第九話 もう一つの視点
佐川が今の推理を堀部にわかりやすく解説した。
簡単に言えば、僕らのいる電車と堀部のいる電車は、実は隣の線路を並列に走っていた、というものだ。
「君たちの推理は分かった。では、わしの推理も聞いてもらおう」
”わしの推理”……? まだ、何かあるというのか?
「まず、先に言っておく。山崎さんがさっき亡くなっていた」
驚いた。こちらはまだ、一人しか欠けていないのに、あっちはこれで残り一人……堀部だけだということになる。
「さっき亡くなっていたというのは、その瞬間を見ていなかったということですか? また連絡しなかった理由は?」
佐川はこの期に及んで冷静だった。探偵役も、僕より板についている。
嫉妬した。
「すまない、言葉足らずだったな。君の言う通りその瞬間は見ていない。山崎さんは一人でいたいと言っていたからそうさせた。その間に死んでいた」
「なぜ気づいたのですか?」
「悲鳴がしたからだ。行ってみたら手すりに針がついていて、それが手に刺さったらしかった」
確か五人目だったろうか。蜂に刺されて死ぬのは。おそらくそれの見立てだろう。
「そしてそれを連絡しなかったのは……」
堀部は言いよどんだ。
「それに気づいた直後に、そっちから連絡が来たからだ」
僕は再び驚いた。佐川さんがタイミングを調整していたようには見えなかったし、その前にべらべら話していた僕も当然犯人ではない。佐川が普通にトランシーバーを操作していたのを全員見ている。考えにくいことだが、それは偶然なのではないか?
「それに君たちの推理にもいくらか穴がある。二つの電車が並列に走っていると言ったが、二本の線路が走っているのは下りと上りのためだ。同じ方向に走っているわけがない」
「確かにそうですが……なら、直列に走っているというのはどうでしょう?」
佐川が今思いついたように反論するが、当然これにも穴がある。
「それならわずかな速度の違いで、衝突したり離れたりするはずだ。二つの電車はまだ衝突していないし、トランシーバーの電波が届かなくなるほど離れてもいない。運転手が隠れて運転でもしていれば話は別だがな」
運転者はだれなのか。その考えは今までなかった。
しかし、このミステリーの登場人物の定員は十人だ。もう十人そろってしまっている以上、運転手はいないと考えざるを得ない。
それなら、自動操縦?
いや、それも違う。もしそうならミステリーが動き出した段階で、それが僕らに知らされていなければならない。大きな船などを舞台としたクローズド・ミステリーでは、物語初期、事件が起こってから逃げようとした展開で登場人物がそれに気づかなければならない。しかし二つの電車は前の車掌室に入れない。自動操縦かどうか、登場人物である僕らには判断できない。
「いや、まだわからないよ。もしかしたら君らの意見が正しいのかも知らん。だが引っかかることがあるんだ」
堀部はあっさり引き下がると、言った。
「トランシーバーを先に見つけたのは君らだ。そして、窓が実は画面だったというのに気付いたのも君らだ。そして、山崎さんが死んだ直後に通信してきた。君らの所は一人しか死んでいないが、こっちではもう四人死んでいる。……言いたいことは分かるか?」
さっぱり分からなかった。
「はっきり言わせてもらうが、わしは君たちを疑っているということだ。最初は五人いて一人死んだとか言っているが、最初から四人だったんじゃないのか?電車にいるというのは嘘で、遠く離れた別の場所から通信してきているんじゃないか?」
「それはありません。このトランシーバーは子供向けのもので……」
「だからそれも違う。子供向けなのは外見だけで、中身は違うかもしれん。現に音量は改造されているようだし」
確かに、変えられたのが音量だけとは限らない。
「そして、新事実はいつも君らが発見する。通信のタイミングを考えても、どこかからわしらの様子を見ていたとしか考えられん」
「しかし私たちは、これがミステリーのルールに従っていると考えています。今この場には十人の登場人物が必要になります。ということは私たちもあなたたちも、同じ体験を共有していなければならないはずです」
佐川が反論した。もっともな意見だ。
「ほう、ミステリーか。なら、このミステリーの主人公は誰か、考えたことがあるか?」
主人公。それはミステリーに限らず必要なものだ。この手のクローズド・ミステリーでは必ず、主人公が最後まで生き残り、しかし当然主人公は犯人ではない、と言う展開が待っている。
「主人公の条件。それを今、わしは満たしているじゃないか。十人必要と言うのも、君らが勝手に言っているだけだ。違うか?」
「……」
「十人必要だったというのも間違いだ。定員は五人だった、と言うのがわしの考えだが……」
そう言われると反論できなかった。堀部の言っていることももっともだと思ってしまったからだ。
それに、考えていなかった可能性……。実は堀部が犯人で、電車に乗っていると嘘をついている可能性もある。彼の言う「山崎さん」と言う人物は一度も声を聴いていないし、そもそも、もう一両の電車なんてなければ、物理的な謎も生まれない。
「とにかく、わしは君らから距離を取らせてもらう。さっきから何度も探索しているが、前の車掌室以外は誰もいないことを確認している。仮に車掌室に誰かいたとしても、わしが先頭車両にいればすぐ気づける。しばらくこっちからは連絡しないし、そっちから来ても無視する。分かったな」
通信は一方的に切れた。結局何も、電車を出るための収穫はなかった。
しかし僕は最後のセリフで何もかも分かってしまった。
この事件の役の振り分けと、堀部の居場所……。
そして、この事件の犯人を。
もうすぐ、もうすぐ事件が終わる予感がした。上手くいけば四人で電車を降りられるはずだ。
これで証拠はすべてそろった
……はずです