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約束の飛行船  作者: 清松
序章
1/25

幼き日の約束

挿絵(By みてみん)







「お母さん、またあの話を聞かせて」

「……また?ふふふ」

日曜の午後。

自宅のソファでコーヒーを飲んでいた母は、少し呆れたように、それでも嬉しそうに微笑んだ。


「むかーしむかし、あるところに、ハタチの会社員のユリちゃんという人がいました」

隣に座り、母にピッタリとくっついてその話を聞く。

「ユリちゃんはある日、飛行船を見つけました。お空をふわふわと飛ぶ飛行船は、ぷくっと膨らんだ長ーい風船みたいな形で、白い色をしています。風船の下には四角い箱みたいなものが付いていて、そこにパイロットさんが乗っています。ユリちゃんは、とってもワクワクしながら、飛行船を眺めています」

ユリちゃんというのは、母の名前だ。



――ゆっくりとお空を飛ぶ飛行船は、やがて遠くへと離れて行きました。

ユリちゃんは、飛行船を追いかけます。どこへ飛んでいくのか知りたくなったのです。

たどり着いたのは大きな野原。飛行船がゆっくりと着陸してくる所を見て、ユリちゃんはとっても感動しました。野原に停まった飛行船は、びっくりするほど大きくて、ユリちゃんはもっとワクワクしました。

そうして、夜になるまで、そこで飛行船を見ていました――




挿絵(By みてみん)




母の隣で、小1の俺はその情景を思い浮かべていた。一丁前に、目を閉じながら。今思い返せば、ませた子供だよなぁという感想しか出てこないのだが。

「ひこーせんって、夜はどうしているの?」

「夜はね、光るのよ」

「光るの?」

「そう。真っ暗な中、そのままじゃ見えないでしょ。だから、ライトをつけておくの。とっても明るくてキレイなんだよ」

いまいち想像が出来なかったけれど、キレイだと母が言うので、それはプラスなものである事に間違いはないのだろうと思った。

「お母さんは昔札幌に住んでて、その時に何度か飛行船を見かけていたのよ。本当にワクワクしたなぁ。今ではもうなかなか飛ばされていないんだろうね」

「なんで?」

「うーん、なんでかな。飛行船じゃなくても、今は別の方法で宣伝が出来るからかな? 飛ばすのにはお金もかかるだろうしね」

聞いても、当時の俺にはやっぱりピンと来なかった。そもそも飛行船と言うもの自体、見た事がないので姿かたちが全く分からない。長い風船と言われても、何それ? といつも思っていた記憶がある。母が聞かせてくれる話の中だけで知っている、未知の存在。だからこそ興味津々だった。


俊哉(しゅんや)はこのお話が大好きだね。もう何回目かしら」

「だって、僕もひこーせんを見てみたいんだもん。見たことないからさぁ」

「そうね。お母さんもまた見たいよ。でも、網走にはたぶん、飛行船は来ないかもよ」

「なんで?」

「やっぱり札幌とかの都会の方が人が多いから、そういう所を飛ぶのよ。宣伝になるからね」

飛行船が宣伝になる、という事の意味が、この時の小さな俺には全く分からなかった。

当時のうちの一家は網走に住んでいた。父の地元で、母は結婚を機にここに移り住んだらしい。この町を飛行船が飛ばないなんて、一体誰が決める事なのだろうと、幼い俺は疑問を抱いた。今思えばメチャクチャな疑問なのだが。


「あーあ。飛行船、また飛んでくれないかなぁ。また見たいなぁ。昔みたいに、またワクワクしながら追いかけたいな」

窓の外は快晴。母は眩しそうに青空を見上げる。笑顔なのに、その表情はどこか寂しそうに見えた。

「ねぇ、お母さん。僕がね、ひこーせん見せてあげる」

「え?」

俺はソファから立ち上がって、目の前の母をまっすぐに見る。

「僕がもっと大きくなったら、ひこーせんを見に連れて行ってあげるから。一緒に見ようよ。約束!」

細い小指を差し出して、俺はニッコリと母に微笑みかけた。

「俊哉、ありがとう。そうね、大きくなったら一緒に飛行船、見に行こう」

母も嬉しそうに笑う。

互いの小指を絡めて、指切りをした。




挿絵(By みてみん)




この約束は必ず果たそうと、子供ながらに強く誓った事をよく覚えている。あの時の母の笑顔が、とても寂しそうに見えたから。その寂しさを俺がなくしてあげたいと思ったから。

昼下がりの青空に、一筋の飛行機雲が伸びているのが見えた。


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