飛行船追っかけ十勝ドライブ④ ~ラスト黒汐~
橋立さんや他のクルーと世間話をしたり、陽気なマシューさんと遊んでいるうち、あっという間に着陸の時間が近づいてきたと言う。クルー達は野原の奥の方まで移動し、整列し始めた。
「やー、めっちゃ楽しかったな。飛行船の人ってあんなフレンドリーなの?」
「マシューさんは特別かもしれないけどね。クルーの人はみんなフレンドリーだよ」
「俺、飛行船のって言うよりクルーのファンになりそう」
秀司の言葉に俺は素直に嬉しくなる。今日、彼を連れてきて本当に良かったなぁと思った。同時に、飛行船ファンというわけでもない秀司にもこんなに温かく接してくれたクルーの皆さんに、心から感謝だ。
やがて新聞社スタッフを乗せた飛行船が、係留地にゆっくりと下りて来た。ヨーラインとゴンドラをキャッチしたクルーは、緑地の中央に立つマストに向かって歩き出す。秀司は、飛行船のマストへの連結作業をじっくりと観察しているようだった。
時刻は17時。今日のフライトはこれで終了だ。
「橋立さん、ハンガーインはいつ頃ですか?」
着陸後の作業から戻ってきた橋立さんに、俺は聞いた。
「火曜日の予定になってますよ。明日と明後日はまだ、十勝の人達にご挨拶がてらのフライトをする予定なんです」
ハンバーガー委員って何?と秀司が聞いてくる。俺もそんな言葉は知らない。ハンガーインは耐空検査のために格納庫に入るって事だよ、と説明した。
という事は、火曜日以降はSNSの飛行船アカウントの投稿もしばらく途絶える事になる。耐空検査の期間は状況によって変わるので、終了のタイミングを知るには、次にSNSの投稿が更新されるのを待つしかない。
「7月中の間には確実に終わると思いますんで。終了次第SNSでお知らせされると思いますので待っていて下さい」
1日の仕事を終えたクルーの皆さんを見送った後、俺と秀司もスカイスポーツ公園の駐車場に向かった。
秀司はかなり楽しかったようだ。駐車場までの道中、話が止まらない。
夏の夕方、まだまだ熱気を帯び続ける空気の中でエキサイトしている彼は、両頬に汗が流れている。子供みたいだな、と思いながら、俺はさっきマシューさんがくれたスカイ君のミニタオルをビニールから出して、秀司の汗を拭いてやった。勿体ない、と言う彼に、俺はもうこのタオルを2枚も持ってるから大丈夫だ、と答える。
その後、スカイスポーツ公園にあるジップラインと巨大滑り台でしばらく遊んでから、俺達はこの場所を後にした。25歳のオッサン2人が、人目を気にせずにはしゃぎながら遊具で遊んでやった。
「シュン、この後はどうするの?」
まだ明るい日差しの眩しさに顔をしかめながら、助手席の秀司が聞いてくる。
「俺の目的は終了だから、あとは帰るだけだけどね。せっかくだから晩ご飯もこっちで食べてくかい?」
「うん! この辺はどっかいい所ないの?」
「実は、俺の行きつけの店があるんだ。行きつけって言ってもこの時期だけだけどね」
黒汐町の市街地は、スカイスポーツ公園から車で片道20分ほどもかかる。町内に1軒ずつしかないガソリンスタンドやコンビニ、そして学校やら役場やらが集まる小さな中心街を抜け、さらに町はずれの方へと進む。建物がまばらになってきた辺りに、ポツンと1軒、濃いグレーの壁の小さな食堂がある。『くろしお食堂』というお店だ。
黒汐町には、マグロ漬け天丼という名物メニューがある。このくろしお食堂で出されているマグロ漬け天丼は絶品だ。
秀司は、こんなおいしいもの食べた事ない! と言いながら、キレイに平らげた。それは大げさだろうと思ったが、そう言いたい気持ちは確かに俺にもわかる。マグロを漬けにしたものを天丼にする、というのは、少なくとも身近では聞いた事がない。
「シュンすげぇなぁ。色んなお店知ってて」
「へへへっ、実はここさぁ、橋立さんから教えてもらったお店なんだ」
「あ、さっきのクルーさん?」
「うん。クルーの人って全国回っているから、結構色んないいお店を知ってるんだよ」
俺は初めて黒汐町に来た2年前の夏に、この食堂の事を橋立さんから聞いて知った。それまでは、この町にこんな名物メニューがある事も知らなかった。
「へぇ~、いいなぁ飛行船のクルー。日本中の色んなおいしいもの食べられるじゃん。俺もクルーになろうかな」
「英語出来なかったらなれないよ」
「あ、そうか……じゃあ無理だわ」
去年も秀司と一緒に、飛行船を見たり係留地へ行ったりはしたが、黒汐町に連れて来たのは初だ。飛行船の追っかけと、クルーとの触れ合いと、そして十勝のグルメ旅。彼も、とても楽しくて大きな経験になったと喜んでいた。
俺としては、今日一日で秀司が飛行船のクルーの事を知り興味を持ってくれた事が、とても嬉しかった。
飛行船に関する事で誰かが笑顔になる。それが自分の親友だったら、尚更嬉しいわけだ。
そして俺がこんな経験をする事が出来ているのも、全ては母のお陰だ。
母が、今の俺ほど飛行船に関する事で動いていたかはわからない。だが、今の俺と同じような気持ちでワクワクしていたのは、きっと間違いない。
俺はこれからもひたすらに飛行船を追い続ける。自分のために、母のために。




