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約束の飛行船  作者: 清松
第1章
3/25

1年ぶりの再会

何もなかったただの緑地の真ん中に、白いマストが立つ。それは1本のまっすぐな柱のようなもので、この先端と、飛行船の先端をくっつけて固定しておくのだ。

係留地の準備が整った頃、主役が姿を現した。遠くの空に、飛行船SS号の小さな船影が見えた。

会えた!1年ぶり!!

俺は歓喜した。まだまだ遠く、よく見えないが、どんなに離れていてもその存在感はやっぱり特別だ。空にそれが浮かんでいるだけで、自分が今いる世界の空気が一気に変わるのを感じた。


いつの間にか見学客も増えていた。土曜日という事もあり、初日から盛大なお出迎えになりそうだ。

やがて飛行船は、係留地へと近づいて来た。だんだんと大きく見えてくる姿と、頭の上で響く懐かしいエンジン音に、ワクワクが最高潮に達する。スマホで動画撮影を始めると、飛行船は俺の真上をゆっくりと通過した。と言ってもそれはたまたまで、出迎えのために係留地に集まってくれた見学客達に対するご挨拶のような感じだろう。どこかから、小さな子供達の歓声が聞こえた。



緑地の奥、だいぶ離れた場所に、8人のクルーが整列している。これは飛行船が着陸する時のお決まりの光景だ。


着陸時、飛行船はV字型に並んだクルー達の中央に向かうようにゆっくりと下降する。

センターにいるクルーは指揮官。吹き流しのついた棒を掲げており、彼の指示によって着陸作業が進められる。下りて来た飛行船の先端部分から伸びている“ヨーライン”(またはノーズライン)という2本の長いロープ状のものを、5人のクルーが左右に分かれて掴み取り、そのまま外側に向かって走る。飛行船のゴンドラ部分を、2人のクルーが直接手でキャッチしに行く。それが着陸時の、船体を確保するまでの基本的な行程。

毎回必ず8人というわけではないようだし、それぞれの役割に当てられる人数もその時の状況によって変わるようだが、まぁ大体がこんな感じだと思う。


その一連の流れが、今まさに俺の目の前で繰り広げられていた。1年ぶりに見る着陸風景。地上に下りて来た大きな飛行船が、徐々に俺の視界を埋めて行く。嬉しい。


また、ここに戻って来てくれてありがとう! SS号、お帰りなさい!




挿絵(By みてみん)




飛行船はクルー達に運ばれ、マストの方に移動させられて行く。マストの先端には“マストマン”と呼ばれるクルーが待機しており、飛行船の先端部分をマストに連結する作業を行う。先端をマストマンに引き継ぐそのコントロールも、また絶妙なものだ。まさにプロの仕事。

飛行船は、地面から常に少し浮いた状態で係留される事となる。マストとの連結部分を軸として、風にふわふわとなびくその姿は独特だ。風向きによって、飛行船の向きも変わるのがまた面白い。


飛行機の離着陸は空港へ行けば誰でも見られるし、その方法もごく普通に想像が出来るものだと思う。けれど、飛行船の離着陸なんて、一般人にとってはなかなか想像がつかないものなのではないか。

おそらく大半の人は、飛行機のような離着陸の仕方を思い浮かべるだろう。実際の方法は、わざわざ係留地を探して、そこまで直接見に行った者にしかわからない。知らなくたって何の問題もないけれど、自分がそれを知っているというのは、ちょっとだけ誇らしい事だったりする。



着陸後の作業を終えたクルー達が、駐車場の方へと向かい始める。札幌初日の仕事は無事終了だ。

基本的に係留地にはクルーが1人残り、飛行船の番を行う。今日は風が少し強くなってきているからか、2人残るようだ。強風の場合、見守りのクルーは2人以上になる。

タイミングの良い事に、初日から橋立さんが当番として残るようだ。作業が落ち着き、他のクルーが係留地を去った事を確認してから、俺は改めてご挨拶に行った。


「橋立さん、お疲れ様です」

「いやぁ、シュンさん。1年ぶりですね」

敷地内に停められたトラックの隣で、橋立さんは微笑んだ。短い黒髪、二重の目、日焼けした肌、逞しい体つき、少し高めの優しい声。何もかも全てが変わらない。

「今年も会えて嬉しいです! SNS見てましたけど、今回足止め長かったですね」

「津軽海峡も浜風町も、強風の日が続いてて。なかなか来られませんでしたよ」

話していると、もう1人のクルーが俺のためにアウトドア用のチェアを用意してくれた。これは普段クルーが使用しているものだ。お礼を伝えると、ごゆっくりどうぞ! と、とても感じの良い笑顔を見せた。髭を生やした、細身の小さなクルーさん。俺は彼の事ももちろん知っている。一番仲が良いのは橋立さんだが、クルーの顔は全員知っていた。


橋立さんもチェアを持って来て座り、並んで一緒に飛行船を眺めた。俺まで一丁前にクルーになったかのようだ。

風が出てきており、この後さらに強まる予報が出ているらしい。

この時期の北海道は、本当に強風の日が多い。飛行中止になる日は実際の所、多々ある。今日も風が比較的穏やかになる数時間のチャンスを狙って、浜風町から移動してきたのだと言う。



俺と橋立さんの出会いは、3年前だ。

初めて係留地を訪れた俺に、Smile Skyのキャラクター『スカイ君』のストラップ付きぬいぐるみを渡しに来てくれた事がきっかけだった。

手のひらサイズのこのぬいぐるみは非売品で、飛行船を見に係留地に来た人にしか渡されないレアなものだ。その事を彼から聞いた俺は、飛行船ファンの証を手に入れた気分になり、子供のように歓喜した。

その時はそれ以上特に関わりはなかったのだが、俺のはしゃぐ様子が、彼の中で強く印象に残っていたらしい。今思い返せば、少し恥ずかしいような話でもあるのだが。

後日また係留地へ行った時に、橋立さんが別のグッズをいくつか渡しに来てくれた。先日はあんなに喜んでもらえてとても嬉しかったです、という彼の一言と笑顔が、今度は俺の中に強く残った。多数いる見学客の中で、クルーが自分を覚えていてくれた事に、俺は感動していた。

それから係留地へ通ううちに、俺と橋立さんはどんどん仲良くなっていった。

彼は、母の事情を唯一知っているクルーだ。係留地まで追いかけて暗くなるまで見ているくらいに、母が飛行船好きな人であった事も。



「相変わらずそこに付けてるんですね」

橋立さんが優しく笑いかけてくる。

「えぇ。いつでも一緒です」

俺はスカイ君のぬいぐるみを2つ持っていて(2年目の見学時に別のクルーからもう1つもらっていた)、飛行船を見る時にはそれらを腰のベルトの所からぶら下げている。橋立さんはそれを見てそう言ったのだが、スカイ君の事を言ったのではないという事は理解していた。

俺はスカイ君の1つに、母の写真が入った小さなキーホルダーをくっつけている。

ベルトからスカイ君ごと取り外し、キーホルダーの赤い小さな蓋を開ける。母の笑顔を、目の前で風に揺れている飛行船に向けた。


今年もこの季節が来たよ、母さん――




挿絵(By みてみん)


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