オルドスと盗人
禁書盗難事件から二日後、ソサリティアの留置場でヴァレットとリランドが難しい顔をしてそこの衛兵と話していた。
「二人とも、どうだった?」
修理が終わったオルドスを連れたネルは二人の様子を確認しにやって来る。
「おう! オルドス、オメェはもう大丈夫なのか?」
「ばっちり、問題ないよ」
「ではお二人にわかっている事だけ説明しますね」
そう言ってヴァレットは扉の向こうで尋問されている女を見る、それにつられオルドスもそちらを見ると驚いた顔をする。
「あれ……が森人族?」
オルドスのレンズに映っている盗人は本来人間についている部分に耳は無く、代わりに頭部の方に狼そのものの耳がついておりふさふさの尻尾が見え隠れしていた。
「いえいえ、あれは銀狼族です。獣人という種族の内の一つの部族ですね、彼女たちは身体能力が非常に高く魔術というよりは魔力を循環させ身体能力を強化するのが得意な種族なのですが……彼女はどうやら精霊術にも素養があったようで」
すっかり騙されましたよとヴァレットは語る。
「じゃあこの事件は森人族は関係なかったのか?」
「禁書が絡んでいるので全く無関係ではないですが……おそらく」
「ただなぁ、ちょっと困ったことがあってよ」
「あら、何か不都合でもあるの?」
ネルが聞くとリランドは指をさし直接見てみろ、と言う。
「実際会った方がわかりやすいだろ」
そう言われ衛兵の許可のもと4人で扉をくぐると銀狼族の女はオルドスを見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
「リランド、一体この人の何が困ってるの?」
「それがよ……」
リランドが口を開こうとした瞬間
『ふん! また仲間を連れてきたのか、何を聞かれても話す気などないし理解できるとも思わないがな!』
オルドスが女からの罵倒を聞くが周りの反応に何やら違和感を感じた。
「あぁ……そういう事ね……」
「だろ? 獣人族はこれがあるからな」
「なぁ……どうしたんだ皆?」
オルドスの言葉に全員が不思議な顔で彼を見る
「どうしたって……貴方も銀狼族の言語はわからなかったでしょう?」
「え? 銀狼族の……言語?」
「え?」
「え?」
ネルとオルドスの間に? が浮かぶ、そしてヴァレットがはっとするとオルドスに向かって質問をする。
「もしや……オルドス殿、彼女の言葉がわかるのですか?」
「えっと……『なぁ、俺の言葉わかるか?』」
「「!!」」
オルドスが何気なく銀狼族の女に話しかけると自然と彼女に合った言語となっていた。
「驚いたぜ、獣人は部族ごとに言語があるから交流が難しいんだが……待てよ、『ちょいと思ったんだがもしかしてこの言葉もわかるのか?』」
「え?あぁ、わかる」
リランドが途中で別の言語で話し始めるが、オルドスはそれに頷いた。
「リランドさん、今の言葉は」
「森人族の言葉だ、古いスラングも入れたから聞きかじった程度じゃわからねぇが……ほんとに理解してるみたいだな」
「オルドスってそんなこともできるの!? 流石ね!」
ネルが喜んでくれているがオルドス自身はほとんど言語による変化を感じていなかった、それがこの体による影響かはわからなかった。
「しかしこれなら彼女の目的もわかるでしょう、オルドス殿、病み上がり……? 修理上がり……? ではありますがお願いします」
「ああ、わかった。何から聞けばいい?」
オルドスは銀狼族の女に向き合うと相手はオルドスを睨みつける。
「では……名前と目的を」
『ええと、名前を教えてもらっていいか?』
『お前に教えてどうなる?』
『俺に教えたら釈放できる可能性が高まる、結局の所俺達が知りたいのはどうして禁書を盗み出そうとしたかだ。それに理由次第で酌量の余地はある』
暫し女は黙ったが5分程待つと口を開いた。
『……ヴァイス』
『それが名前か?』
ヴァイスは頷いた。
『オーケーヴァイス、それでどうして禁書を盗んだんだ? 精霊術が使えるらしいし禁書が貴重な書物なのもわかる気がするが……』
『……私は雇われただけだ』
『雇われ……傭兵だったのか?』
ヴァイスはそれきり黙ってしまい、仕方ないととりあえず得た情報を共有する。
「名前はヴァイス、そして彼女自身に禁書への興味は無く雇われで禁書を盗んだ……今オルドスが聞けたのはこれだけ?」
「俺に交渉術なんて無いからな……」
「しかし傭兵ですか……」
「あん? ヴァレットオメェ、なんか引っかかんのか?」
「はい……公的な傭兵は基本的に傭兵組合に入っている筈なのですが……」
ヴァレットの疑問にリランドも気づく。
「そういや衛兵から聞いた押収品に傭兵証が無かったな、だからただの盗人だと思ったんだが……」
「それに彼女の首元を見てください」
言われ項垂れたまま黙るヴァイスの首元を見ると魔術陣のような焼き跡が痛々しく刻印されていた。
「あれは……烙印じゃない!」
「烙印?」
「烙印って言うのはね、もう100年は昔に廃止された奴隷の印なの。奴隷制度自体は幾つかの国で今も残っているけど奴隷の認識は腕輪とか首飾りで十分だしあんな証は負の遺産としてどの国でももう使われていないの」
「じゃあ彼女についているのは……」
「烙印に変わりはないと思うけど、烙印を付けた主人は今はどの国でも違法として捕まる筈よ」
「じゃあ次はそいつについて聞くか」
オルドスはヴァイスに向き直る。
『もう一つ聞きたいことが出来た』
『…………なんだ』
『首元の事だ』
『……これは、何でもない』
『そうか、だがそれを付けたお前の主人に聞きたいことがあるんだよ』
『……話す事は無いと言った』
その瞬間、ヴァイスは気づかなかったがオルドスは首元の烙印が本当に一瞬、わずかだが光ったような気がした。
「……今、烙印が光らなかったか?」
「光る? …………!」
ヴァレットが少し考えたかと思うと嫌な事を思い出した、という顔をする。
「昔、文献で読んだことがあります。烙印にはただ奴隷の証というだけでなく、奴隷を縛り付ける為に所有者に有用な魔術を埋め込めるという怪しい話がありましたが……本当しれません」
「そいつぁ……マジだったら奴隷どころかまるで操り人形じゃねぇか」
リランドが絶句するとネルも憤慨する。
「何よそれ……そんなのふざけてるわ!」
「最初はヴァイスが悪い奴だと思ったが……あれを知るとちょっと変わって来るな」
「そうですね、彼女の主人を捕まえて今度こそこの事件を終わらせましょう」
決起する4人の中、ヴァイスは項垂れたままだった。