表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

第19話 きっかけ

 大抵のことは、やれば出来る子だった。


 勉強も、運動も、何もかも。


 壁にぶち当たって挫折することもなかったし、努力らしい努力も大してしたことがなかった。


 それでも最高の結果を叩き出した。


 中学受験のために通っていた塾では、必死に勉強している子たちを差し置いて常に満点を叩き出していた。机にかじりついて勉強していたこともなかったし、授業を受けていればそれだけで全てを理解することが出来たので、テスト勉強なんかしたこともなかった。


 野球とかサッカーとかバスケとか、そういったスポーツでも苦労したことはなかった。色んなクラブに体験入会してみたけれど、終わった頃には熱心にスカウトされることもしょっちゅうで。同時にクラブに所属している子供たちからは嫉妬と妬みの視線を感じることもしょっちゅうだった。


 その度に「悪いなぁ」とか。「申し訳ないなぁ」とか。そんなことは考えていたけれど、それでも俺は最高の結果を叩き出し続けた。


 そうすれば、両親が喜んでくれていたから。いや、正確には――――喜んでくれていると、思い込んでいたから。


 大抵のことは、やれば出来る子だった。

 大抵のことは、やらなくても出来る子だった。


 ――――あの頃の俺は、『完璧・・』だった。


 そんなんだから周りの大人たちは、俺をこぞって『神童』と言って持ち上げた。


 真白は言った。自分に才能はあるが、天才ではないと。


 たぶん、あの頃の俺はそれでいうと天才だったんだと思う。

 たぶん、あの頃の俺は真白が欲しいものを持っていたんだと思う。


 ……なぁ、真白。


 きっと今のお前にどれほどの言葉を尽くしたところで、俺の言葉は届かないんだろうよ。


 お前なら「やってみなければ分からないじゃないですか」とか、「私と灰露くんは違いますから」とか、「それでも私は願い続けます」とか言うんだと思う。


 でもせめて、心の中だけでは言わせてもらうよ。


 完璧な人間になれたからって――――幸せになれるとは限らないんだ。


     ☆


「学年こそ違えど、君のことは当時の塾生なら誰もが知っていたよ。数々のエリートを輩出してきた炎陽塾で、在籍中、常に全教科満点を取り続けたのはきっと君ぐらいだろうから。そういえば非公式ではあるそうだが、ジュニアテニスの全国区選手トッププレイヤーに勝ったなんて噂も聞いたことがあったかな」


「さあ……昔のことは、あんまり覚えてないんで」


 正確には思い出さないようにしてきた、になるが。


「ふむ。本人からするとそんなものなのかな? しかし、意外だな。天上院学園では君の噂を全く聞かなかったものだから、こうして顔を合わせるまで気づかなかったよ! 一体全体、何が――――」


「神崎くん。今回咲かせに来たのは昔話ではないはずだろう? そろそろ本題に入らないと、咲かせるべきものも咲かなくなってしまうよ」


「ん? おっと、そうだったね。これは失礼!」


 助かった……いや、牧瀬先輩が助け船を出してくれたということになるか。嫌だなぁ……この先輩に貸しを作ると一体どんな形で返させられるか。


「…………」


 ……真白の視線を感じる。が、今は本題を優先させることにしたのだろう。特に何かを話すこともなく、口を閉じている。


「さて。真白と灰露くんの二人に、既に話は通してある。融和委員会側から依頼して、ダブルデートという形で協力してもらえることになった。今日は、その打ち合わせをしようというわけなのだが……さしあたって、神崎くんの方から説明をしてもらってもいいかな?」


 この先輩から説明してもらうのかー……また騒がしくなりそうだなぁ……。


「う、うむ。そうだね…………僕は協力を依頼する側だからね。説明するのが筋、というものだ……」


 先ほどまでの騒がしさと饒舌はどこへやら。神崎先輩は照れくさそうに口ごもる。

 京介じゃないが、恋ってのは人をここまで変えるものなのだろうか。出来ればずっとこの調子でいてほしいものだが。


「いや……その、ね。僕の想い人は、二年D組の民原渚たみはらなぎささんといってね。別のクラスだし、今まであまり話したことも無いから接点もなくてね。何とかして彼女と恋人……とまではいかなくとも、話せるような仲にはなりたいんだ」


「民原渚先輩……もしかして、女子テニス部の?」


 噂ぐらいなら俺も聞いたことがあるかな。女子テニス部のエースで、相当な実力者だとか。

 こう言ってはなんだが意外だな……神崎先輩のイメージに合わないというか。


「そうとも! 女子テニス部のエース! 真っすぐで、ひたむきで、可憐な女性ひとさ……」


「それで神崎先輩は、何がきっかけで民原さんを好きになったんですか?」


 何気なく質問してみると、真白が目を丸くしながら俺のことを見つめてきた。


「……何だよ」


「灰露くんが人の色恋沙汰に興味があるのは意外でした」


「そういうわけじゃねーよ。情報があれば、相手に好かれるための何かしらの対策を打てるかもしれないだろ」


 むしろ今回はそういう話だったし。……昔のことをまた掘り返されないようにという意味もあるけれど。


「きっかけか……やはり、あの出来事だろうな……」


     ☆


 その日、その時の僕は休日を散歩をして過ごしていたんだ。


 なぜかって? 深い理由はない。ただ気が向いたからさ。でもまあ、今から思い返すとそれはまさに天啓だったのかもしれないけどね。


 とにかく、僕は河川敷を通りがかった。そこで泣いている一人の女の子と、必死に草むらをかき分ける民原さんを見かけたんだ。


 当時の僕は民原さんのことを『ちょっと有名な外部生』ぐらいにしか見ていなかった。しかし、泣いている女の子を見かけたからには放っておくことは主義に反する。よって僕は、彼女らに何があったのかを問いかけた。


 その女の子は大切な人形を、河川敷の草むらの中に落としてしまったらしい。探しても見つからず、一人で泣いていたところを通りかかった民原さんに発見された。そこで民原さんは事情を聞くや否や一緒に人形を探し始めたそうだ。


 そういうわけだから、僕も紳士として人形を探してあげることにしてね。だけど探せど探せど見つからない。それも当然さ。あんな広い河川敷で、小さな人形を見つけるのは難しい。そして調べてみれば、件の人形というのは特別なものでもなんでもない。ただの市販品。手に入れることも難しくない。


 だから愚かな僕は提案したんだ。『こんな人形ぐらい、僕が買ってあげるよ』と。


 そうすると、女の子は首を横に振りながら泣き始めた。僕は理由が分からなかったけど、民原さんには分かってたんだ。


 落とした人形は女の子の思い出が詰まった大切なもので、いくらお金を積もうと決して替えの利かないものなんだ、ってね。


 愚かな僕はその時になってようやく気付いたんだ。彼女が探していたのはただの人形じゃなかったんだとね。


 まあ、自分が恥ずかしくなったよ。同時に、彼女に興味を持った。……え、人形? 見つかったよ。何とか見つけ出した。苦労したけどね。


 それはともかくとして、その一件以降、僕は彼女に興味を持ったし、惹かれもした。気づけば目で彼女を追っていて、気づけば好きになっていた……それだけ。それっきりさ。


 でもそれだけ、それっきりで終わりたくはなくてね。だから融和委員会に相談を持ち掛けたというわけなのさ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ