GT-Rの憂鬱
10代も終盤、毎日の様につるんでいたワベちゃんが中古のR32GT-Rを買った。
それまでR31のGTS-Rに乗ってたワベちゃん。80km以上出すとスポイラーが出て来るのがカッコ良かったが、飲酒&居眠り運転の車に後ろから突っ込まれ、前の大型トラックと挟み撃ち。本人は頭を切った位の軽症だったが、車は大破した。
相手が飲酒&居眠り、しかも会社社長だった事もあってか、金の交渉は予想以上に良い方に進み、ワベちゃんは中古ながらも憧れのR32を手に入れたのだった。
それからは元来運転好きなワベちゃんの車で毎晩のように、そこら中を走り回った。元からマインズのコンピューターと300kmメーターが付いていて、それにマフラーと足回りをいじった程度だったが、労せずに恐ろしい速度が出てしまう凄い車だった。
俺もEP82にあれこれ手を加え、夜な夜な峠で遊んでいたのだが、ある晩、ワベちゃんが峠で遊びたいような事を言うので、試しにいつもの峠に行ってみる。
ブンブンと爆音を響かせながら、所謂走り屋達が虫が集まるかの如く、常夜灯やジュースの自販機の周りに集結していた。
ワベちゃんの車はGT-R。ドライバーのスキル等関係なし、一度走り出してしまえば、獲物に飢えた走り屋達が一斉に後を追って来る。皆、自分がどこまでRとやれるのか試したいのだろう。
しかしワベちゃんはここでは初心者、テレテレと走ってパスさせて、自分のペースで何本か走る。その隣をけたたましい爆音で抜き去って行く車達。逸るワベちゃんを制しながら慣れるまで峠を往復させた。
途中、喉が渇いたので自販機のある商店に寄ろうとしたが、大型トラックが邪魔して入れない。ここに大型が止まっている事は始めてだ。尻が道路にはみ出しているので非常に危険だ。
仕方ないので道路を跨いだ反対側の砂利の広場に停める。
「何だよ、あのトラック。すげぇ邪魔だよな。」
2人して車に乗ったままブツクサと文句をたれる。
暫くするとトラックが動き出し、こっちの広場に入って来た。その時は全く気にも留めなかったのだが・・。
「お!空いたからジュース買おう。」
商店の駐車場に移動し、自販でジュースを買う。車内で飲みながら話してると、トラックからパンチパーマにチョビヒゲのオッサンが降りて来た。ひょろっとした痩せ型で白いTシャツにニッカ風のズボンを履いている。
「あのチョビヒゲ、あんなでかいトラックで迷惑だよな。他に停めるとこあるのに。」
「具志堅みたいな顔しやがってさ。」
「ホント似てるわ!ハハハ!」
具志堅は荷台に登り、何やらゴソゴソやっている。カラカラン!何かが荷台から落っこちた。具志堅、それを右手に持ってこちらに歩いて来る。
「あれ何?鉄パイプじゃねぇ?!」
「うそ!」
「すげ~太いぜ、おい!どうする?!」
ガラガラガラ・・・・片手でやっとつかめる程の太さ、しかも長い。恐らく重すぎて持ち上げる事が出来ないのではないか?
道路を渡って具志堅がGT-Rの運転席側に到着。やばい。
「おい!」
声が甲高い・・・マジで具志堅だ。
「お前ら何か言ってただろ?」
「いや、言ってないっすよ。」
ワベちゃんが冷静に応対している。俺はパイプの太さにビビる。
この頃、UWFやリングス、正道会館のビデオを見ては格闘技好きなワベちゃんと日々練習に明け暮れていた。
空手もかじり、筋トレも続けていたので、怪物中西さん以外には腕っ節で負ける事も無く、喧嘩も幾つかこなしていたので、それ程怖くはなかった。
ただ・・パイプが有り得ない位に太い。
ワベちゃんは180cm弱で85kgの堂々たる体格。喧嘩の経験も俺より豊富で実際かなり強かった。
外に出て闘いになれば負けは無いと思ったのだが・・・。
「何か言ってんの聞こえてたぞ!」
凄む具志堅。
「いや、マジで何も言ってないっすよ。」
「そうか・・・。」
2人でやっちゃえば楽勝なのにな~。第一あのパイプ、武器として機能しないだろ。
そう思いながら黙ってやりとりを聞いていた。何だか妙にワベちゃんのテンションが低いのが気に掛かる。
「なめてんじゃね~ぞ!小僧が!」
捨て台詞を吐いて具志堅はトラックへ。
ガラガラガラ・・・・やっぱ重たくて持てねぇじゃんかよ。
「あのパイプ、太過ぎだよな。」
「良かった~MAKが騒いで車に何かあったらどうしようかと思った。」
ワベちゃんは愛車が心配でおとなしくしていたのだった。
「いつもMAKがカッとなってデカい事になっちゃうから、何か言わねえでくれ~って思ってたさ~。」
「そうかな~?」
「でもあのオヤジムカつくな・・・。何も出来ねえで悔しい。」
「うん・・何かね。」
具志堅はこちらを睨みながらトラックをゆっくり発車させる。
「向こう行こう!」
いきなりワベちゃんが砂利の広場に車を動かす。具志堅トラックは車道に出るタイミングを見計らっている。
「何かムカつくから石投げてやる!」
「え~!?」
ワベちゃんの発想に驚く。原始人かよ。
「早く!もう行っちま~よ!早く拾え!」
ワベちゃんの声に慌てて足元の石を拾う。
具志堅トラックが車道に出た瞬間、「投げろ!」号令が闇夜に響く。
振り返るワベちゃん、俺の石の大きさを見て焦る!
野球経験者のワベちゃんの石が先に到達!カーン!トラックのコクピットの後ろ側に命中。
その直後、ドガーン!ガラガラガラ!俺が力任せに投げた石も同じ場所に命中!派手な音をたてて荷台に転がった!
キキ~ッ!車道に出掛かっていた具志堅トラックはフルブレーキ!ガアア~ッ!そのまま物凄い勢いでバックして来た!
「逃げろ~!」
バタバタと車に乗り込み、ロケットスタート!
「ライト点けるな!ナンバー光っちゃう!」
具志堅トラックはUターンして追って来ようとするが、GT-Rに追いつくはずも無い。
「あの石、デケ~よ!こんなだもん!よくあそこまで飛んだな~!ガハハハ!」
ワベちゃんが笑う。この豪快な笑い方が俺は何とも好きなのだ。
「だっていきなり投げろ!って言われてさ!咄嗟に持った石をそのまま投げたんだよ!」
「ありゃやべ~よ!」
「あのパイプの太さのがヤバイよ!」
狂気のスピードで登って来る車を見ながら2人でガハガハ。もう走る事なんてどうでも良くなっていた。
「帰ったらあのゲームの続きやるか。」
「中西さんでも呼ぶかね?MASAは何やってるかな?」
「コンビニで何か買ってこう。」
「腹減ったなぁ。」
具志堅に一矢報いた満足感に酔いしれる2人を乗せ、GT-Rは爆音と共に闇をすり抜けて行く。
「全く世話の焼けるガキ共だ・・・」
もし口をきけたなら、彼はそう呟きたかっただろう。