第23話 集合
後悔しても、過去に戻る術を俺は持たない。
だから俺に出来ることは過去を悔いて、反省して、現在を生きることしかない。
そうして人の心を置き去りにして、時は過ぎ去っていく。
「…………よう」
「…………おはようございます」
ダブルデート当日。
いつもの公園に一番乗りで訪れていたのは、やっぱり真白だった。
偽装カップルを始めることになってからずっと、俺は二番手のままである。
「……行くか」
「そう、ですね……」
まずは俺と真白の二人でいつもの公園に集まり、この次はダブルデートの集合場所に移動するという算段だ。これは神崎先輩と民原先輩を出来るだけ二人きりにさせる機会を設けるという狙いがある。
「…………」
「…………」
あの日以来、真白との関係は少しぎこちない。それでも流石は真白桜月というべきか、学園でカップルを演じている時はそのぎこちなさを外には漏らさないようにしているが。
色々と過去を振り返ってみたものの、俺は真白にかけるべき言葉を見つけられないでいた。
「……そういえば」
このまま集合場所まで無言というのも気まずい。
とりあえず話題を振ってみる。
「民原先輩は、どうなったんだ」
「……先輩の努力のかいあって、なかなか良い仕上がりになったと思いますよ」
「そりゃ楽しみだ……って言おうと思ったけど、お前のやることだしなぁ……」
「ちょっと。どういう意味ですか」
こいつの残念なところはちょいちょい見てきた身としては、若干の不安を抱かざるを得ない。
「むしろそこは、精いっぱいの努力をした彼女に労いの言葉をかけるべきじゃないんですか?」
むすっと頬を膨らませる真白。完璧な笑顔の仮面も良いが、こういう年相応の顔をしている方がよっぽど……。
(……って、いやいや。何考えてんだ俺は)
顔を横に振りつつ歩いていると、気が付けば集合場所の近くまで来ていた。
観覧車やジェットコースターといったド定番の施設が立ち並ぶ、この街の遊園地。その入り口付近にある時計の真下に、神崎先輩と民原先輩が談笑している。
朝の時間帯だというのにも人通りが多いにも関わらず、二人の姿は遠目にもはっきりと確認できた。傍から見ると美男美女の仲睦まじいカップルにしか見えない。
「もうこの時点でカップルにしか見えねーな。アレが本物にしか出せないオーラってやつか」
「両想いではありますが、まだ結ばれたわけではありませんよ。それに、私たちだって負けてません」
「そこで張り合うなよ」
本物相手にあがくのはあまりにも不毛すぎる。
……いや、真白からすると本物に負けないぐらい本物っぽく見せているのもまた『完璧』を追及しているが故なのだろうか。
「……ん?」
近づくにつれ、民原先輩の服装がはっきりと見えてきた。
白を基調にし、フリルをあしらった上品なワンピースタイプ。
恐らく事前にリサーチしておいたのだろう。神崎先輩の好みに合いそうで、スポーティーな民原先輩のイメージからすると意外な装いだ。
「民原先輩の服装……もしかして、お前が?」
「はい。色々と調べてみた結果、アレが神崎先輩の好みに合致するかと思いまして」
「ふーん……その人の個性を伸ばすんじゃなくて、相手に合わせる方向にしたってわけか」
「……相手に愛してもらえなければ、意味はないですから」
相手に愛してもらえなければ、か……。
――――真白自身も、そのために完璧を演じているのか?
なんてことをここで口に出すほど、俺は空気が読めないわけじゃない。
「……何か言いたげですね」
「いや、別に」
言葉に妙な棘が入ってしまったかもしれない。そんなつもりじゃなかったけど。
「ま、いいんじゃないか」
「……灰露くんは、私の方法に反対だったんじゃないですか?」
「ここまで来たら反対も何もないだろ。というか、さっきは悪かったな。ちょっと嫌味っぽくなっちゃったけど、別に責めてるわけじゃないから」
「そうですか……」
真白はほっとしたように胸を撫でおろす。
「ちょっぴり安心しました……」
そんな真白の姿を見ていたら、何となく……。
「……灰露くん?」
「あっ」
何となく、頭を撫でてやりたくなって。
自然と手が真白の頭を優しく撫でていた。小さな子供を褒めるように。
「わ、悪い……」
「いえ……あの……大丈夫、です。むしろ……」
むしろ、の先の言葉を聞く前に手を引っ込めた。引っ込めたことをすぐに後悔してしまい、更に後悔した自分を自分で叱りつけたくなる。
……むしろ、の先の言葉を聞いてみたい。そのためにまた、撫でようかなんて……そんなことを、考えてしまった。
「…………あ。灰露くん」
「…………向こうも、俺たちに気づいたみたいだな」
神崎先輩と民原先輩の二人が手を振っている。
俺たちは互いに顔を見合わせて頷くと。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだな。勝負の日ってやつだし……気合い入れて行こう」
「ふふっ……灰露くんの口から気合なんて言葉が聞けるのは、ちょっと変な気分です」
「……悪かったな」
改めて互いの手を繋ぎ、指を絡めて。
二人の元に向かって歩き出すのだった。




