1.スペイン風オムレツもどき?的な
限界飯レシピを思いついた時に更新する、超不定期更新連載です。
ブクマをつけていただくと、忘れた頃にまたよーわからんなにかをご覧いただけるかもです…
「くひー……ちかれたー……」
社地久美子は、今日も今日とて日付が変わる寸前に、最寄り駅から徒歩4分の賃貸マンションに帰ってきた。
社会に出て、早幾年。
気がつけばそこそこ責任ある立場となり、お疲れチャンが溜まりすぎて日々の業務を回すだけでいっぱいいっぱいなのである。
雑にパンプスを脱ぎ捨て、ぽんぽんぽんと服も脱ぎ捨て、パンツ一丁になると、久美子はソファに倒れ込んだ。
「あー……風呂入んないと……
てか、飯……おにぎりだけだったし……」
ぶつぶつ言っている間にも、まぶたが落ちそうになる。
このまま寝落ちはヤバいと、久美子はスマホを手探りに取り出した。
ソファの肘に頭を乗せ、この姿勢じゃ後で首が痛くなるなと思いつつ起動するのは、マイナーな乙女ゲー『僕を崇拝して、人間界を支配させてよ!』。
昔はそこそこオタ活も愉しんでいたのだが、そんな余裕もなくなり、推しのイベントなら課金するくらいのゆるっとした間合いで続けている唯一の気分転換だ。
人間界に紛れ込んできた神とか悪魔とか精霊とか宇宙人とかが入居する洋館の管理人をしつつ、彼らと交流を深める、というものなのだが──
聞き慣れたオープニングの後、デイリーボーナスの画面が出てくる。
『今日は遅かったな。大丈夫か?』
俺様枠キャラのランダムメッセージが流れ、久美子は無の表情でぽちっと抽選ボタンを押した。
なんだかやたらキラキラしたエフェクトが出てきた気がしたが、ろくに確認もせずにミニゲームを始める。
満タンになっている行動ポイントをとにかく消費したいのだ。
このゲーム、音ゲータイプのミニゲームをクリアすると、キャラクターカードを強化するコインが貰える仕組みになっている。
1日3戦分まではボーナスもつくので、日付が変わるまでに終わらせたい。
「ちょ、ちょっと!! ちょっとおおおお!!!」
うるさいなー、と久美子は眼を上げた。
なにかちっこい、ぬいぐるみのようなものがふよふよと空中に浮いている。
このゲームの、「ヨルグ」というキャラのミニキャラにそっくりだ。
ヨルグは、美をつかさどる異界の神という設定だ。
女性っぽい口調で、美意識の高いナルシスト。
ゆるやかに波打つ金髪は胸下まで伸ばし、右サイドだけコーンローのような編み込みにしている。
衣装はロココっぽいふりふりのレースてんこ盛り。
そのミニキャラのぬいぐるみ、全長20cmくらいの大きさのものが、空中に浮いていて、必死にバタバタと短い手を振り回している。
久美子は思った。
自分はこの事態を受け止めるには、疲れすぎている。
自然、久美子はスマホに眼を戻し、次のゲームを始めた。
まだボーナスを消化していない。
「ええと……なに?」
無の境地でタップをしつつ、久美子は聞くだけ聞いてみた。
「なに、じゃないでしょー!?
君、僕らが顕現する超絶レアカードを引いたんだよ!
それで、推しの僕が来たんだよ!?
感動とかしてよ!!」
キャラはミニキャラだが、声は普通に通常版だ。
男性としては高めの声だが、もちろんイケボである。
「いやいやいやいや……
別にヨルグたん、推しじゃないし」
「は!? 君の手持ちで一番強化されてるの、僕の誕生日イベント限定カードでしょ!?」
「いや、あのカード、3コンボから倍々ボーナス発生するんで。
もっと強いカードはいくらでもあるけど、そもそもリズムゲー苦手だから、ハードル低い方が使い勝手いいし」
「なにそのダメ発想!
あああ、だからフルサイズで顕現できなかったのか!
どうしよう、こんなの想定外だよ……
これじゃ帰りのゲートを開けないじゃん!!」
「静かに。夜遅いんだからさ」
めそめそと泣き出したヨルグを軽く叱ると、久美子は粛々とゲームを続ける。
「ていうか、君なんなの?
今まで会った子達は、狂喜乱舞するか、『ワタシついに発狂したの?』って怯えるか、どっちかだったんだけど。
パンイチのまんまで、淡々とゲーム続けるとか頭おかしいんじゃないの?」
「んー……疲れすぎて? なにも感じない?」
「自分のことなのに、疑問形!?」
ヨルグはふよふよと漂いながら、久美子に近づいた。
「……確かに、お肌死んでるわ」
「うっせえ」
蝿でも追うように払われても気にせず、ヨルグはしげしげと久美子を観察する。
「その顔色の悪さに、コンシーラーじゃ隠しきれないレベルの隈……
睡眠不足、栄養不足、運動不足な上に、シャワーで済ませてばっかでちゃんとお風呂に入ってないってとこかな。
ということは……」
ふむふむと一人で頷きながら、ヨルグは狭いキッチンへ向かった。
「なにこれ、フライパンとか鍋とか洗ったまんまコンロに積みっぱなしじゃん!
え、冷蔵庫ほぼカラ!? 卵とベビーチーズがあるだけ!?
あ、冷凍ブロッコリーと玉ねぎ、剥き枝豆はっけーん!」
ぎゃーぎゃー言いながら、ヨルグは台所を漁っている。
ぬいぐるみのあの短い手でどうやって冷蔵庫を開けたんだろう、とぼんやり思いながら、久美子はゲームを続けた。
推しキャラと会話しながらうとうとしかけたところで、チーン!と電子レンジの音がして、はっと眼が覚める。
「おーまーたーせー!
待ってなかったと思うけどッ! おーまーたーせー!」
ぬいぐるみが、電子レンジ用のひとり鍋を浮かせて、ふよふよと戻ってきた。
「あー……?」
「全部は多いだろうから、半分くらい食べて!
残りはとっておいて、明日の朝、食べればいいし」
ぬいぐるみはひとり鍋をローテーブルの上に置き、カレースプーンとケチャップのチューブを添えた。
「……なにこれ?」
久美子は、ひとり鍋の蓋をぱかっと開いた。
ほわっと美味しそうな匂いが立ち上がる。
野菜を卵でとじたもののようだ。
「スペイン風オムレツもどき?的な。
冷凍ブロッコリーと剥き枝豆と、君がてきとーにカットして冷凍庫に放り込んでた玉ねぎを一回レンチンして。
そのままキッチンバサミで適当にカットして、塩と鶏ガラスープの素をてきとーに入れて、ベビーチーズちぎったヤツも入れて、胡椒は多めに振ってまぜまぜして。
とかやって少し熱がとれたところで、溶いた卵を流し込んで、もっかいレンチンした。
ほんとは焼きたかったけど、この分量だとフライパンじゃ厚みが出ないし、オーブンは時間かかるからね」
ドヤァ!とヨルグは胸を張った。
「ほむむむむ……」
久美子はケチャップをちょんちょんと絞ると、具だくさんの「なにか」を掬って食べた。
優しい味だった。
「……ありがと」
本当だったら、焼いた方がカリッとして美味しいのかも知れないとは思う。
だが、「人間が食べる物」感はあった。
「はう!?」
なんでかヨルグはのけぞり、急に真っ赤になった。
「た、食べたら、シャワってねんねだからね!
だらだら動画見るとかダメだからね!
あぁあぁあぁ、化粧も落としてないじゃん!」
「う、うん」
よくわからないまま久美子は半分くらい「なにか」を食べ、なにはともあれ「ごちそうさまでした」と手を合せた。
この限界社畜OLとちびキャラ?の雑な出会いは、後に一騒動巻き起こしたりしなかったりするのだが、まだ誰も知る由はない──
<「スペイン風オムレツもどき?的な」補足>
・樹脂製の電子レンジひとり鍋は神。
※Amazon等で適宜。私は&NEの1000円前後のを使っています。3coinsのビストロヌードルでもよさげですが。
・冷凍ブロッコリーは神。
・冷凍むき枝豆も神。
・気がついたら酷いことになりがちな玉ねぎは、適当にカットして適当に冷凍庫に突っ込んでおくと吉。
・2人前目安だと、
野菜の分量は合計でお椀に7分目程度
卵3つ
くらいでちょうどよい感じ。
600Wだと野菜の解凍に3分、卵を混ぜてもう3分、一度混ぜてもう2分で、後は余熱放置。
【ご注意】このレシピは、つなぎがまったく入っていない&野菜が多いので、フライパンで焼いたらひっくり返す時に大崩壊する予感がします。
焼くなら、まっとうな「スペイン風オムレツ」のレシピを適宜ご確認ください。