第三話 鬼電車
「一つだけ、方法があります」
皆が僕のほうを見た。少し恥ずかしかったが、続けた。
「あまりいい方法ではないですが……」
「大丈夫です。言ってみてください」
今のこの状況をまとめると、
・運転手・車掌が行方不明
・携帯は通じない
つまり自分たちで何とかすることは不可能だ。この車両には僕ら以外に人はいない。
ならどうするか――。
「隠れるんです。僕ら以外に誰もいないということは、僕らが隠れれば、外からは無人電車に見えるはずです」
皆ぽかんとしていた。……言わなければよかったかも。
「なるほどそういうことですか。自分たちで通報できなくても、外の人に通報してもらえれば問題はないですね」
佐川がフォローしてくれたが、
「でもそれだと、うまくいくかどうかわからないですよねぇ……もしかしたら通報を待っている間に何か起こるかもしれない……」
長谷川が、批判ではなく本気で怖がっている様子で言った。確かに僕もそこは弱いと思っていた。あまりにも運頼みすぎる。
「それに、気づいて通報してくれるほど、人歩いてますかねぇ……」
長谷川が不安そうな顔で窓の外を見ながら言った。
エンジェルが、「でも、」と切り出した。
「それしか方法がないなら、私はそうしようかな……。どうせ私じゃ何も思いつかないだろうし……」
下を見ながらぼそっと話す姿に、少しドキッとした。
彼女は僕をかばってくれたのだ。そこに深い意味はなくても、それでも僕は嬉しかった。
そして、五人しかいないのをいいことに、各々シートに横になり、大人たちは普段の疲れからか眠ってしまった。今回の件での精神的な疲労もあるだろう。
エンジェルを探すと、少し離れたシートで顔を背もたれに向け横向きに眠っていた。寝顔は見れなかった。
しかし僕はさっき寝てしまっていたのであまり眠たくはなかった。
そこでバッグからノートを取り出し、宿題でもしておくことにした。
そんな場合ではないことは分かっていたが、こんな状況だからこそ何かしていないと不安だった。
いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
目覚めると、時計の針はもう十一時を指していた。
……そんなに眠っていたのか?確かに、少し頭もいたい。
見渡すともうみんな起きているようだった。
一応隠れてはいたが、それぞれ自分のことをしていた。
佐川はシートに腹ばいになり、薄型のノートパソコンに何か文字を打ち込んでいる。
長谷川は授業の資料らしきファイルを開いている。
田本はタブレットを操作している。
エンジェルは単語帳を開いて赤シートを当てていた。
もしかしたらもう電波が通じるかもしれないと思い携帯を取り出したが、圏外という表示が出るだけだった。
……長谷川がのそりと起き上がった。
「あ、あの、この電車、かれこれ四時間は止まってないんですよねぇ……」
佐川がちらりとスイス製の腕時計を見た。
「確かにそうですね……。しかし、特にできることはありませんし……」
「でも、四時間もこの速度で走り続けられる路線なんてあるんでしょうか?この電車は今どこを走っているんでしょうか?」
「……! 確かにそうですね……」
佐川も席に座り直し顎を触りだしたので、僕らも何となく寝転がる体勢を改めた。
「皆さん、『きさらぎ駅』ってご存知ですか?」
長谷川はぼそりと切り出した。
それは聞いたことのある名前だった。ネット上の掲示板で都市伝説となっている話だ。
”はすみ”という女性が、帰宅のため電車に乗るがどうも様子がおかしい。
その電車は普段は五分から八分で次の駅に着くはずだが、二十分以上止まらない。
車掌室へ様子を見に行くが、ブラインドがかかっていて中の様子が見られない。
そのうち一時間以上走っていた電車は、やがて存在しないはずのトンネルを通り、存在しないはずの駅、きさらぎ駅に到着する――。
「その話と共通点が多い気がするんです。二十分止まらない電車、車掌室にかかるブラインド……。違うところがあるとすれば、今が昼だということ、そして、電車がどこにも到着しないところ……」
「……」
「『きさらぎ駅』の電車には”きさらぎ駅”と言う目的地がある……でもこの電車は止まらない……もしこの電車に目的地がないとしたら……、どこにも向かっていないとしたら?」
僕も少し疑問に思っていたことがあった。この電車はどこかに向かって走っている。しかし、それはどこなのか……?少なくとも僕らはこんな場所、見たことも無い。
「実は”きさらぎ駅”って、漢字で書くと”鬼駅”って書けるそうなのよ……。そういう言い方をすれば……この電車は……」
僕は鳥肌が立っていた。認めたくはなかった。もしこの電車が、永遠に走り続けるとしたら?もしこの見たことのない風景が、本当にこの世には存在しないものだったら?
初めて見る景色。
四時間も走り続ける電車。
そしてその姿は、外の人には見えていないのかもしれない。
もしかしたら今この電車が走っている場所は……。
この世でもあの世でもない場所なのか?
”トンネル”はまだ通っていない。
存在しない駅すら、僕らには存在しない。
まさか殺人より先にタイトル回収とは