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約束の飛行船  作者: 清松
第7章
23/25

出会ってくれてありがとう

撤収作業を眺めながら、はるさんは、今日ここに来る事の出来た経緯を教えてくれた。どうやら、職場の上司達が厚意で仕事を代わってくれたらしい。

「私、今までこんなに自分から積極的に動くタイプじゃなくて……。仕事の後に係留地まで行ったり、黒汐町まで1人で追っかけたりしてるのを知って、そこまでやったのなら最後まで見届けておいでよって言ってくれて」

またいつものように頬を指で摩りながら言う。

「本当に上司達には感謝です。私は優しい人達に恵まれてるんだなぁって実感してます」

「良かったですね。僕も、何かの間違いで今日、はるさんがここに来れたりしないかなぁって思ってたんですよ」

俺がそう言うと、はるさんは笑った。キュッと細くなる目に、まだ少しだけ涙が残ってキラキラしていた。

「そういえば今日は撮影してないんですね」

「今日の離陸は、画面越しじゃなくて直接見ようって決めてたんです。はるさんを見習ってね」

「私を? 私なんて、ただ機械ものが苦手なだけなのに」

俺とはるさんは笑い合う。昨日お別れをした時は、次の日にまたこの場所で2人で笑い合っているなんて、全く予想も出来なかった。


本当にはるさんが来てくれたのなら、俺にはやらなければならない事がある。


「……あの、はるさん。昨日はすみませんでした」

俺は表情を引き締めて、深く頭を下げた。

「知らなかった事とは言え、大変申し訳ない事をしました。僕があんな話しなければ……」

「いえ、SHUNさん、こちらこそごめんなさい」

俺の言葉が終わる前に、まるで遮るかのようにはるさんが言う。

「SHUNさんに謝らなきゃって思ってました。SHUNさんの話を聞いていたのに私、自分の事ばかりで……」

何ではるさんが謝るんだよ……。心臓を握りしめられたような感覚。胸が痛い。

「はるさんが謝る必要は何もないですよ。謝らないで下さい」

優しくそう言うと、はるさんはまた泣きそうな表情になる。悪いのは完全に俺だ。これ以上彼女を悲しませたり、自分を責めさせるわけには絶対にいかない。

「SHUNさん、昨日私に何か言おうとしてたんじゃないですか? 私が遮ってしまったから聞けてなかったです」

少し俯きながら、はるさんが言う。

それは、俺が何よりも彼女に伝えたかった事。

「僕と出会ってくれてありがとうって言おうと思ってました」

笑顔で即答した。迷っている暇はない。

「はるさんほど飛行船を愛している人には初めて会いました。ネットでは飛行船好きの人との繋がりはあるけど、現実でははるさんが初めてだし。すごく嬉しかったんです」

まっすぐにはるさんの目を見つめて、丁寧に伝えていく。

「僕ははるさんのような人を大事にしたいと思うし、1人でも増えてくれたら嬉しいと思ってます。余計な話しちゃったけど、言いたかった事は、それです。たいした話でもないっちゃないかな……」

俺にとっては、かなりたいした話なわけなのだが。ちょっと照れくさくなってしまい、俺は頭を掻いた。

母さんを見ているようで、とは言わなかった。昨日は言おうと思っていたのだが、それは、言う必要はない。

「……すごく嬉しいです」

泣きそうなままの顔で、少し笑ってくれた。

「私もSHUNさんに会えて良かったです。あの時黒汐町の係留地で出会ったのがSHUNさんで、本当に良かった……」

涙が零れそうなのを堪えながら、一生懸命に伝えてくれている事がわかる。嬉しくて、ありがたくて、俺まで泣きそうな気持ちになってしまう。その一言は、昨日どん底に落ちてしまった愚かな俺を救ってくれた。





挿絵(By みてみん)




その時、はるさんの姿に気付いた橋立さんが、作業の手を止めてこちらに来てくれた。

「今日も来て下さったんですね。本当に、いつもありがとうございます」

既に強く焼き付けている夏の日差しに照らされて、額に滲んだ汗が輝いている。

「橋立さん、北海道お疲れ様でした。これ、今年のラストコーヒーです」

ポケットに突っ込んでおいたいつもの缶コーヒーを渡す。

「いやぁ、差し入れをいつも本当にありがとうございました。僕も何かお返ししたいんですが」

「もういっぱい返してもらってますよ。今年もこんなに楽しませてくれてありがとうございました」

なんならコンビニ中の缶コーヒーをかき集めて差し入れたって足りない、と俺は思っている。

「橋立さん、ゴンドラに乗せてくれてありがとうございました。素敵な経験でした」

はるさんも、お礼を伝えている。

「覚えていないと思うんですけど、私、初めて橋立さんとお話したの、ここの係留地でした。5月の、すごく風が強い日で」

「そうでしたか。係留地にはたくさんのお客さんが来るので、どうしても覚えていられなくて」

あの日の事だな、と思った。ここにいる3人は、5月にこの場所で一度、既に会っていたんだよな。

「あの時もらったキーホルダー、カバンに付けて毎日持ち歩いてます。今日まで色々お話してもらえて本当に嬉しかったです」

「僕もです。係留地にこんなに足を運んで下さって、本当に感謝していますよ」

橋立くーん、ちょっと手伝ってー、と声がする。他のクルーに呼ばれ、ちょっと失礼しますねと言って橋立さんは戻って行った。



はるさんと一緒に、もう遠く離れた所を飛んでいる小さな飛行船を見る。

この時間を過ごせている事に、俺は今、心から感謝している。はるさんにまた会えた事。はるさんと今年最後の飛行船を見送れた事。はるさんに謝罪出来た事。ついさっきまでこれらは、叶わない願いだったはずなのだ。

遠い空を見つめる彼女の横顔を見て、今何を思っているのだろう、と考える。



やがて、係留地は以前までのまっさらな緑地に戻った。クルー達が、トラックやワゴンに乗り込んで行く。橋立さんはワゴンの助手席に乗っていた。

「来年の春にまた来ます。その時は是非、また会いに来て下さい!」

窓を開けて、力強い声でそう言ってくれた。

「もちろんです、来年も待ってます! いってらっしゃい!」

そうだ、さようならではなくて、“いってらっしゃい”。ここは飛行船と彼らがまた帰ってくる場所なのだから。

橋立さんを乗せたワゴンが、ゆっくりと走り出す。はるさんと一緒に手を振ると、彼も微笑んで手を振り返してくれた。





挿絵(By みてみん)




続々と係留地を後にして行く車達。集まった見学客は、道の両脇に立って笑顔でクルー達に手を振っている。俺ももちろん笑顔で見送ってはいるが、この別れの時間というものは何度経験してもやっぱり寂しい。彼らの車が1台ずつ離れていくごとに、いよいよ今年も終わってしまうんだな、という思いが押し寄せる。



飛行船SS号とクルーの旅は、これからも続く。日本の人々を幸せにするために、ここに留まっているわけにはいかないのだ。

最高の、特別な夏をありがとう。

全ての車が見えなくなる頃、俺は心の中でそう叫んだ。

飛行船の姿も、もう見えなくなっていた。


はるさんは、先ほどまで飛行船が飛んでいた遠い空を見つめながら、泣いていた。

涙もろくて、素直な人。飛行船を思って泣ける人を、俺は初めて見た。





挿絵(By みてみん)



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