするが、タイミングが悪いのか飛んでいる所を見られる事はなかった。



6月に入って最初の土曜日。ようやく風の穏やかな週末が訪れた。

お預けを食らった分を取り戻すつもりで、俺はその日の離陸から見てやろうと、朝7時半頃に係留地へと向かった。離陸時間は日によって、状況によって様々変わる。俺の経験上、移動フライト以外で8時以前に離陸するという事は今までになかったので、これだけ早く行っておけば見逃す事はないだろうと言う考えだ。


無風の緑地で、静止しているかのように宙に浮いている飛行船。

この時間の当番クルーさんが、橋立君はちょうど夜勤明けで今朝帰ったんですよ、と教えてくれた。入れ違いになっていたようだ。

「今日はおそらく、8時半から9時前後くらいの間には離陸出来ると思います」

「そうですか、良かったです! まだ初日しか飛んでいる所を見れてなくて」

「先週末はフライト中止でしたからね」

橋立さん以外のクルーも、俺が毎週末にここに来ている事を知っているようだ。

フライト楽しみにしてます、と伝えて俺は彼から離れた。

基本的に橋立さんが当番の時以外は、俺は必要以上にクルーに近づく事はしない。あくまで最低限。情報収集の範囲内だ。それはもちろん橋立さんが相手でも同じ事なのだが、彼とは特別仲が良い(と自分は思っている)ので、結局はどうしても色々と話し込んでしまうのだけれど。



8時半を回る頃にクルーがたくさんやって来た。

続々と車を降りて係留地に入ってきた彼らは、俺を見るととても嬉しそうに明るく挨拶をしてくれた。1人残らず、全員。勝手に、彼らにとって俺は特別な存在になっているんだなぁという気になってしまう。自惚れるなよ、と自分でも思うが。


1年ぶりに見る離陸の準備作業。クルー達が飛行船を取り囲み、それぞれが様々な動きをして何かをしている。誰が何をしているのかまでは、俺にはわからない。統一性を感じない1人1人の動きが、むしろ逆に複数人でひとつのものを作り上げるための団結、と言う印象を強めている。


離陸を見に来た見学客がちらほらと集まり始めている。彼らはどういう思いでここに来ているのだろうと、俺はよく考える。俺ほどの異常な飛行船愛はないだろうけれど、それでもそれなりの思いがなかったら、こんな遠くて交通の便も悪い場所までわざわざ来ないのではないか。実は、俺みたいな人って何気に多いのでは……? なんて考えるが、それはないか。

SNS繋がりの飛行船ファンは何人かいるが、現実にはそういう趣味友達みたいな人は1人もいない。リアルでこの飛行船愛を共有出来る人がいたら、きっと楽しいんだろうなぁ……と想像する。


マストマンが飛行船をマストからはずし、クルー達の手でゆっくりと移動させられて行く。着陸した時と同じように、2本のヨーラインを握るクルー達、ゴンドラを直接手で掴んで運ぶクルー達、そしてパイロットの真正面、ゴンドラの数メートル前方辺りに移動の指揮を執るクルー。

こんなに大きな乗り物だが、自力で動く事は出来ないという。父親に抱かれる子供のようだなと、何だかかわいらしくさえ感じてしまう。


離陸するポイントに到着した飛行船は、クルー達に押し上げられて、一気にエンジン音を高めた。辺り一帯が、ブーンという独特の轟音に包まれる。

俺の大好きな音! 今年もまた聞く事が出来た!

これは完全に飛行船ファンにしかわからない感覚だろうと思う。きっと他の人が聞けば、ただ騒々しいだけだ。

青空に向かって飛び出して行った飛行船は、上昇しながらゆっくりと旋回して俺の真上を通過した。俺がここにいる事を知ってなのか、たまたまなのか。そんなのはどちらでも良いが、最高の気分である事に間違いはない。人目を気にする事なく俺は、こちらに船尾を向けて飛んで行く丸いシルエットに大きく両手を振った。朝の日差しが眩しい。




挿絵(By みてみん)




緑地の真ん中にぽつんと立つマストを、嬉しく眺める。飛行船が繋ぎ止められていない係留地は初日以来で、この光景はこれから俺のささやかな冒険が始まる事を意味している。

車に乗り込んで、一度SNSを確認した。


『6/4(土) 飛行船SS号は、札幌市内周辺を飛行予定です。見かけましたら、ぜひ手を振って下さい。写真の投稿もお待ちしています。』


飛行船公式アカウントからの発信が既に表示されていた。

大きなビルのひしめく市街地中心のフライトだと、車で追いかけるのはちょっと面倒だったりする。だが、俺にとって今日は初日のようなものだ。どこへ行こうと追いかけようと思った。

エンジンをかけ、札幌に向けて車を走らせた。




飛行船は、その日の午前中はびっちり札幌の中心部をフライトしていた。高い建物に何度も遮られたが、俺は安全運転を心掛けながら、その姿を追いかけ続けた。

大通公園、テレビ塔、すすきの交差点。札幌の各名所の上空をゆったりとしたスピードで飛んでいる。気づいた人達が見上げては、写真を撮ったり手を振ったりしていた。


ファン目線だから感じる事なのかもしれないが、俺は正直、都会の人々はみんな俯き過ぎだと思っていたりする。別にそれが悪い事だと言っているわけではない。ただ実際の所、飛行船が飛んでいても気付いていない人、または気付いていても特に気にしない人の方が多い。特に多いと感じるのは後者だ。春の札幌では当たり前の存在過ぎて、わざわざ見ないという感じなのかもしれないが。

ワクワクする心が現代の大人達には失われているような気がしてしまって、個人的には少しだけ寂しかったりする。勝手な話だとは思うが。あくまで、ファン目線。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私もシュンさんと同じ目線を味合わせてもらっています。、ファンだから、そう思っちゃいますよね、と共感です!  フライト、わくわくしますね! そして心の中で、そんなひといるよ~と思っています…
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