第十話 鬼電車の真相
僕は、今度はみんなを先頭車両に連れてきた。
二両の電車の謎は分かった。
今度は、ここから脱出することを考えるためだ。
だがまずは、僕の推理が正しいのか? 確かめなければいけない。
「今から話すことは僕の推理です。
まず、二両の電車はともに四両編成で、同じ時刻に同じ駅を同じ向きに出発している。後ろの車掌室には入れるが、前の車掌室には入れないというのも一致しています。ですがこれまでの推理から、二つの電車は別に存在し(つまり同一ではない)、さらに、並行に走っているわけでもなければ直列に走っているわけでもないということが分かっています」
「それなら……、」
佐川が遠慮がちに口を開く。
「存在しようがないのではないですか? 事実、私たちはだれも岡崎さんの声を聞いていない。彼女の存在も、もう一つの電車の存在も嘘である可能性も高い」
「それは分かります。ではなぜ、堀部さんは最初の通信で、山崎さんの名を出したのでしょうか? あの時、疑心暗鬼になっていた僕らが、山崎さんとも話をさせてほしいという可能性は大いにあった。もしそこに山崎さんと言う女性がいなかったら、最初から自分が最後の一人だと言ったほうが安全だったはずです」
「確かにそうですが、しかし堀部さんは、山崎さんを紹介するとき、『彼女は今話せない状況にいる』と言っていました」
さすが佐川は冷静だった。しかし、
「では、なぜ堀部さんは、そんな疑われそうなことを言ったのでしょうか? 彼の言っていることがすべて本当だとすれば、山崎さんが落ち着いてきて、僕らと通信できるようになった時、もし堀部さんが『自分が最後の一人です』と言っていたら、その発言に矛盾が起きることになります。多少疑われる要素が増えたとしても、堀部さんはあの時、すべてを正直に話さなければならない状況にあった……」
トランシーバーのマイクは音量がかなり大きくしてある。いざとなれば呼吸音でも聞こえるだろうし、山崎が堀部におびえていたら、その悲鳴でも送れば山崎の存在を証明できる。かなり非人道的だが。
「なるほど。もう一つの電車が確かに存在するというのは分かりました。推理と言うのはそのことですね?」
「そうです」
僕は一呼吸おいて、語り始めた。
「僕らは二つの事実を忘れていました。
一つは、二つの電車はともに、前の車掌室が開かないということ。
僕は、これは二つの電車が同一のものであるという錯覚を僕らに与えるために用意された仕掛けだと思っていましたが、本当の目的はほかにありました。
二つ目は、窓が画面であるということ。
もちろんこれは、この電車が今どこを走っているのかを分からなくするための仕掛けですが、画面が隠しているのはそれだけではありません。この画面で、電車の進む向きすら隠していた……と、いうのが僕の推理です。慣性の法則というのがありますから、過度な加減速がない限り、進む向きがばれることはありません。
さらに、二つの電車の先頭車両は、繋がっている。四両編成の電車がふたつあるのではなく、八両編成の電車が一両あった。これが真相です」
つまり、どういうことか?
八両編成の電車がある。前側四両をA、後ろ側四両をBとする。
八両編成の電車の一両目、四両目、五両目、八両目を車掌室付きの車両にする。
Aには、実際に進む向きとは逆の景色を窓画面に映す。これであたかも、四両目が先頭車両で一両目が最後尾の四両編成の電車であるように見せられる。
Bには、実際に進む向きと同じ景色を窓画面に映す。これであたかも、五両目が先頭車両で八両目が最後尾の四両編成の電車であるように見せられる。
そして、四両目、五両目の車掌室のドアをふさぐ。これでA、Bともに、あたかも先頭車両の車掌室のドアがふさがれているかのような状況ができる。さらにAとBを分ける仕切りの役割も果たす。
この上でAに五人、Bに五人を入れれば、十人が同じ体験をし、誰も嘘をついていないのに物理的に不可能な状況が生まれる。
つまり、今の状況と完全に合致する。
そして、ここからが本題だ。
「また、今いる先頭車両の車掌室、この扉は開かなければならないはずです。なぜなら、この推理が正しければ、この状況が進展したことになります。もうすぐクライマックスのはずです」
僕は車掌室のドアノブをつかみ、半分祈りながら押した。
ドアは特に抵抗もなく開き、推理通りここが先頭車両ではなく、八両の電車のちょうど真ん中であることを示した。
ドアの先にあったのは通路だった。もう一つ先の車両へ移るための。そして向こう側のドアも閉ざされているのがここからでも見えた。おそらくそのドアにも、カギなどかかっていないはずだ。
そのドアも開ける。
まず目に入ったのは、おそらく山崎さんであろう死体。椅子に寝かされているが息がないのは明らかだ。
次の車両では、椅子に座った状態で白目をむき顔を上に向けた堀部さんらしき死体があった。よく日焼けした老人だった。
「こ、この人、もしかして……」
長谷川も気づいたようだが、それ以上は言わなかった。
さらに奥へ進む。最後尾の車両――と言っても、こっち側四両からすれば、という意味だが――に入ると、三人の死体がそれぞれ席に寝かせてあった。この三人がおそらく、トランシーバーで連絡を取る前に殺されてしまった人たちだろう。
僕らはだれの死体もない、”前から三番目の車両”に移動した。
「まず、確認しておきたいのは……」
佐川が口を開く。
「この四人の中で、誰もこっち側の車両に来た人はいない、ということです。つまりこの中に犯人はいないはずということになります」
でも、田本さんの件は?とは聞けなかった。まだ事件は終わっていない。とりあえずは佐川の話を聞く。
「ですがまだ解決はしていません。この電車が、依然どこか分からない場所を走っているのは事実ですし」
佐川はいったんそこで言葉を切ると、
「なので私と長谷川さんで、もう一度探索をしようと思っています。九川君と本田君はここで待っていてください。二人はまだ学生ですし、これ以上いろいろ見てしまうのは……」
佐川の言っていることは分かった。佐川も犯人に気づいているのだ。そして、二手に分かれて探索しつつそのどちらにもその推理にたどり着いた人がいる。いざというときの戦闘員も兼ねて。
四人でこの電車を降りるには妥当な判断だった。
「分かりました。探索はお願いします」
長くなってきたのでここで切ります。
というかこれ以上投稿期間開けるのはまずいです。