迷子
尾賭児なんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。
私はそんなものにはならい、幸せな家庭に生まれたはずなのに。
「神様。どうかこの私めに神様の慈悲を……。」
暗い森を走った。走って走って走って……息が切れて、胸が痛くて、足が重くて、け躓いた。そこに、何かの偶像があって。頭は切り落とされていて、裸の女性が跪くような格好の偶像に、何時間も何日も祈り続けた。
喉が枯れて声が出なくなっても、頭が地面とくっついてしまっても。
何度も何度も祈り続けた。やがて、朦朧とした頭の中に、なにかが想い描かれる。はじめは家族との記憶だったが、やがて燃えるように黒く焦げていったあとで、その者は現れた。
どうか、誰か、私を助けて──
そんな思いを具現化する、最後の夢のように。
足音。それは、朦朧とした頭を耳を鋭く揺さぶった。
森の中の、枯れ葉に埋もれた土の上だというのに、その足音は高く響く。
「あら、この森でまだ生きてる人間に会うなんて、今日の貴私ついてるわ。」
陽気な低い声。朦朧とした鼻腔をも突き抜けるような腐臭。嗅いだことのない臭い。力の残ってないはずの体が、何かをしようとする。それは抵抗力のない喉を容易く駆け上がり、開いたままの口からごぽごぽと溢れていく。
「吐くほどの元気があるなら安心ね。」
低い声は嬉しそうな声で嘲笑う。
「神の慈悲は無くても、この森には慈悲があるわ。」
体が宙に浮く感覚を感じながら、終に私の意識は暗闇に溶けた。
尾賭児 家族から見放された出来損ないの子供。
歳に関わらず、生死に関わらず森に捨てられる。