朝ご飯はパン派? ご飯派?
本作品はあくまでフィクションです。
現実の何かによく似ていたとしても、それは単なる偶然です。気のせいです。
筆者に何かを宣伝しようなどという意図はこれっぽっちもありません。念のため。
ゆんちゃんはパンが大好き。カリカリに焼いたトーストにバターだけというのも好きですし、弱めに焼いたトーストに甘ーいジャムを乗せるのもたまりません。
でも、ゆんちゃんのおうちの朝食はご飯です。パパが『朝は絶対ご飯にみそ汁!』な人なので、しかたがないのです。『パン派』のママも『パパがお仕事をがんばれるようにしてあげないと』とか言ってますしね。
──でも今年の春は、ちょっと去年までとは様子がちがうんです。
ゆんちゃんがめざめてリビングに向かうと、小麦のこげる香りがただよっています。
うーん、いい匂い。やっぱり朝はこれでなくっちゃ。
「パパ、ママ、おはよう!」
「……おはよう」
元気いっぱいのゆんちゃんとはうらはらに、パパはしょんぼりと肩をおとしてリビングのいすに座っています。
「ゆんちゃーん、サラダ持っていってくれる?」
「はーい、ママ!」
トーストと牛乳、サラダとベーコンエッグ。もう、これ以上ないくらいかんぺきな朝ご飯です。
「いただきまーす!」
ゆんちゃんが待ちかねたように食べ始めようとすると、パパが弱々しく口を開きました。
「……なあ、ママ。せめて週の半分くらいは米の飯にしてくれないか。
パンだと、午前中の仕事に力が出ないんだよ──」
「ダメです」
ママがぴしゃり。
「いつもは私とゆんちゃんがそちらに合わせてるんです。あと2ケ月くらい、ガマンなさい」
「あ、あと2ケ月もパンが続くのか……」
パパは泣きそうな顔ですが、となりに座る『どちらかと言えばご飯派』のかずや兄ちゃんはちょっと怒ったような顔です。
「パパはまだいいよ、自業自得なんだから。
僕なんて完全にとばっちりじゃん」
実は、こうなったのには理由があります。
──少し前の週末、パパが食後のお皿洗いを買って出ました。パパは家事もよくするし、なかなかのうでまえなのです。
でもこの日のパパは、うっかり水切りかごをひっくり返してしまい、入っていた10枚以上のお皿やコーヒーカップを見事に割ってしまいました。
さらに運の悪いことに、この日はお客さんが来ていたので、かなりいい食器ばかりだったのです。
その時のママの鬼の表情といったら──。
「ご、ごめん、ママ。小遣いから少しずつ弁償するから──」
「いただき物のマイセンとかもあったのよ、あれいくらすると思ってるの! 少しずつじゃ何年もかかるじゃないの!」
マイセンってそんなに高かったんですね。パパの顔が真っ青になります。
さすがにちょっと言い過ぎたと思ったのか、ママは気を落ち着かせるように大きく息をつきました。
「──まあ、わざとやったわけじゃないしね、弁償はいいわ。お客様用の食器は家計で買い直しましょ。
でも、パパにはちょっとしたペナルティを受けてもらいますからね」
そう言ってママは、パパにある条件をつきつけたのです。
今は、毎年恒例『春のパン・フェスタ』の真っ最中。ある会社のパンについている点数シールを集めると、もれなく食器がもらえるというキャンペーンです。
毎年もらえる食器は変わるけど、真っ白でシンプルなデザインはよく似ていて、しかもめったに割れないので普段使いにはもってこいなのです。
ママがパパに出した条件とは──今年のお皿を家族分と予備1枚、合計5枚分の点数が溜まるまでのあいだ、朝食をパンにすることでした。いつもはせいぜいふたり分くらいしか溜まらないんですよね。
パパも最初は『そんなことで済むのなら』とほっとしたような笑顔で言ってたんですが、1週間もすると元気のない顔で朝を迎えることが多くなってしまいました。
お昼や夜にはお米のご飯を食べてるのに、朝がパンになっただけでそんなにツラいのかなぁ?
パン派のゆんちゃんには、その気持ちがよくわかりません。でも、あんなにしょんぼりしているのを見ると、ちょっとパパが気の毒に思えてくるのです。
ある日の帰り道。ゆんちゃんはコンビニの前を通りかかりました。
ここは、パン・フェスタをやっている会社のコンビニです。
たぶん今のパパは、このコンビニを見るのもイヤなんだろうなー。
そんなことを考えながら通り過ぎようとした時、お店の前で風ではためくのぼりが目に止まりました。
──えっ、うそ⁉ 今やってるのって『パン・フェスタ』だよね、なのに──何で?
そこには、ちょっと信じられないある言葉が書いてあったのです。漢字の読みには自信がなかったので、ゆんちゃんはお店の前でおそうじをしている店員のお姉さんに聞いてみました。
「あの、すみません。これ、何て書いてあるんですか?」
「え? ──ああ、これはね──」
お姉さんはにっこり笑って、ていねいに教えてくれました。
──これなら、パパも朝からご飯を食べられるんじゃないかな? きっとよろこんで、元気になってくれるよね!
そんなゆんちゃんの嬉しそうな様子に、お姉さんはもうひとつ、とっても耳寄りな話も教えてくれたのです。
「わあ、すごい! おねえさん、おしえてくれてありがとう!」
ゆんちゃんはきちんとお礼をしてから、おうちに向かって走り出しました。
急いでこの話をママに知らせなきゃ──!
「──おはよう、ゆん。今日は早いな」
パパは今朝も元気がありません。でも、すぐに元気になるはず。それを見たくて、ゆんちゃんはいつもよりちょっと早起きしたのです。
「へへ、パパにいいお知らせです。今朝はお米のごはんだよっ!」
「えっ、本当か⁉」
パパの顔が明るくかがやきます。
「ゆんちゃんね、すごい発見したんだよ! これで、パパも毎朝ごはんを食べておしごと行けるからね」
「お、おお、ゆんは何てパパ想いなんだ! よし、すぐ顔を洗ってくるからな!」
パパはすっくと立ちあがって、足早に洗面所に向かいました。
ちょうど起きてきたかずや兄ちゃんといっしょになって、『たっきたってごっはん! たっきたってごっはん!』とか嬉しそうに言ってるのが聞こえます。
そして、いそいそと食卓にすわったふたりの前にママが出したのは──二個ずつのコンビニおにぎり。
『──え?』
ふたりがとまどったような声を上げるので、ここはゆんちゃんが説明してあげないとね。
「あのね、学校のそばのコンビニにのぼりが立ってたの! 『おにぎり──パン・フェスタたいしょうしょうひん』って書いてあったから、お店のお姉さんに聞いたんだよ。
あのコンビニだと、おにぎりでもパンのシールをもらえるんだって!」
「い、いや、あのな、ゆん──」
かずや兄ちゃんが何かを言いかけましたが、ママがにっこり笑って強い口調で話を続けました。
「ゆんちゃんったら、パパに早く元気になって欲しいからって、走って帰ってきて教えてくれたのよ。
そんなゆんちゃんのとーっても優しい気持ち、『ご飯派』のふたりならもちろん無駄にはしないわよね?」
「も、もちろんだとも! 嬉しいよなあ、かずや?」
「──」
よっぽど感激したのか、パパもかずや兄ちゃんも少し涙目です。
ふたりがこんなに喜んでくれて、ゆんちゃんはうれしくなってきました。
あ、そうだ。あのお姉さんにきいたもうひとつの話もおしえてあげなきゃ。
「それにね、パパ! そのコンビニならお弁当でもシールがもらえるんだって!
お昼と夜もお弁当にしたら、シールもどんどんたまるよ! よかったね!」
パパはついに、顔を両手でがばっとおおってしまいました。
「──ありがとうな。ゆんが優しい子に育ってくれて、パパは本当に嬉しいよ……」
たぶん感激して泣いているんでしょう。パパの声は何だかちょっと震えているようでした。