003
お姉ちゃん本人が言う通り、まだろくに魔力操作はできないようだった。魔力を注ぎ込まれた銀のランプは、一瞬太陽のようにまぶしく光ったかと思うと、しぼむように消えていく。その後も何回か試してくれたけれど、やっぱり同じで。繰り返し試せるということから、魔力が枯渇しているわけではなさそうだけれど、普段使いができそうな光度で長時間保つということは今後の、そして文字通りの課題のようである。
「先生に、せめて十秒は光らせるようになれって言われちゃったんだよぅ」
十秒。確かに短い時間ではあるが、彼女の一瞬と比べると永遠のように長い時間である。しかし最低そのくらいはできないと日常生活では役に立たないこともしかり。本を読むどころか夜道を照らすことも、暗い部屋で探し物をすることも出来ない。
「うーん……。この村ではノアナ様が一番魔法については詳しいから、こういうのは彼女に見てもらうのが一番いいかも。ママたちは仕事で忙しいだろうし」
「私もそのつもり……、授業でわかんなかったところ、全部聞こうと思ってるの」
沢山の付箋が貼られた手記を取り出す。中を見ると、たくさん使われた跡はあるというのに、いやに空白が目立っていた。何かが書かれては消された様子もあり、彼女の努力が伺える。お姉ちゃんはため息をつくと手記を閉じ、ベッドに放り投げた。
「今のランプのやつ以外に、安全にできる魔法ってある……?」
「安全にねぇ……、あったかな? おっショウ君、面白みはゼロですーぐ飽きるだろうけど、滅茶苦茶わかりやすくて簡単なのが!」
お姉ちゃんが、筆箱から何かを取り出してくれる。それは結構細長くて、一瞬なにかの筆記用具かと思ったくらいだ。今度のものは白く、かなり短いつやつやとしたまっすぐな杖のような道具だった。
「これはねぇ、発現してから一年は続けろって言われてる杖なの。仕組みはランプと似てるんだけど、魔力補助具の杖とは違って、全力の魔力を注ぎ込むことで出る光で、その瞬間の自分の最大魔力と属性がわかるんだぁ。発現したてはまだまだ魔力定着が進んでなくて、人によっては最大魔力や属性も日によって変わっちゃったりするんだよ」
そう言い終わるとお姉ちゃんは、その白い杖を持ったまま仁王立ちをする。ふんっ、と小さく声を出して、全身に力を籠める。そうすると、杖から半径十センチほどが淡い水色の、優しい光で包まれた。炎に揺らめくように歪んでいた彼女の周りの空気は、すぐに元通りになる。
「……! 今のが言ったやつ?」
「ぜぇ……、そ、そうだよっ。今日は、水属性みたいね……? 私もまだまだ安定してなくて、昨日は風だったんだけど……」
力をあの瞬間に使い切ったのか、お姉ちゃんはベッドに座り込むと頷く。杖はすっかり元通りに戻っていて、込められた魔力は瞬く間に霧散したようだった。
どういう魔力回路を組めば、あそこまで綺麗に魔力を無害に放出できるのだろう。それに、属性を示してくれるというのはどういうことだろうか。発現したては日替わりの可能性もあるということは、元来人間にはすべての魔力が備わっており、どれが強いかは日によって変わってしまうということか。大人の魔法使いは基本的に魔力属性は決まっているが、他の属性を使えないということではない。つまり魔法に慣れ、勉強したり魔法を使っている途中で無意識に得意属性の選定を行っているのか。それならば筋が通る。得意属性を自覚したからそこばかり伸びるのか、その時一時的にでも伸びている属性を得意属性ととらえることで、それが現実となってしまうのか——。
「ショウ君……。すんごい気になるって顔だねぇ? お顔のパーツがくしゃって真ん中に寄って面白いのなんの」
「だってぇ、魔法は知れば知るほど興味深いんだもんなぁ……。一生研究していくんだろうなぁ俺」
「いいよいいよ。ほらこっちも触らせてあげる。ショウ君は大きくなったら都会とかで学者先生になるのかなぁ……」
くすくす笑いながら、お姉ちゃんはその白い杖を俺に渡す。
そうして、光が舞った。
二人して言葉を無くして目を閉じる。太陽を直接見てはいけない理由を、何倍もの威力で再確認した。
あまりの明るさに頭痛がして、何も見えないままじんじんと訴えるこめかみを押さえる。
一瞬、彼女がいたずらに魔力を籠めたのかと思ったが、それも違うとすぐにわかった。彼女の今日の魔力は水属性に偏っていたようだし、なにより、彼女にここまでの大きさの光を出すのは、まだ魔力的に不可能だろう。可能性は無限大で絶対はないが、それでも絶対を付けるくらい不可能だった。
子供の部屋で少し大きな物音が鳴ったときなんかは、すぐにパパやママが心配して駆け込んでくるものだったのだが、今日はまだそれがない。当たり前だ。それすらも目が見えるからこそできる所業なのだから。
だから、一番にこの部屋を訪れたのはノアナ様だった。彼女は俺の家からほど近い教会でくらす人で、村のために活動は日々してくれているものの、仕事に左右される生活はしていない。配偶者も子供もいない。そんな身の上の人が、日常を生活していたら何の前触れもなく、一瞬だけ太陽が地上に現れたのかのような光の爆発を感じたら、確かにいの一番に動けるのだろう。
「どうしたのですかっ! 二人とも、返事をなさい!」
いつもの静々とした動きからは想像できないほどの荒々しさで、部屋の扉を蹴り開けるようにノアナ様は入ってくる。
「あ、あぅ……、大丈夫です、目は見えないですけど……」
「あぁショウ君、よかった。メリアさんもショックで気を失われているようですね……。……えぇ。ちゃんと息はしています。後でお医者様に見ていただきましょう」
俺はともかく、直前に俺に実践して見せるため全力で魔力を出し切ったお姉ちゃんにはあの光でのショックはきつかったのだろう。
「パパも……?」
「えぇ。あの光の魔力を浴びて。……いったい何が?」
「その、白い魔法の杖を俺が持ったら、急に……」
優しく問いかけてくるノアナ様の声に安心して、その時の状況を説明する。
「白い、魔法の杖……? これは……」
「ノアナ様?」
「……いいえ。なんでもないのですよ。ベッドへと連れて行ってあげますから、とりあえずショウ君はお眠りなさい。詳しいお話は、おめめが見えるように元気になってから聞かせてくださいね」
そう言ったかと思うと、ふわりと身体が浮遊する。ノアナ様が魔法の力で持ち上げてくれたのだろう。そのままふんわりと空を切ると、俺のベッドに降ろされた。
「あ、ありがとうございます……!」
視界がチカチカとする感覚に包まれるも、思わずこの身で魔法を体験できている時間に感謝する。
「どういたしまして。わたくしは、この後やらなければならないことがありますから……」
そう言ってノアナ様の足音が遠ざかっていく。
それとも、遠ざかっていたのは俺の意識なのか。