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Sehnsucht  作者: 寝酪
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005

「神の声について。先ほど村の皆さんへと言った言葉は……、噓ではありませんが完璧な真実ではありません」

 ノアナ様は難しい顔をして、言い淀んだ。腕を組んで目を閉じ、思考を巡らせる。

「あなたは……、なんと神の声を聞いたのでしたっけ」

「世界平和を目指しなさい、と……」

 何か、いけないことを俺はしてしまったのだろうか。そう思わせるくらいの重い雰囲気。それを聞いたノアナ様は、一度神に祈るようにして口を開く。

「……想像しにくいことではありますが、それは真実なのですよ、ショウ君。読み書きや算術の先生がおっしゃるような、ああしましょうこうしましょうという言いつけでは無く、あくまでも真実。あなたにはそれが可能どころか、使命なのです」

 そこまで言うと、彼女は木製の硬い長椅子に座る。そうすると、彼女の背中しか見えなくなってしまった。その長椅子は、教会のステンドグラスの方を向いていたものだから。

「神の声を聞いたものは、みな同じことを言います。……あるとき、再び神の声が頭に響いたと。内容は全く同じで、その瞬間こそ使命の内容を遂行するべき時だと深く納得する瞬間があるそうです。ショウ君、あなたもそうでしょう。この先生きていく上で、必ずどこかで神の声聞き、あなたは納得してしまうのです」

「……それは、ダメなことなのですか? 俺が聞いたのは世界平和を目指すという内容ですし、先ほどノアナ様が言っていたように、過去の神の声の内容は皆良いことを推奨するものでした」

「ええ、そうですよ。ですが、違う、違うのです。必ずそれを実現するときが来ると約束されてしまったということなのです。……世界平和だなんて規模、わたくしは初めて聞きました。世界レベルで、人々を揺るがす何かが起こると神の名のもとに断言されてしまったのですよ。そしてそれを解決するのはあなたでなけれないけない。……というか、おそらくあなたにしか解決できないものの可能性が高い」

 珍しいことに、彼女にしては本当に珍しいことに、少し苛ついたかのようにカツン、と一度靴を鳴らす。俺は、口を開くことができなかった。

「直面したら、神の声が教えてくれるはずです。ですから、ショウ君は深くは気にせずに勉強に励みなさい。気にしてようといまいと、神の声が聞こえたら納得してしまうのですから」

「……ごめんなさい、俺、そんなことだとはちっともわかっていなくって」

「……いえ、しかしわたくしは、それほど心配はしておりませんよ。神は、試練は与えても乗り越えられない壁は与えません。あなたにならできることなのでしょう。あの時に見せた魔力が本物ならば、世界平和すら可能でしょうとも」

 正直俺には、話の規模が大きすぎてついていけているか危ういくらいだった。しかし、なにやら大変なことが起こっているのはわかる気がした。

「俺は、……立派な魔法使いになって、みんなのために使いたいんです。できますか?」

「できますとも! その心さえあれば、叶うと思いますよ。……そんな希望溢れるあなたに、もう一つだけお伝えさせてください。神の声に、ついて」

 ノアナ様は立ち上がると、どこか吹っ切れたような顔をしていた。

「言わないでおこうとも思ったのですが。……未来の偉大な魔法使いに不誠実なことをしたとあったら罪ですからね。……よいですかショウ君、神の声は、人によって何度も聞くそうなのです」

「……なんども?」

「ここから先はずっと昔の文献の世界でのお話。もしかしたら嘘も混じっているかもしれません。しかし、少なくともわたくしは二度神の声を聞いた人物を知っています。神の声の内容が同じなのか、異なるかはわかりませんし、人に寄るのかもしれませんがね」

「俺からしたら、何度も世界平和を目指せと言われるって事?」

「えぇ、その通りです。その神の声が実行できる場面が、世界の危機が、複数回訪れる可能性があるということです。おほほ」

 ノアナ様は上品に笑う。

「そ、それって、やばいことなんじゃ?」

「えぇ、その認識で間違っていませんとも。……わたくしは、これを誰にどこまで伝えるか、悩みあぐねております。いっそ、確定した未来なら抗う必要も……」

 彼女は、たまにこの村から出かけていく。教会関係のお仕事をしているようで、たまに「明日は報告会ですよ」なんて言葉も聞いたことがあった。

「……それはノアナ様に任せます。俺より、ノアナ様が判断したほうが正しいと思うから。……本当は俺、あなたが言っていることの何割ついていけているかわからないのだけど、……それでも俺が頑張って魔法の勉強をしたらいいってことは変わらないんですよね?」

「はい。その時は神が教えるでしょう。それまではお忘れなさい。……脅かすようなことを言ってごめんなさいね、あなたには夢にまで見た日でしょうに」

 ノアナ様は、今日何度目かの祝福の言葉を口にする。そして俺も、何度目かのお礼の言葉を返す。

「ありがとうございます。……、実感出来たら、もっと喜べるんですけど、まだで……」

「そうでしょうとも、ゆっくりと反芻し、理解してくださいね。……とはいっても、村の大人たちはそれを待つことなく学園の話を持ってくるでしょうけど」

「そっ、それはそれでいいです! 早くで、いいです。学園には、すぐにでも行きたいです……! 明日からでも、えぇ!」

 思わず身振り手振りも使ってその主張をする。自分が魔力を発現した自覚は無くっても、魔法の勉強をしたいという気持ちはゆるぎないのだから。

「あなたは本当に、……神に愛されし子なのでしょうね。それとも、あなたの愛に神が応えたのでしょうか」

 彼女は、そっと俺の頭を撫でると教会のドアの方に向かう。秘密の話は終わったということだろうか。いつものことではあるが、難しいことだろうと重要なことだろうと、それこそ秘密のことだろうと、対等な人間として包み隠さず教えてくれるのはありがたいことだった。

「……あ、あの、ノアナ様! お外に出る前に、質問をしてもいいですか……?」

 話がひと段落したのならば、みんなのもとに戻ってこの話題ができなくなる前に聞きたいことがあった。彼女の先ほどの話を聞いていて気になったけれども、聞くに聞けなかったことがある。俺が彼女に質問をするのは珍しいことどころかよくある日常だったので、彼女は驚くことなく立ち止まった。

「はい、なんでしょう?」

「神の声は、二度以上聞くこともあるかもしれないのですよね。そしてノアナ様はその人物を知っていると。……俺は文献を読んだことも村長たちに話を聞いたこともありますが、その部分を見つけたことがありません。……もしかして、本を読んでいてよくあるように、俺がまた見落としてしまったのでしょうか?」

「……ほほ。見落としではございませんとも。意図的に、隠されている情報ですよ。……変な混乱を起こしてはいけないと先人が考えたのでしょうね。知っているのは神に精通する教会の者の一部、そして、複数回神の声を聞いた魔法使い張本人でしょうか……」

「あぁ、よかった。発現の儀に関する文献はとても気合を入れて読み解いたので、見落としがあるとショックだったんです」

「まぁ……。なんというか、あなたらしい理由ですね。神の声が複数回聞こえるという事実よりも、そちらが大事ですか」

 ノアナ様はおかしくてたまらない、というように口元に手を当てて笑う。さすがにそこまでされると恥ずかしくなって、小さくむくれた。

「……まだ質問ありますもん。今度は自分のことには関係のないことですもんっ」

「えぇえぇ、聞きますとも。お次はなんでしょうか」

 笑いを消さないまま、彼女は言う。

「誰ですか? それ」

「は……?」

「あなたは二度神の声を聞いた人物を知っているとおっしゃいましたよね。それ、誰ですか?」

 これも、気になって仕方のないことだった。文献にしかないから嘘かもしれないと前置きしながらも、彼女はこの部分を断言した。伝聞ではなく、自らの主観として言っていたのではないのか。

 この質問を聞いたノアナ様は、より一層笑みを深くする。にっこりと。

「あらあらショウ君、あらあら、おほほ……」

「あの、ノアナ様……?」

「その人が神の声を聞いたのは、現段階では二回確認されています。一度目も、二度目も、全く同じ内容で、彼女は赤ん坊を拾っています。まさにその時、頭に神の声が響いて、彼女は『納得』したようです」

「赤ん坊を、拾って……?」

「目の前の命を大切になさい。……聞き覚えはありませんか? あるでしょう?」

 ノアナ様がぐい、と顔を近づけてくる。聞き覚えがあるなんてものじゃない。その神の声の内容は、だって。

「アレッシア・ユスティネン。……貴方の母親じゃありませんか」





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