飛行船追っかけ十勝ドライブ③ ~黒汐スカイスポーツ公園~
食事が終わると、一家総出でお見送りをしてくれた。
ラーメンもザンギもおいしいし、シュンと親戚の仲が良くて癒された、と秀司は嬉しそうに言っていた。満足してもらえたようで安心だ。
飛行船はまだ帯広市内を飛んでいる様子だったが、秀司に着陸シーンを見せてあげたいと思い、黒汐町へ向かう事にした。
無料高速を走り、約1時間ほどで、太平洋沿いの小さな港町・黒汐町に到着した。ここでの係留地となっているのが、黒汐スカイスポーツ公園という所だ。公園の向かい側が大きな緑地になっていて、飛行船はそこに係留される。
駐車場に車を停めると、近くにタープテントがいくつか張られ、バーベキューの屋台が出されていた。もくもくと上がる煙と、炭の匂い。手書きのメニューによれば、十勝のブランド牛串が1本800円で売られているという。
食後だったが、せっかくだから奮発しようぜとついつい買い食いしてしまった。そんな所に屋台を出されては、スルー出来ない。まんまとつられてしまった。たまにはこんなのもいいだろう。来月から始まる実習に向けての活力をチャージしている、と思えば安いものだ。
何だか、最高の食の旅になってる! と秀司はとても嬉しそうだ。
係留地となっている緑地までは、ここから100メートルほど歩かなければならない。駐車場から道路を挟んで向かい側の、林のようになっている区画の方に渡り、狭い歩道を歩いた。食後のいい運動だ。
しばらく進み、木々が途切れると、だだっ広い野原が現れた。中央にマストが立っており、奥の方にはSmile Skyのトラックも2台停まっている。
「ここが黒汐町の係留地だよ」
「へ〜こんな所にあるのかぁ。ここから帯広まで飛んでってるのか」
表通りから交差する小道を入っていくと、係留地の敷地内への入り口がある。
「あっちのでっかい建物は何?」
「あれが、耐空検査をやるための格納庫だよ」
秀司が指差したのは、深緑色をした巨大な建物。敷地の奥側の区画に立つその一際大きな倉庫のようなものが、飛行船の格納庫だ。
路肩にはワゴンが停められ、既にクルーが集まっているようだった。
「クルーの人達いるね。もう着陸するのかな」
敷地を入った所に停められたトラックの横で、何人かのクルーが立ち話をしている。その中に、橋立さんの姿を見つけた。俺が声をかけると、彼はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「シュンさん! 来て下さったんですか」
「えへへ、こんにちは。十勝を飛ぶ飛行船を見に来ました」
昨年も一度会っているのだが、俺は改めて橋立さんに秀司を紹介した。秀司は相変わらずの様子で、こんにちはっ! と言って頭を下げていた。
「皆さん集まってますけど、もう着陸するんですか?」
「この後、地元の新聞社さんの取材が入っているんですよ。一旦着陸して、新聞社のスタッフさんを乗せて、また飛ぶんですよ」
「へぇっ、そうなんですか。じゃあ、着陸も離陸も両方見れるね、秀司」
「えっ、マジか。どっちも見れるんだ」
飛行船には時々、新聞社やテレビ局などの取材が入る事がある。一般人は飛行船には乗れないが、そういった仕事絡みで関わる人にはそのチャンスがあるのだ。ちょっと羨ましいような、そうでもないような……と俺は思う。乗ってみたい気もするが、俺はどちらかというと、下から見ていたい気持ちの方が強いかもしれない。
その後、新聞社のスタッフらしき人が3人、係留地へやって来た。離着陸時にいつも中心に立って指示出しをしている、見た目一番年長そうなクルーの男性が、彼らに笑顔で対応していた。
「あっ、シュン、飛行船が見えたよ」
秀司が指差す。スカイスポーツ公園のもっと奥側の空の上に、小さく姿が見えていた。あの辺りは位置的に海の上ではないだろうか。港や海沿いの家、海岸線を走る車なんかから見えるように飛んでいたのかもしれない。
そこからは、流れるような鮮やかさだった。クルーはV字に整列し、ゆっくりと下りて来た飛行船をいつものパターンで受け止める。マストに繋ぐ事無く、クルー達がその場でヨーラインとゴンドラをしっかりと固定し、新聞社のスタッフ達が中に乗り込む。そして、またあっという間に離陸して行った。
「……はぁ。すげぇー」
下りるのも上がるのも一瞬過ぎて、秀司はポカンとしていた。
「なんか面白いな。あんなでっかい乗り物なのに、あぁやって人が受け止めるんだね」
「そうなんだよ。他の航空機とかじゃ考えられないよね」
「これはレアだな。空港行ったってこんなの見れないもんな」
飛行船の離着陸を初めて見る事が出来て、秀司は感動したようだ。
その後俺達は飛行船を追う事なく、そのまま係留地で過ごした。1時間もしないうちにすぐ下りて来るそうなので、クルー達も係留地で待機している。
橋立さんを始め、他のクルーもみんな俺と秀司を手厚くもてなしてくれた。彼らは俺達2人のためにいつものアウトドア用のチェアを用意し、ペットボトルのミネラルウォーターをくれた。いつでも飲めるように、箱でトラックに積んでいるらしい。
「Thanks for coming. Are you having fun?」
突然背後から英語が聞こえて、先日岩水の係留地でグッズをくれたマシューさんが姿を現した。秀司が、あっ! と声を出して嬉しそうな顔をする。
「な……なっ何て言ったの?」
「へへへ、俺もわからん」
タジタジになっている秀司を見て、橋立さんが、
「来てくれてありがとう、楽しんでますか? って聞いてますよ」
と助け船を出してくれた。秀司は、イエス! イエス! アリガトウ! と言いながら、マシューさんにピースサインを向けた。アリガトウだけはやっぱり日本語なんだな。
「This is for you」
マシューさんはどこからか、ビニールに入った小さな正方形のハンドタオルを2枚出して、秀司に手渡した。スカイ君の絵が付いた、飛行船グッズだ。
「あ、アリガトウ! Yeah! 嬉しい。カワイイ。アリガトウ」
秀司がおかしな片言(と言ってもほぼ日本語)で答えると、突然マシューさんは満面の笑みで両手を広げ、大きな体で秀司をガッチリとハグした。驚いた秀司は、マシューさんの腕の中で何故か大爆笑し始める。そんな2人を見て俺も大爆笑していたら、マシューさんは秀司ごと俺の事もハグしてくれた。マシューさんと俺にサンドされて、秀司はグワッと潰れたカエルのような声を出した。他のクルーも、そんな俺達を見てみんな大笑いしている。
何だか、めちゃくちゃ楽しい!
ギュウギュウに抱きしめられていたが、マシューさんはやっと俺と秀司を解放してくれた。
「Make yourself at home」
近くで笑っていた橋立さんが、ゆっくりしていって下さいねって言ってます、と通訳してくれた。




