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空白の世界

瞼を開こうとする。

痛みを生じさせるほどの純白な光が瞼の隙間から差し込む。

それほどに真っ白な空間だった。

左右に視線を巡らすが見える限り何も無い。

下に視線を移し自身を確かめてみる。

手や胴体や足の感覚はあるが見ることはもちろん、動かすこともできない。

体の存在は感じるが神経が通っていないようだ。

それは自分という存在が溶け出し、どこまでも広がるこの世界の一部になったように錯覚させる。

だからこそ何もない純白な世界にいるのだろうか?

不思議と恐怖は覚えない。

それどころか妙な万能感すらあり、少しこそばゆい。

それは予想したタイミングで「おはよう。アッシュ」と聞こえてきた。

少し前からもうそろそろ声がくるなと思っていたところだった。

耳元で聞こえているようで、見えない水平線の向こうから声を掛けられたようにも感じられた。

中性的な声であり相手の性別を判断する材料にはならない。

声は高くも低くもない抑揚のない調子だ。

「おはよう」と返事を返す。

このやりとりも夢の中で何度もしたなと既視感を覚える。

この次は・・・そう考えた瞬間。

「調子はどう?」ときた。

アッシュの想像した通りの質問だ。

「特別良くも悪くもないよ」と答える。

これもこの夢の度に答えてきた気がする。

確かこの次の一言”そう”と言って目が覚めるはずだったなと思った。

思っていた。

しかし、今回は違った。


「知ってる?君は特別なんだ。どう特別かは言えないけど」


いつもと違う夢と思いもよらない言葉に驚く。

声は出なかったが感覚としては喉が上下して”えっ”と発声したつもりだ。


「君はひょっとしたら何度もこの体験をしていると感じているかもしれないね」

「それも君が特別だからこそなんだよ。これは夢じゃないよ。でも目覚めることになるんだ。いつか分かる時がくるよ」


言われた内容をゆっくりと吟味してみる。

よく分からない。

夢じゃない?

俺が特別?

目覚める?

深く考えようとすれば余計に混乱してしまいそうだ。


「君は俺に何が言いたいの?」


とっさに思いついた考えが口に出る。

今度は声に出すことができた。

言ってからそれさえ聞ければアッシュは満足できそうだと思った。


「・・・・全てを言ったところで今の君には分からないさ。だから最後に一言だけ言葉を送るから忘れないでね」


最後という言葉にドキリとする。

白い空白のみが存在し自身は疎か、上下左右すら不確かなこの世界に先程までは万能感を感じていた。

しかし自分の存在を確立できなにのは、気持ちの良いものではない。

それでもこの声をもう聞くことができなくなってしまう寂しさをアッシュは覚える。

決して聞き漏らすまいと感覚のみが存在する世界で、耳の部位に意識を集中させる。


「君は何者にでもなれるよ」


それが最後に聞いた声だった。

自分という空の器に足元からスッーと目に見えない質量が湧いててくるような感覚を覚える。

少しの粘度を含むそれは、体の隅からじわじわと満たされていき馴染んでいく。

四肢の隅々まで満たされるのを感じながらなおも上昇してくる。

丁度目を通り過ぎたあたりだった。


アッシュの目が開いた。

不思議な夢を見たという感覚が頭の中に残っている。

そのせいだろうか?

気持ちのいい目覚めだったにもかかわらず、思考はどこか霞がかかっているように感じた。

明け方の少し冷たい風が髪を揺らし、同時に硬質で冷えた煉瓦の上で寝ていたことを思い出し、上半身をゆっくりと起き上がらせた。

場所は橋の下だった。


「う~~、なんか変な夢見たような気がするな~」


ボリボリと寝癖混じりの髪を掻きながら先程まで見ていた夢を思い出そうとする。

思い出そうとしたが感じたのは少しの悲しみだけだった。

2019/8/27 一部修正いたしました。

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