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瘡蓋(かさぶた)  作者: かつを
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遺志を継ぐ者達

 三章:遺志を継ぐ者達


「みんなー! おはようございまーす! 今日から、このひまわり園に来てくれた佐伯先生です! みんな挨拶はー?」


 フローリングの床に体操座りをした様々な年齢の子供達が、元気良く僕に挨拶をしてくれる。しかし中には、暗い顔をして俯いている子供達もいた。


 僕は今日からこの児童養護施設で働く。何の資格も持っていない僕は、ほぼボランティアだ。こんな僕に彼らの抱える闇を拭う事が出来るのだろうか。いや拭って見せる。


「佐伯君、顔が硬いよ? 子供達が恐がっちゃうじゃない。庭で掃除でもして肩の力抜いて来なさい」


 園長が僕の顔を見て言う。


「すみません、園長先生。何か緊張しちゃって」




 僕に本当に勤まるのだろうか。箒で、庭に落ちている枯葉を掃き集めながら思う。


「ユズキせんせっ!」


 ——この世界で、僕の事をユズキと呼ぶ人間は、今は一人しかいない。僕は庭掃除の手を止め、声の主を探した。そこには久し振りに見る咲の顔が有った。


「咲! 何でここに?」


「ユズキ今日からここで働くって言ってたでしょ? それに電話で言ったじゃん。私大学受けるって」


 咲とは、あれから何度か電話で話をしていた。咲はその時、臨床心理士を目指し大学を受験すると言っていたが。


「大学受かったのか?」


「私を誰だと思ってんのよ! 受かるに決まってるじゃない。立成大よ、立成大」


 咲は当然という風に言うが、きっと物凄く勉強を頑張ったに違いない。それは電話で話していた内容からも分かった。


「立成大学か、ここから目と鼻の先じゃないか」

「そう、だから今年の春からこの辺に住むんだ。実習兼ねてこの施設にも、ちょくちょく顔出すつもりだから、宜しくね」


 咲は園の中を覗き込みながら言った。


「急に来て何勝手な事言ってんだよ。園長にも相談しないと、僕には決められないよ」


「いいじゃんけち!」


 咲と話していて、分かった事が有る。それは、底抜けに子供が好きだと言う事と、正義感がとても強いと言う事。だからきっと咲は、ここに子供と遊びに来るつもりなのだろう。そしてそれは、子供にとっても良い事だと思うし、僕も何だか嬉しい気がする。でも園長は許してくれるだろうか。


「それよりさ、あの後凄かったね」


 ——あの後。あの後僕は、ボイスレコーダーのデータと、僕の血の付いた楓の日記のコピーを、週刊誌宛に匿名で送った。警察に送っても、楓が死んでしまっていては犯罪として成立せず、いたずらで済まされてしまうかも知れないと思ったからだ。


 世間の反応は凄まじいものだった。小児科医医院長にしてNPO法人光の子供会会長。児童育成の鑑たる人格者が、一皮剥いだその下の顔は、実は幼児愛好者で、しかも市政にまで進出しようとしていたのだから、その騒ぎたるや推して知るべしと言ったところだ。


 楓が死んだ夜、テレビで後藤の事を褒めちぎっていた、あのカマキリに似たキャスターが、最近のテレビで後藤の事をこき下ろしていたのを見て、あまりの皮肉さに笑ってしまった。テレビでは、何度も録音された僕と後藤の会話が流された。もちろん僕の声は、変な機械音に変換されていたのだけれど。そして、それに対して的外れな意見を言うコメンテーターを見て、この人はきっと、子供とちゃんと話をした事が無いんだろうな、などと思ったりした。そして後藤はというと、この騒ぎを聞きつけた、何人かの勇気ある被害者から訴訟を起こされ、今ではノイローゼになってしまったらしい。藤井は今もまだ後藤の所で働いているのだろうか。それは分からない。ただもうなんとなく、違う所で違う誰かを護っている気がする。


「ねえ、聞いてる?」


 気が付くと咲が何かを言っていた。


「ごめん考え事してた」


「だから合格祝いで何かおごってって言ってんの」


「今日? 今日は持ち合わせが……」


 僕は財布の中身を想像しながら言った。


「あら、お金なら有るじゃない?」


「あのお金は駄目だよ」


 あのお金とは、楓の遺したお金だ。


「分かってるって、あのお金で、将来児童養護施設作って独立するんでしょ? 知ってるよ。だから冗談よ、冗談」


 そう、僕は将来子供を守る事の出来る施設を創りたい。それが僕の楓に対する贖罪であり、楓の遺志を継ぐ事なんじゃないかと思っている。そしてその施設の名前はもちろん『楓の会』そう決めている。


「じゃあもういいよ私がおごる!」


「咲だってお金持ってないだろ?」


 咲は悪戯っ子のような顔で笑う。


「実はあの日記、ユズキに見せてないページ有るんだよね」


 それを聞いて僕はいつかの楓の言葉を思い出した。——まさか、後藤の金庫。


「じゃあまた後でね!」


「おいっ! そのお金って!」


 咲はあっという間に見えなくなってしまった。


「佐伯君。今の娘だあれ? 彼女?」


 背後から急に声を掛けられ、僕は心臓が口から飛び出そうなくらい驚いた。振り返るとそこには、園長が立っていた。


「な、なんだ、園長先生か、びっくりさせないでくださいよ。違いますよ。彼女なんかじゃないです」


「園長で悪かったわね。それよりさっきの娘本当に彼女じゃ無いの? 顔が真っ赤よ?」


「だから違いますって、あっでもさっきの娘の事なんですけどね……」




 庭で僕の掃き集めた枯葉が、冬の終わりを告げる春一番によって吹き散らされていた。茶褐色に染まった枯葉が、地面から軽やかに剥がされていくのを見て、僕は思わず腕に目をやった。腕の傷は、後藤の家での一件が有ってから、何故かもう疼く事は無くなった。


 楓と出会い、そして別れ、僕はもしかしたらあの屋上で一度死んだのかも知れない。そして生まれ変わり、後藤への復讐を誓った。


 楓の育った街では、楓の遺志を継ぐ咲と楓の日記に出会い、僕は二人に助けられた。楓は、自分の生きて来た痕跡を残す事で、僕の事を導いてくれたんじゃないのか? そんな事を最近よく思う。楓に言わせると、そんなつもりは無いよ。ユズキはやっぱり分かって無いね。なんて言われるかも知れないけれど、僕は勝手にそう思っている。そしてそんな事を考えていると、何故か急にここでやっていけるような気がした。ただ、唐突にそんな気がしたんだ。


「楓……。これで良かったんだよね?」


 僕は呟いた。


「私自分の事のように嬉しいよ」


 窓の外で、枯葉を散らす風の音に混じって、不思議と僕の耳にそんな声が聞こえた気がした。




『十一月十八日

今日は学校で遠足があった。


近くの山だったけど楽しかった。山がなんだか赤くてきれいだった。


手のひらみたいな葉っぱがあって、赤くてきれいだった。


先生に、なんていう葉っぱか聞いたらモミジって言うんだって。


でもちがう呼び方で、かえでとも言うんだって。

同じ物なのに二つも名前があるのいいな。


そうだ、私の名前も「かえで」にしよう。


これから私はかえで。誰にもないしょの名前。今日はかえでの誕生日だね。

おめでとう。かえで』

最後まで読んでいただきありがとうございました。


本格的に小説を書こうと思い立って初めて書いたものになります。


楽しんでもらえたのであれば幸いです。

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