第四話 五人足りない
一人がのどを詰まらせ、九人になった。
この電車には謎なことが多い。
どこへ向かっているのか?
どこを走っているのか?
運転手や車掌は?
そもそもこれは現実だと思ってもいいのだろうか?
……そんなことまで考えてしまっている。
「では、もう一度電車内を探索してみましょうか?何か、気づかなかった手掛かりがあるかもしれない」
佐川の発言にみんな同意した。
この電車がどうこうという不安もあったが、何もしていないことに対する不安のほうが大きかった。
何か脱出のための行動を起こすことが、精神安定剤になるような気がしていた。
まず、後部車掌室。
相変わらず人がいないのは変わりないが、死角が多い。五人でそれぞれ二回ずつ確認したが、何かが落ちていたり隠していたりはなかった。もっとも、僕らはこの場所が普通はどうなっているかなど知らないから、もし何かが無くなっていたり、足されていたりしても気づくことはできないのだが。
僕は何気なく後ろの景色を見た。
単線のレールが続いている。後続の電車はない。自分がどこか遠いところに来てしまった感覚に陥った。
次に各車両。
網棚の上なども見て回ったが、そもそも死角の少ないタイプの車両だ。最初と同じく何の発見もなかった。
そして前部車掌室。
ここも同様、カギは閉まったままだった。
……結局、またしても手掛かりは何も見つからなかった。
後ろから二番目の、元の車両に戻ってからはみんな無言だった。
電車から降りるなり止めるなりして解決しなければならないが、何の手掛かりもないのではこうなるのは仕方のないことだろう。
スイス製の腕時計を芝居じみたしぐさで見ながら佐川が言った。
「もう11時半ですね……。少し早いですが昼食でも取りませんか?」
とにかく気を紛らわせなければいけない。もう少しで新しい展開が来るような気がしていた。
それまでに壊れるわけにはいかない。
「そうねぇ……。そうしましょう。でも皆さん、食べるものは持ってます?」
「あ……僕は学食なので持ってないです」
「私もないですね……」
「ぼ、僕は、おにぎり三個だけなら、あります……」
「私は、お弁当を持ってきてます」
「私も駅で買ったパンが四つありますけどねぇ……。さすがに五人で分けるには少ないですね……」
「まあ、しょうがないでしょう。すみませんがそれらを五人で分けて食べることにしましょう」
長谷川は自分のパンをふたつ
田本は自分のおにぎりふたつと長谷川のパンを一つ
僕は田本のパン一つと田本のおにぎりを一つ
エンジェルと佐川が弁当を分け合って食べた。
嫉妬した。
少し物足りない昼食が終わり、ごみを片付けていた時だった。
田本が、突然足から崩れて倒れた。
皆が田本に注目した。しかし、田本は一向に起き上がらない。
僕は、これが昼食直後であることも手伝い、『そして誰もいなくなった』のあのシーンを思い出していた。十人のうち、最初の一人が欠けるあのシーンを。
そして、車掌室に鍵が閉まり、電波も通じないこの状況……。
そうだ。これは、「クローズド・ミステリー」と呼ばれるジャンルの本格ミステリーで、よく見る光景じゃないか。複数の人が閉じ込められ、時には見立てに従いながら、順番に一人ずつ殺されていく……。
だとすればおかしい。もしこれが、『そして誰もいなくなった』の見立てであるのなら。
佐川が倒れた田本にいち早く駆け寄った。
不自然なことがあるはずだ。絶対に許されないはずの誤差が。
佐川が田本の手首に指を当てた。脈を確認しているのだ。
『そして誰もいなくなった』には、『兵隊の歌』で有名なように、十人の登場人物がいる。
佐川が首を振った。長谷川はおろおろし、エンジェルもどうすればいいかわからず立ち尽くしている。
だとすれば、この鬼電車は……。
五人足りない。
やっと動き出した……。
思ってたより長かった。