第二話 動き出す謎
「実は今、この電車……二十分くらい、止まってないんです」
「えっ?」
言われてみれば僕は、電車が駅に着くたびに起きてしまうタイプだが、今日はまだ一度も起きていなかった。
「それにこの電車、五人しか乗ってないのもおかしいと思いません?」
「確かにそうですね……」
こんな状況だが、僕はひそかに”エンジェル”と初めて話せたことに感動していた。
「そこで私がスーツの人に声をかけて、とりあえずみんなで固まってほかの車両を見に行ってみようという話になってたんです」
”イケメンリーマン”のことだろう。
嫉妬した。
「あ、起きたんですね」
敵が話しかけてきた。
「この車両は後ろから二番目のはずなので、まず後ろの車掌室を見に行ってみましょう。そこに誰もいないことを確認してから前の車両に行きましょう」
この電車のシートは、窓に対し平行に設けられている。そして別の車両に行くにはドアを開けていかなければならない。つまり一つの車両の中に死角はほとんどなく、少なくともこの車両には五人しかいないのは明らかだった。
もし僕ら以外にも誰かが乗っているのなら、それは今の段階では運転手しかありえない。
「確かに、運転手の身に何か起こっているかもしれないですしねぇ」
”マトリョーシカ”が同意し、全員が納得したようなので僕も立ち上がった。
……?
頭が少しくらっとする。
ふと車窓を見ると、見たことのない景色が広がっていた。
行ったことのない土地で、眺めたこともない風景。
だけど、僕はこれを見たことがある……気がする。
デジャヴとはまた違う既視感。
そしてなんだ?立ち上がった時に感じた違和感は?
「? どうしました?」
”イケメンリーマン”が気づいたようで話しかけてきた。
「今は七時二十七分……。最初に乗った駅からそんなに離れてはいないはず……どこなんでしょうか、ここは?」
”イケメンリーマン”は、はっとして、少し顎を触って考えてから、言った。
「もしかしたら、運転手がてんかんでも起こして別の路線に入ってしまっているのかもしれませんね。それで、来たことのないところにいる」
「てんかん……」
”マトリョーシカ”が「てんかん」というワードに敏感に反応した。
「何か?」
「あ、いえ、そういうことなら早く見に行かないと、ですね」
「ハイ、ああ、ですね、では移動しながら軽く自己紹介でもしときましょう、僕らみんな名前知らないですし、ハイ」
”団子デブ”が汗を拭きながら言った。
「そうですね、私は佐川久美博です。一応営業職をしております」
「ハイ、ああ僕は、田本山彦です、ハイ。仕事はゲームプログラミングとかですね、ハイ」
「私は長谷川玉子と言います。中学校で英語教師をしてます。でもこんなことになるなんて……」
「私は……本田百合です……。高校生です」
「ぼ、僕は九川大和です。工業高校に通ってます」
「さて、着いたわけですが、ここに人は……いないようですね」
ドアをためらいもなく開け、部屋の中を見回しながら”イケメンリーマン”改め佐川が言った。
車掌室は普通に大きな窓で中を見ることができる。中に誰もいないのはそもそもそれで分かっていた。
後ろの景色を見て、僕はまた違和感を感じた。
「後ろの部屋なら、誰もいなくても不思議じゃないですよねぇ……。運転手は前にいるはずですが、ねぇ」
「そうですね、前に行ってみましょうか」
前側の車掌室に到着した。
その間に分かったことは、この電車が四両編成であること、ほかの車両にも誰もいなかったことだけだ。
先頭の車掌室は、後ろの者とは違い、窓の向こう側にブラインドがかかっていた。
「な、なんでブラインドがあるんですか?後ろにはなかったはずです……よねぇ」
長谷川は怖がるように一歩下がった。
「それは、運転手に聞いてみるしかないでしょう」
佐川は車掌室の窓を叩いた。……しかし返答がない。
今度は少し強めに叩いたが、何の反応もなかった。
本田エンジェルがキュッと僕に寄り添ってきた。頼られた気がして、僕は車掌室へのドアを叩いてみた。
が、やはり何も起こらなかった。
ブラインドのせいで、車掌室に誰かいるのかすらも分からない。
後ろの車掌室に車掌はいなかった。つまり、車掌と運転手はこのブラインドの奥にいるはず……。
この奥で、いったい何が?
「本当にてんかんか何かで二人とも動けないのかもしれない。もう入ろう」
佐川がドアノブをつかんだ……が、その直後動きが止まった。
「カギがかけられている?」
佐川は「カギがかけられている」と言った。つまり何らかの故障でドアが開かないのではなく、そもそも誰かの意思によって入れないようになっているというのか?
「しゃ、車掌室だから走行中は閉まってる、とかではないですかね、ハイ」
「確かに……でも後ろは開いていました。そもそも、走行中は車掌の巡回がありますし、たぶんいちいち開けたり閉めたりはしないと思いますが……」
僕らは毎日のように電車に乗っているが、その知識に関しては曖昧だ。
普段を知らない以上、これ以上話し合っても意味はない。
元の車両に戻ってきた僕らは、この後どうするべきかについて話し合っていた。
「とりあえず、運転手に何か起こっていようといまいと、この状況は明らかに危険です……。他の電車もあるでしょうから、それへの追突や、カーブが来れば脱線の危険もある。鉄道会社に通報したほうがよさそうですが、どなたか電話番号分かりませんか?」
「あ、そういうことなら」
僕はバッグの中から時刻表を取り出した。
「多分ここに書かれていると思います……あ、ありました」
時刻表を手渡す。
「ありがとうございます。これで連絡でき……ん? 電波が通じてない? 圏外になってます」
「えっ?」
僕も携帯を取り出したが、確かに圏外表示になっていた。
本田も携帯を取り出していたが、やがて小さく首を振った。
長谷川が取り出したのはガラケーだったが、通じないようだった。
田本もあせあせとタブレットを取り出したが、「だ、だめですね、ハイ」とだけ言った。
「ここ、やっぱり圏外なんでしょうか?」
「で、でも、」
田本がハンカチで汗を拭きながら言った。
「見たところみんなバラバラの機種です……なのにみんな通じないなんて、へ、変です、つまり、妨害電波のようなものが、で、出てるんじゃないかと……」
「……」
それはつまり、今のこの状況が事故や偶然ではなく、何者かが意図的に起こしているものだと言っているようなものだ。
皆うすうす感じていたことだったが、まずありえないだろうと思っていた。
だって、もしそうだとすれば、同機は?
僕ら全員が同じ経験や犯罪行為をしているのならまだしも、たまたま普段同じ乗車口から電車に乗っているというだけのメンバーだ。
「しかしどっちにしろ、この電車を止めるか降りるかしなければいけないのは変わりません……。その方法をまず考えましょう」
今この五人をまとめているのは、佐川だ。皆が彼を頼りにしている。もしこの状況に犯人がいると全員が確信すれば、そのうちメンバー内で疑心暗鬼になりかねない。佐川もそれをわかっていて、皆の目を外に向けようとしているのだ。
「それなら」
僕は、(正直エンジェルの前で格好つけたい思いで)言った。
「一つだけ、方法があります」
読み返してみたらあんま中身ねーな