死霊の森
詩を唄う、黒い衣に身を包んだ若者がひとり──
否、若者ではないかもしれない。死にかけの高齢の者かもしれない。
前髪を横に流した黒い髪は逆毛立ち、襟足だけが長く伸びている。肩から胸へと伸びるその髪は、片方の襟足のみ根本から白く染まっている。
異端者たちが棄てられた……墓地と云うにはあまりにも乱雑で悪臭の漂う
暗い暗い森の奥
その者は、確かに死体に肢体を擦り付けていた。
異様な光景である。
血色のない白い肌を紅潮させ、腐乱しかけた死体に肢体を擦り付けている。
異様で異常で気味が悪い。
然し、生憎そんな感情を抱く生者はここには一人もいない。
やがて、何かを終えたように満足気な顔で立ち上がったその者は、パンツを履き直しながら身なりを整える。
「……神に棄てられた者。嗚呼……なんて美しい呼吸の薫りかしら。御母様の羊水が恋しくなるわ。膣の香りが懐かしくなるわ。…………さぁ、この身を統べる液体と細胞を以って、我らが主君に手を合わせましょう。」
優美な動きで合掌し、ゆっくりと深く瞼を綴る。それからゆっくりと、ゆらゆらと手を踊らせる。その袖から覗く手の甲にされた骨の手のようなアクセサリーが、怪しく金色に光り輝いて。それがあちらへこちらへ動く動きにつれるように、カタカタと死体の山が騒ぎ出している。
「雌でも雄でも構わないの。性差など些細な問題よ。筋肉が少なくて骨の薄っすら浮いた、きれいな状態の手足と……可愛らしい頭と体が欲しいの。……ええ、そうよ。奴等を陥落させる為のものよ。絶望を味あわせてやりましょう」
誰かと話すように唄う。そこには相変わらず、生者はこの者一人だけ。
他に音といえば、死体の山から肉の裂けるような音がするだけ。
「まあこんなものかしら。五、六……ふふ、これだけあれば十分だわ。」
フワリと上着の燕尾を翻して、高いピンヒールで転がる死体を踏み潰しながら、生者は森の奥へと消えていく。
腐臭を纏い、憎悪を纏い、死者の骸の一部を抱きかかえながら────