オルドスと鍛冶屋と記憶の断片
「……ねぇヴァレット、オルドスったらどうしたのかしら」
ゴダート家の令嬢、ネルは揺れる馬車の中で沈黙し続けている機械に目を向ける。
「朝からずっと静かですね、昨日はずっと光っていましたし魔力切れじゃないですか?」
返事を返したのはネルの従者であるヴァレット、彼は本人の性分からか多くの知識を身に着けていると自負しているがそれでもネルが連れてきた魔導機械であるオルドスの事はまだ未知数な事が多かった。
「修理した時確認したけどそれは無いわ、オルドスの……人で言うと右脇腹の辺りね、その中に魔力を溜めるタンクがあるんだけどお姉様が3日間休まず魔力を注ぎ込んでやっと溜まるかどうかってくらいの魔力が入っていたわ、それでも修理した時は半分くらいまで減っていたけど…」
それを聞いてヴァレットは思わず息を呑んだ、ネルの姉であるローズ・I・ゴダートはソサリティアでも指折りの魔術師だ。しかも体内に保持できる魔力量は常人の10倍はあるなんて噂も流れるほど強力だ、それを3日かけて……いや、それでも半分しか魔力が残っていなかったという事は一体彼は何を目的として作られた機械なんだろうか……。
「オルドス?ねぇオルドス!もうすぐソサリティア城に到着するわよ!」
ネルがオルドスの体を揺らすとようやく反応を返した。
「……うん?あぁごめんネル、ちょっと自分の事について調べていた」
「あら、自己診断機能でもついているの?」
「いや、前に俺の体には幾つも機能があるって言っていただろ?だから自分でその機能を解放できないか試そうとしてたんだけど……」
「駄目だったと?」
ヴァレットがオルドスへ問いかけるが意外にもオルドスの声は悪い反応ではなかった。
「ああ、だけどネルが言っていたように鍵がかかっているだけらしい。なんとか鍵を開ける方法を見つければ俺も便利になれるかと思ってな」
「そこは強くなれる、とかでは?」
「昨日の照明を見てそう思うか……?」
オルドスの言葉にヴァレットは何も返さなかった。
「あ、お二人ともご覧ください!あれがソサリティア城です」
オルドスの目線から逃れるように外を見たヴァレットが促すとそこにはそれなりに大きな城が建っていた。
「おぉ……デカいな、デカいのか?比較対象が無いからわからないな」
「えっと、確かアルキミヤ帝国は城下町とお城の大きさがほぼ同じって聞いたことがあるから、ソサリティア城は……城下町の半分くらいね」
「どちらかと言うとアルキミヤ帝国が規格外ですね、あそこは700年は歴史があるので」
そんな話をしている間に関所を通ったらしく、馬車は城下町へ入っていった。
「それではここからは降りて移動しましょう、城下町内での馬車の使用は一部の道でしか許可が下りていません」
ヴァレットに言われるがまま降りるオルドスとネル、もう一人の従者はそのまま馬車を進ませどこかに行ってしまった。
「彼はどこに行くんだ?」
「あの馬車はお父様のものだからね、そこらに置く訳にもいかないでしょう?馬車組合って言ってキャラバンや貴族の移動馬車とかを預かる専用の場所があるのよ」
「へぇ、よく考えてるな」
「さて妹様、これからどこに行きますか?魔導機械であるオルドス殿の事を調べるならソサリティア国際図書館に行けば良いでしょう。何か道具が必要なら鍛冶屋に行くのも良いでしょう、オルドス殿の部品が作れれば何かあった時すぐ修理できるようになるかもしれません」
その後も幾つかヴァレットが提案するがしばらく悩んだネルは
「……鍛冶屋に行きましょう、もしかしたら鍛冶屋の視点からオルドスの事が何かわかるかもしれないわ!」
「俺はネルに従うよ、そもそも街の事知らないしな」
「私も知らないわ、ヴァレットお願い!」
「かしこまりました、それではまいりましょうか」
そして歩く事20分程、オルドス達は小さな鍛冶屋にたどり着いた。
「……ここで合ってるのか?」
オルドスの視界には小さな小屋に『リランドスミス』と書かれた看板がぶら下がっていた。
「……あっちにもっと大きな鍛冶屋があるけど…」
ネルが指さした先には多くの人たちが足を運んでいるかなり大きな鍛冶屋があった。
「ここの鍛冶師の腕は保証します、私の武器もここで作っていただいたんですよ」
そう言いながらヴァレットが扉を開けた瞬間
「こんの馬鹿弟子がぁ!!」
「「ぐあぁぁっっ!!??」」
「「ヴァレット!!?」」
バンダナを付けた男がヴァレットを巻き込みながら思い切り吹っ飛ばされてきた。突然の不意打ちにオルドス達も動けずにいる奥から老人の声が聞こえてくる。
「このボンクラ!んな槌の振るい方はいけねぇって何度言ったらわかるんだ!少し褒めたからって驕ってんじゃねぇ……ってオメェ、ヴァレットか?久しぶりじゃねぇか!」
「……えぇお久しぶりですリランドさん、痛た…」
ヴァレットは気絶している男をどかすとリランドと呼ばれた老人に頭を下げる。
「どうしたんだヴァレット、丁寧なオメェが剣の研磨を頼みに来るほど日が経ってねぇだろ?」
「いえ、今日は貴方を紹介したい人がいるのです」
ヴァレットが示した先には小さな旅装束の少女と白い塗装がされた魔導機械だった。
「おう……?ヴァレットオメェ……どんな組み合わせ連れて来てんだ……?」
「御機嫌ようリランド様、私ゴダート家の末妹、ネルと申しますわ」
「オルドスって言います、壊れてたところをネルに直されました」
リランドはオルドスを見ると驚いたような顔をするがすぐにネルに向き直ると
「なんだ譲ちゃんゴダート家なのか、ゴダート家には何度か世話なってるからな、それなら文句はねぇ、ゆっくり見てきな、ああそうだリナ!ちょっと来てくれ!!」
リランドは店の奥に引っ込み声をあげるとネルより少し大きい青髪の少女を連れてきた。
「こいつはうちの孫娘でな、一日中俺の鍛冶ばっか見やがるから俺に負けねぇくらい武器に詳しくなりやがった、ほれリナ、挨拶しな」
「えっと……こんにちは…」
「こんにちは、貴女なんだか静かな雰囲気ね?」
ネルが言うとリナはリランドの後ろへ隠れてしまった。
「ああほら俺の後ろに居てもしょうがねぇだろうが……あぁそれとそっちの魔導機械さんよ、話があるんだがいいか?」
「私は別にいいわよ?リナちゃんに話を聞いてみたいわ、ねぇヴァレット?」
「えぇそうですね、是非とも聞いてみたいです」
「ヴァレット、オメェはそこの馬鹿弟子を二階に放り込んどいてくれ、ベッドがあるからそこにでも置いとけ」
「わかりました」
「わかった、リランドさん話ってなんだ?」
オルドスが頷くとリランドはまた店の奥に行くとオルドスを手招きする。
「俺ぁアルキミヤ騎士団の一員だったんだ。昔はそれはもう尊敬されてたんだが腕をやっちまってからは引退したんだ」
「……その話を何故俺に?」
「すぐに話す……引退した後は趣味でやってた鍛冶を本格的にしようと思ってな、色んな所に挨拶回りした時アルキミヤ王からこいつを頂いたんだ」
そう言ってリランドは不思議な模様が描かれている球体が付けられた首飾りを取り出した、球体は淡く藍色に光っている。
「これは……?」
「王曰くこいつを必要とした存在が現れた時光り出す、なんて言われたんだがまさか本当に現れるとは思ってなかったぜ。ほら、開けてみろ」
そう言って投げ渡された首飾りを受け取ったオルドスは開けようとして困惑する。
「開けろって言われたって……」
「僅かにへこんでる部分があるだろ」
言われた通りへこみを弄ると真ん中から球体が二つに割れ中から小さな板のようなものが出てきた。
「……メモリーカード?」
手に取ったメモリーカードは見覚えが無いはずなのに、不思議と使い方がわかるような気がしたオルドスは手首の関節部から最初から知っていたかのように取り込んだ。
その瞬間、オルドスの意識は切り離され彼のレンズから強烈な光が放たれた。
「オルドスー?そろそろ図書館に行きましょう……オルドス!?」
レンズから光を放ちながら壁にもたれかかるオルドスに近寄るネルだが、光の先を見た瞬間その動きを止めてしまう。
後から来たヴァレットも、リナも、最初から見ていたリランドすら言葉を失っていた。
「こいつぁ……映像か?」
『■■■……次はどこに行くんですの?』
映像の中では視点の主が顔がノイズが走っている金髪の美女を引っ張っている、視点の主は周りを見渡す。そこには力強い音と共に蒸気機関車が走ってくると視点の主たちの前に止まるとその扉が開いた。
『行こうか』
視点の主はノイズがかった声を発すると少女と共に蒸気機関車の扉が閉まる音と共に映像は終わった。
「……これは、オルドスの記憶?」
ネルが呟く、しかしそうだとするといくつか不可解な事がある。
視点の主は姿が見えなかったが美女を連れるときの腕は明らかに人間の腕をしていた、そしてあの映像はいつの時代の物だろうか。あれほど精工な魔導車は見たことが無い、というより魔導車かどうかすらも怪しく思えてくる。
「……ん、俺は」
「っ、おうオルドス起きたか?」
目が覚めた(再起動した?)オルドスは立ち上がると自分の体を確認するように見回す。
「オルドス殿、どうしたのですか?」
「あぁ、さっき夢……でいいのか?を見てな、誰かが金髪美女を連れて機関車に乗った夢なんだが……」
「あぁ、それなら俺達も見たぜ。お前の眼から映像が出てな」
「そうなのか……あぁ、それとネル、どうも俺の機能が一つ解除できたみたいだ」
「本当!?」
「リランドさんから貰ったカードが鍵だったみたいだ、今ならこんな風に……」
おもむろにオルドスは自身の右腕を外すとまた付け直す。
「無理矢理着脱してもシステムの最適化が出来て不具合が起きなくなった、今ならパーツさえあれば色々なことが出来るようになれると思うぞ」
ヴァレットとリランドはいまいちわからなかったようだがネルは理解できたようだ。
「それならやろうと思えば貴方の背中に翼を付けて飛べるように出来るって事ね!」
「飛ばせる翼を作れるならだけどな」
会話をしているうちにリランドも理解したのか面白そうだという顔をする。
「ならこっちでパーツを作りゃお前さんは何でもできるようになったって訳だな?」
「あぁ、でも極端に歪なパーツはさすがに無理、後一応言っておくがあくまでパーツだからな?他の機械を取り込むとかはできないからな……?」
「わかってるさ」
笑みを止めないリランドにオルドスは若干下がる事しかできなかった。
「それではどうしましょう、オルドス殿の手がかりになりそうな映像を見たわけですがあの機械に心当たりはありますか?」
ヴァレットの言葉に全員黙ってしまう、しかしここまで静かだったリナが恐る恐る手をあげる。
「あの……機械なら鉱人族について調べたら何かわかるかも……」
その言葉にオルドスを除く全員がハッとした顔になる。
「その手があったか!流石俺の孫だぜリナ!」
リランドがリナの頭を撫で回す横でオルドスは首を傾げていた。
「ネル、鉱人族って?」
「簡単に言えば機械が大好きな頑強な種族ね、背丈は低くて種族全体が機械の神であるメカニカを信仰してるなんて言われているわ」
「補足いたしますと鉱人族は刻印魔術に長けている者が多く様々な道具に魔術的要素を組み込むことが出来るそうです」
私は出来ませんよ?と補足するヴァレット、ネルは意気込んだように店を出ると
「それなら次は図書館に行きましょう!鉱人族についてもっと詳しく知る必要があるわ、それとあの魔導車についても調べましょう!」
「待ちな、俺もついていっていいか?」
ネルが振り向くといつの間にか大きな荷物を背負っていたリランドが居た。
「俺ももう60歳を過ぎた、いつ鍛冶すら出来なくなるかわからねぇ歳で跡継ぎも決めずただずっと槌を振っているだけの生活も止めだ!」
「しかしリランドさん、リナさんやお弟子さんの事はよろしいのですか?」
ヴァレットが問うがリランドは想定済みかのように笑顔を浮かべる。
「ああ、リナはああ見えて16歳だ、立派な大人だし跡継ぎも今さっき伝書を送った」
ヴァレットが首を傾げると遠くから青髪の中年が必死にこちらに走ってくるのが見えた。
「あ……お父さん……?」
「おぉ!速いじゃねぇかリベット!」
「速いじゃないよ親父……!『1分以内に来い』なんて言うから魔術まで使って来たんじゃないか……!」
リランドを親父と呼ぶ男は息を整えると冷静になったのか改めて話す。
「一体どうしたの親父、それにこの人……人?達は一体…」
「あぁ、俺ぁこれから店を出ようと思ってな、お前に店を継がせようと思った」
「はぁ、店を……はぁ!!?」
リベットはありえないといった顔でリランドの額を触る
「何年も店を継いだ方が良いか提案したのに『俺ぁ槌振っている方が性に合ってんだ、まだ引退するつもりはねぇ』って言ってた親父が!?僕に店を継がせるぅ!?熱でも出たの!」
「喧しいっ!!!」
イラついたのかリランドの右フックがリベットの顎を的確に貫き崩れ落ちた。
「ふべっ……」
「引退はしねぇ、ただ店を離れるだけだ。その間安心して店を守れる奴を呼んだまでよ……それにお前ももう立派な鍛冶屋だ、俺の教えもいらねぇだろ?」
「親父……」
照れくさそうにいうリランドにリベットは瞳を潤ませ
「僕が独立して鍛冶屋やってる事わかってるんだったら余計になんで呼んだの?継ごうにも僕自分の店があるんだけど」
脛を蹴られたリベットはその場に蹲った。
「痛ぁっ……はぁああぁ……!」
「うわぁ……可哀想」
オルドスはスピーカーを抑えヴァレットはネルの眼を塞いでいた。
「はぁ……わかったよ親父、店は継げないけど守る事はする、安心してよ」
「おう、心配しねぇぞ」
「えっと……リランドはそれじゃあ私達と行くのね?」
「これからよろしくな!まだ若ぇもんには負けねぇぞ?」
こうしてオルドス達は老鍛冶師のリランドを連れ手がかりのあるソサリティア国際図書館に向かうのだった。
「(旦那様にはソサリティア城に行くとしか伝えていませんが…大丈夫でしょうか)」