第六話 残り五人
僕は頭の中で、今の状況を整理した。
この電車は今、五時間走り続けている。どこを走っているのかは不明。
田本が殺されていた。青酸カリによる毒殺。
僕らが確認しているのは五人だが、この電車にはあと五人乗っているはずだ。
そして、一切の通信機器が使えない。
「たしか、田本さんは、ITだかゲームだかの仕事だとおっしゃっていましたね」
佐川が顎を触りながら言った。
「パソコンなどについては詳しいはずです。実は通信する方法があったにもかかわらず、彼がそれを隠していたとしても、私たちはそれに気づけない……」
つまりは田本を疑おうというのだ。しかし頭ごなしにこれを否定することはできない。ミステリーでは、死んだものが実は生きていた、実は犯人だったというのは王道のパターンだ。それに長谷川の精神も限界近くに来ているように見えた。死人に口なしではないが、感情の矛先をここにいない者にそらしておかないとどうなるかわからない。田本には申し訳ないが。
しかし、
「たとえ彼がそれを知っていて、隠していたとしても、亡くなっている以上どうしようもないのではないですか? それを聞こうにも聞けないし、田本さんのバッグを漁って何か出てきたとしても、僕らの頭ではわからない」
実はさっきの手荷物検査で、田本のバッグだけは確認しなかった。その時は”殺されたから犯人ではない理論”が通用したからだ。しかし佐川がミステリーのルールにとらわれ始めたからには、確認しないわけにはいかなくなる。
「確かにそうですが、もし、ほかの証拠が出てきたとしたら? 例えば青酸カリの余りやクロロホルム……」
そんなのが出てくるはずは無い。これはミステリーだ。
しかし、佐川はどうしてもしたいのか強い口調で繰り返した。
「一番最初に死ねば、それだけ疑いの目は向かなくなる。それは犯人にとって最も好ましい展開のはずです」
それならと、僕も了承したが、やはり何も出てこなかった。精密機器も、あのタブレット以外入っていない。
「な、何もないということは、残り四人の中に犯人がいるということですよねぇ……」
長谷川が後ずさりながら言った。完全に僕らを敵視している。
「いえ、違います。僕ら四人のバッグからは何も出てこなかったから僕らは犯人ではない。さらに田本さんのバッグからも何も出なかったということは田本さんも犯人ではない。田本さんが犯人ではないということは、実は犯人は五人いたということになります。つまり、九川君が言っていた、この電車にまだ乗っているはずの、私たち以外の五人です」
長谷川の視線を外に向けるために田本のバッグをチェックしたのか、とやっと気づいた。ミステリーのルールに従っているこの状況、田本のバッグに何も入っていないのは明らかだ。それを利用した。
しかし、その推理には穴がある。ミステリーではたいてい犯人は一人だけだ。一人だけで犯罪をこなすことが多い。それに……。
「しかし残りの五人が全員犯人だとすると、彼らの中の四人は死ななければいけなくなってしまう。この電車の定員は十人です。それ以上乗ってはいけない。だから、残りの五人も僕たちと同じように、突然閉じ込められ、残りの五人を推理しているのではないのか? と考えています」
「だとしたら、その五人は、どこで推理をしているの?この電車にそんなスペースは……」
きょろきょろと周りを見渡して言った長谷川は、何かを見つけて動きを止めた。
「あ、あれ……さっきまでありました?」
長谷川が指さしたのは、前の車両の床の真ん中あたりに落ちている黒い直方体の物だった。
しかしただの直方体ではない。何か細い棒のようなものが出ている。
トランシーバーだ。
しかし不思議だった。僕らは二回もこの電車内を探索したのだ。これに気づかなかったはずは無い。つまりこれは今しがた、犯人によっておかれたものだ。
またも鳥肌が立った。僕らがこの事実に到達したと同時に現れたトランシーバー。やはり犯人はどこからか僕たちを見ている。
そしてあのトランシーバーは子供向けに売ってあるタイプのようだ。二つセットで売ってあり、もう片方としか通信できない。
ということは、あのトランシーバーの通信相手は、ほぼ間違いなく……。
意を決したように、佐川がゆっくりと前に歩き出した。
それを手に取り、発信ボタンを押す。
通信できる端末は一つだけだし、そもそも子供向けのおもちゃだ。操作は説明書がなくても分かる。
佐川の表情が変わる。相手が出た。
通信の音量はかなり大きめに設定してあるようだ。おそらく犯人の改造……この場にいる全員で会話できるようにするためだ。
「もしもし? 君たちは? このトランシーバーは何だ?」
しわがれた、老人の声だった。
佐川がこちらの状況を細かに説明した。
老人の語る状況も、ほぼ同じだった。しかし一つだけ違うのは犠牲者の数だ。向こうでは、最初の人数は予想通り五人だったが、もう三人も死んでいるという……。
「しかし」、と老人は唸った。
「全く同じ状況だ……七時二分、上りの電車……。つまりどういうことだ? わしのいる電車には、わしら二人以外誰もいないが……。わしらは今、お前ら四人と同じ電車に乗っとるのか?」
別に物語展開が面倒だから一気に三人殺したわけではないですよ。いや本当に。