第八話 二匹の鬼
前の車掌室には入れず、後ろの車両室は開いているのも同じだそうだ。つまり僕ら十人は、同じ四両編成の電車に乗り、同じ車両にいるはず。にもかかわらず、お互い相手を発見していない。そもそもこのトランシーバーは子供向けのものだ。そう遠くまで電波が届くとは思えない。
もしかしたら本当に同じ車両にいるのかもしれない。
そしてもう一つ気になるのが、残りの人数だ。なぜあっちだけ、もう三人も殺されているのか……?
トランシーバーのおかげで残り五人の行方は分かったが、謎は増える一方だ。
「ところで、まだ聞いていませんでしたが、あなたともう一人の名前は?」
佐川がトランシーバーの向こうに話しかけた。今は情報を集めることに徹するようだ。
「わしは堀部十蔵で……もう一人は若い女の人だ。山崎さんと言うらしい」
「らしい? それはどういうことですか?」
「何度も言わせんでくれ、彼女は今話せない状況なんだ……。こっちは三人も死んでいるし、そのうち一人は……酷い死に方だった……あまり言いたくはないが……」
僕は思い出した。何人目だったか定かではないが、たしか「真っ二つになって死ぬ」人もいたはずだ。
そういえば、次の人の死に方は?
今までは残りの人数が定かではなかったが、登場人物がひとまず全員そろった今、次の死因が分かれば、対策ができるかもしれない。
「それは、すみませんでした……」
佐川が言うのを遮って、僕は、自分の推理を話した。
しかし次の人の死因を正確に覚えていないため、これ以上どうしようもない。
分かったことは、ここにいる六人は、今のところ犯人以外は全員死ぬシナリオにある。とにかく、気をつけるしかないということだ。
あの通話の後、僕は全員を呼び出して、一番後ろの車両に来ていた。
エンジェルが田本の遺体を見て目をそらした。早く用件を済ませたほうがよさそうだ。
増えるばかりの謎だが、一つ、解決したのだ。
「分かったことがあるって、いったい何のことです?」
佐川が待ちきれないように言った。
僕は一番後ろまで移動し、車掌室に入った。みんなもそれに倣う。
「この、車掌室から見える後ろの景色です。何か、不自然ではないですか?」
あれは昼食前の探索のときだ。
――単線のレールが続いている。後続の車両はない。自分がどこか遠いところに来てしまった感覚に陥った。
なぜあの時気づかなかったのか……、なんとなく違和感は感じたはずだが。
「不自然なこと、ですか?単線のレールがただ……」
佐川はそこで言葉を切った。気づいたようだ。
――単線のレールが続いている。
「ふつうは上りと下りの二本があるはず……そういうことですね?田舎ならあるかもしれませんが、このあたりに単線の路線はない」
「そうです。そして……」
これは、最初に目が覚めた時。
――ふと車窓を見ると、見たことのない景色が広がっていた。
――行ったことのない土地で、眺めたこともない風景。
――だけど、僕はこれを見たことがある……気がする。
――デジャヴとはまた違う既視感。
――そしてなんだ?立ち上がった時に感じた違和感は?
「この窓……近づいてよく見てください」
かなり顔を近づけて、じーっと見ていた長谷川が最初に気付いた。
「これ、窓じゃない……ですよねぇ……。モニターです。外の風景が映してあるモニター」
立ち上がった時に感じた違和感。それは、視点が変わっても景色が変わらなかったことへの違和感だった。電車の中から窓を通じて外を見る場合において、視点が低いとき、つまり座っているときは、空は見えるが地面は見えない。視点が高いとき、つまり立っているときは、空は見えないが地面は見える。しかしこの電車の車窓に映る景色は映像だ。視点が変わっても景色は変わらない。
そして、これが映像だということは、五時間も違う映像を流し続けられるとは考えにくい。どこかでループしているはずだ。ゲーム画面の背景のように。だから、来たこともない場所なのに既視感があった。
テレビ画面のように、かなり近づけば赤、緑、黄の三色が分かれて見えるから気づけるが、画質がいいこと、そもそもそんなに近づかないことも相まり今まで気づけなかった。
「そして、ここからが本題です。堀部さんたちがいる電車は、僕らの電車と全く同じです。でも同じ電車に乗っているわけではありません。同じ特徴を持つ違う電車に乗っているだけです。なぜなら、ここに堀部さんはいない」
「でも……堀部さんが本当のことを言っているとは限らないですよねぇ……。もしかしたら彼が犯人で、惑わせようとしてるかも……」
これについては佐川が反論した。
「確かにそうですね。でも、彼は本当のことを言っているはずです。仮に堀部さんが犯人だとしてもなおさら。ミステリーでは、状況証拠などにおいて、嘘を言うことは許されない。それがルールです」
「では堀部さんたちはどこにいるのか?それは、トランシーバーの電波が届くほど近い場所」
そんな場所はない。確かに、そんな「場所」ならない。
「右か左かわかりませんが、この電車の隣を同じ速度で同じ向きに走っている電車に堀部さんは乗っている……、と言うのが僕の考えです。そうすればトランシーバーの電波が届くほど近いという条件も満たされますし、堀部さんが電車に乗っていることにも嘘はない。その事実を隠すための、窓の単線の映像です。僕らはこの場所を知らない。ここが単線の場所だと思い込み、この発想をさせないための罠だったんです」
鬼電車は二両あった、と言うのが真相だ。
『きさらぎ駅』では、ネット掲示板を使って連絡を取り合う、少なくとも二者の登場人物がいた。ならばここにも、違う場所で連絡を取り合う登場人物が必要になるはずだ。
この状況が『きさらぎ駅』の見立てだとすれば、これから電車が止まっても降りてはいけないし、隣の車両に移動することも許されない。どこに運ばれるかわかったものではない。
「とにかくこのことを堀部さんたちにも伝え、情報を共有しましょう。『きさらぎ駅』は、うまく意思疎通できずに情報が伝わらなかったからああなったんです」
「分かりました。ではもうほかの車両に移りましょうか、ここは……」
佐川の言うことはもっともだった。僕らは再び後ろから二番目の車両に映った。
まだ続きます。
回収してない伏線があるので。