ヴァイスとグラオザーム
「もう盗みを働こうと思わない事だな」
オルドス達が面会に来てからさらに三日後、留置場から釈放されたヴァイスは困惑していた。
『……』
ヴァイスは衛兵たちを睨むが彼らも不服そうな表情をしていた、ますます困惑しているとオルドスを連れたヴァレットがニコニコと目の前にやってきた。
『何の用だ』
「ではオルドス殿、翻訳お願いします」
「任せろ」
二人は一言交わすとヴァイスに向かって話し出した。
『ではヴァイスさん、まずは釈放おめでとうございます』
『白々しいな、……あぁ、さては手をまわしたのはお前か?』
『どうでしょう? ですが何の説明もないのもあれだと思ったもので個人的に説明をしに来ました』
ヴァイスがオルドスを見ると彼は翻訳以上の仕事をするつもりは無いのかその頭部を動かす事は無かった。
『……まぁいい、説明とはなんだ』
『貴女が禁書を盗んだことですが、あまり詳細は私も知りませんが本来ならばかなり重い罰が科せられるようです。ですが何故か特にお咎めはありませんでした』
『……』
『それとこちらを』
そう言ってヴァレットはポケットから銀のロケットを手渡した、それを見たヴァイスは目を見開かせ反射的に引っ手繰った。
『お前……! 何故持っている!』
『失礼しました、貴女を取り押さえた後衛兵の方から押収品だと言われ渡されたのですが、武器はともかくこちらは大切そうなものだったのでお返しします』
ヴァイスはヴァレットの言葉に怪しさを感じていた、ヴァイスはソサリティアの法に詳しくは無いが衛兵が押収品を他者に渡すとは思えなかった。しかし、ロケットが帰ってきたことに変わりはないのでそれ以上追及はしなかった。
『私からはこれで終わりです。残念ですが武器は危険なのでお返しできません、もし形見であったのなら打診はしますが……』
「………………いや、いい。ありがとう」
ヴァイスが彼らの言葉を話すとヴァレットは大きく目を見開いた、ずっと笑顔で見透かしたような顔を驚かせたのは気分が良かったが後ろのロボットは全く変わらないのは不満だった。
「何を驚いている? 傭兵なのだから西国共通語ぐらい覚えていておかしくないだろう?」
「……これはやられましたね」
ヴァレットはしてやられたといった風に顔に手を置いた。
「まぁ、それでは私たちはこれで。もう盗みは駄目ですよ」
「……」
ヴァレットの言葉にヴァイスは何も言わなかった。
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ソサリティア公国から北に位置するシェルム王国、その南端に位置する小さな領地グラオザーム領に存在する館の一室に領主であるグラオザーム・リーガルは居た。
「これで七日か」
グラオザームが呟くとコンコン、と扉を叩く音が聞こえる。
「入れ」
「……失礼します」
グラオザームが視線を動かすとそこには跪いたまま自分に殺意の眼を向ける奴隷が居た。
「おおヴァイス、よく帰ってきたな」
ヴァイスが睨む先にはくすんだ茶髪で、客観的に、主観を一切省けば、太ってさえいなければ、美形と言われてもおかしくはなかったであろう苛立ちを覚える顔があった。
「禁書を盗むのに七日もかかったとはお前の傭兵時代の評判も怪しいな?」
「……申し訳ありません」
ヴァイスは歯噛みする、この烙印さえなければこの男を喉から噛み千切りナイフなど無くともこの爪で切り裂いてやったのに。
「まあ良い、私は寛大なんだ。禁書さえ渡せば全て水に流そう……さあヴァイスよ、禁書を見せてくれ」
「……禁書は、盗めませんでした」
恐る恐る答えるとグラオザームは笑顔のまま一歩こちらへ近づいた。
「悪いな、少々興奮して聞き逃してしまったよ。さて、もう一度聞こう。禁書を見せてくれ」
「……盗んだ後衛兵に捕らえられ取り返させられてしまいました」
『拘束せよ』
僅かな動作で杖をヴァイスに向けると黒い鎖が現れヴァイスを縛り上げた。
「……ッ!?」
「失望したよ、君はこの二年私の言うことをよくやってくれたからそろそろその印を消しても良いかと思ったが……実力を見誤ったかな」
縛られ動けないヴァイスの前でグラオザームはヴァイスの首を撫でる、その瞬間烙印が光りヴァイスの呼吸が止まる。
「ガ……アァッ……」
「二年前私の領地で重症を負っていた君を治療し仕事と住む場まで与えたというのに、その恩義も報えないようでは……呆れるな」
「き……さま…………烙……印を焼き付けておいて……何が………恩……義……」
「重傷者に無理に動かれては困るのでな、それに自由に動ける人間が欲しかったのだよ。やりたいことがまだまだあるのでな」
もう一度首を撫でるとヴァイスに酸素が巡り意識が復活する。
「はぁっ……!!! ぐ…………げほっ……!」
「おっと、死なせるつもりは無い。後しばらくそのままでいたまえ、その後は……そうだなもう一度禁書を取っていって貰おうか。そうしたら禁書の内容を試させてもらおう」
止まらない咳と共に思考が回らない、今日は後どれだけ耐えればいいのかと思ったその時
「突撃ぃ!!!」
ガシャン!!!! と激しい音を立てて窓ガラスから二人の影が入ってきた。
「何者だ?」
グラオザームは表情を変えずそちらを見るとそこにはいつの時代の物かわからない古い魔導機械と幅の広い直剣を構えた老人がいた。
「知ってるぜ、オメェグラオザームだろ? シェルム王国の辺境伯、10年前に当主が変わったって聞いたがとんだ悪徳野郎に堕ちてんなぁ!」
「お前が禁書を盗ませるようヴァイスに指示したことは知ってるんだよ! 大人しく捕まって『飛べ』……ええぇぇ!!?」
オルドスが話している途中に突然体が宙に浮くと壁に勢いよく叩きつけられ隣の部屋に吹っ飛んだ。
「オルドス!」
「私は何者かを聞いた、目的を聞いているのではないのだよ。それに門前には私兵を置いていたはずだが?」
ヴァイスが耳を澄ますと外から大声で叫ぶ兵士の声と、それに混じって今朝聞いたヴァレットと小さな少女の声が聞こえた。
『闇よ、貫け』とグラオザームが唱えると真っ黒な細槍が五つ現れリランドを貫かんと飛来する。
「クソッ、話してる途中だってのによ!」
リランドは剣をやや下段に構え、魔力を込めると二度の横薙ぎ、一度の切り上げで槍をかき消した。
「その剣筋……見覚えがあるぞ、アルキミヤの騎士、それも高位の人間が何故私の所に来た?」
「チッ……今のでわかんのかよ、だが俺ぁもう引退してんだよ!」
老人とは思えない足運びでグラオザームに接近し剣を振るうがすんでの所で阻まれてしまう。
「魔術障壁……ッ!」
「……貴様本当に老人か? 五分節の詠唱障壁に罅を入れるとは……」
初めてグラオザームに動揺の声が漏れる、その時グラオザームの足元にワイヤーが刺さるとオルドスが右手から噴射させながら突進してきた。
「俺を……忘れんな!!」
しかしグラオザームが二言唱えるとその突進は止まる。
「アルキミヤの騎士よ、貴様には驚かされたが……骨董品、貴様は駄目だ。魔術に対する対策もない、かといって武術的な動きも感じられない……一体貴様は何をしに来た?」
「クソッ……俺はヴァイスを助けに来たんだっ……おあぁぁ!!!」
グラオザーム杖をオルドスの腹部に当て唱えると先程より何倍もの強さで吹き飛ばされる。
「オルドス!! テメェ、グラオザーム……!!」
「よそ見をしている暇があるのか?」
リランドが構えるとグラオザームは虚空から浮かぶ黒い剣を三本出現させリランドに襲い掛かった。
「クソッタレ……」
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ガラガラと、崩れる瓦礫をどけたオルドスは体を起こす。
「クソ……強すぎるだろあいつ……」
はやくリランドの元へ戻らなければと思い立ち上がるとふと周りを見る。
「ここは……宝物庫か?」
周囲には貴重な貴金属や見るからに業物であろう武器、きっと芸術品なのだろう絵画などが保管されていた。
「まさかヴァイスを使ってこいつらも……ん?」
ふとオルドスは一つの腕輪に目が留まった。
「この腕輪……どこかで」
オルドスが手に取った腕輪には不思議な模様が描かれた球体が取り付けられていた。