第五話 犯人はいない
「そ、その人……田本さん? 亡くなられたのですか……?」
長谷川が恐る恐る聞いた。
佐川は何も答えなかったが、それが答えになった。
「殺されているのですか……?」
佐川はまた答えなかった。
僕は、よせばいいのに、田本の死体に近づいていった。
思ったとおりだった。
「とりあえず、田本さんを別の車両で寝かせてあげましょう。確か後ろの車両は、少し冷房が強かったはずです。佐川さん、手伝ってもらえますか」
「あ、ああ……。そうですね。そうしましょう」
佐川は明らかにショックを受けているようだった。長谷川やエンジェルも受けてはいるだろうが、佐川の場合、この場のリーダーとして、それを簡単に表に出すことはできない。
事態を重く見ていたのは僕だけだったようだが、おかげで他の人よりは冷静でいられた。
それに、もう、犯人の目星はついた。
僕と佐川は田本を後ろの車両に運び、シートに寝かせた。
長谷川とエンジェルは元の車両――後ろから二番目の車両にいる。
「佐川さん」
僕は勇気を出して言った。
「田本さんの口元、何か臭いませんか?」
「えっ?」
佐川は口臭とかいう意味で受け取ったかもしれない。
「そ、そうではなくて……。僕は、佐川さんは、青酸カリで殺されたんじゃないかと思っているんです」
「青酸カリって、アーモンド臭のやつですか?」
佐川は田本の口元に鼻を近づけ、
「でも、アーモンドみたいな臭いはしませんね……どちらかと言うとスモモのような匂いですが……。あの場所にスモモなんてあったかな」
「佐川さん、実は、アーモンド臭っていのは、外国の表現なんです。外国にはアーモンドジュースが売られていて、それの臭いに近いとかで。でも日本ではアーモンドジュースは売られていない。青酸カリのにおいは、日本人に分かりやすく説明すると……」
「まさか……」
「スモモのにおいに似ているそうです」
佐川は唸った。それはそうだ。死因がはっきりしたのはいいが、それはつまり、田本は誰かに殺されたということをはっきりさせたに過ぎない。状況がさらに悪化しただけだ。
「しかし、どのタイミングで、青酸カリが盛られたのでしょうか?」
「おそらくみんなで隠れていた時です。あの時、僕は眠たくもないのにいつのまにか寝ていた。つまりクロロホルムか何かを、誰かが電車内に充満させた可能性があります。佐川さんは僕より先に起きていたから、寝ている僕を見たはずです」
食事を持ってきた者だけが容疑者とは限らない。もし僕が犯人なら、皆を眠らせている間にほかの人の昼食に盛るだろう。そもそも自分の昼食にあらかじめ盛っておけば、皆を眠らせる必要すらない。
「それに、僕はまだ、これで終わったとは思っていません」
「どういうことですか? まだだれか殺されると?」
僕は天井の四隅を軽く見渡した。監視カメラのようなものはない。
「言いにくいですが、そういうことです。僕はどうも、犯人が僕らを使って遊んでいるように思えてならない……。この状況は、『そして誰もいなくなった』の見立てではないか、と思うのです」
「十人が閉じ込められて、一人ずつ亡くなっていく話ですね。しかし、ここには五人しかいない」
「そうです。つまり犯人は僕らに、残り五人を探させようとしているとも考えられる。遊んでいるとはそういう意味です。わざと有名な話に酷似した状況を作り、反応をどこからか見ているのではないか、と」
だがこの考え方は、最初の「隠れよう作戦」同様、現実味のないものだ。こんな大掛かりなことをして、殺人までして、犯人に何か得があるのか?事実、監視カメラのようなものはない。犯人はこの状況を、外部から見ることはできない。
このことを言うと、
「では、あなたはこう言うのですか? 犯人はこの中にいる……と」
「そうは言っていません。この電車にはまだ五人隠れているはずです。そうでないとここまで再現しているのに中途半端になってしまう。そうなれば、こんな言い方は不謹慎ですが……ミステリーのルールに従っていないことになります。それにこの手のミステリーは大抵、死人の中に犯人がいたりします。単純に生き残った四人を容疑者にすることはできません」
「……」
「しかし、四人の中で疑いが増えるのは避けたほうがいい……この手のミステリーは、錯乱した者から殺されることも多いです。殺人を未然に防ぐなら、ミステリーのルールから逸脱するしかない」
「……具体的には、どうやって疑心暗鬼にならないようにするのですか?」
「手荷物検査でもしたほうがいいでしょう。ミステリーのルール上、誰のカバンからも何も出てこないはずです」
あまりこの車両に長くいては怪しまれるかもしれないということで、元の車両に戻った僕らは手荷物検査をすることを伝えた。
……案の定、何も出ては来なかった。
めっちゃメタイ