少女の住む洋館
週末の酒場は活気に溢れている。
大声で談笑する若者のグループ、見るからに嫌そうにしている女をしつこく口説く男、一人カウンターで赤ワインのボトルを煽る者、そして店の一番奥の角の席では二人の男がヒソヒソと話している。
「町外れに古びれた洋館があるだろ?」
あごひげを蓄えた男はウイスキーの入ったショットグラスを傾けながら尋ねた。
「ああ、知ってるぜ」
スキンヘッドでごつい体をした男はそう答える。
「どうやらそこの金庫にはとんでもない量の金塊があるらしい」
「そんなのただの噂だろ?」
「たかが噂、されども噂。火のないところに煙は立たないだろう?」
「それはそうかもしれないが」
むう、とスキンヘッドは顔を顰める。
「しかも屋敷には少女が一人暮らしているだけだそうだ、白髪の綺麗な少女らしい」
「町外れで少女が住む洋館か、確かにやりやすそうだな」
「お前もカネに困ってるんだろ? いい話じゃねぇか?」
男は一瞬躊躇うそぶりを見せたが、
「そうだな、よし。この話乗ったぜ」
そう返事をした。
「ははっ、そうこなくっちゃな」
二人は向き合い笑いあった。
「次の日曜日だ、空いてるだろ?」
「わかった」
少女は目をこすりながらむくりと上体を起こした。
昔ながらの洋館を思わせる大きな窓からは月明かりが部屋中に差し込み、ベッドの上の少女を青く照らしている。
彼女はその姿勢のまま、どこを見るでもなく虚空を数秒見つめた後、口元に笑みを浮かべる。
「こんな時間にお客様かしら?」
ベッドから立ち上がった少女はふらふらと部屋を後にした。
「意外と簡単に金庫まで辿り着けたな」
「ああ、入口の扉すら鍵がかかっていないとはな。ここまでは完璧だ」
「へへっ、あとはこいつから金をいただいてズラかるだけだ」
全身黒ずくめの男二人はひそひそと声を潜めていた。
金庫は男達の腰ほどの高さのある正方形で黒く塗装されており、その正面には数字のパスワードを入力するためのボタンがついている。
男は闇雲にパスワードを入力するが、6桁の暗証番号を簡単に当てることなどできない。
「とりあえずバールを試す、お前はドアの前で構えて待機だ」
「おうよ」
スキンヘッドの男はバールを駆使してなんとか扉をこじ開けようと躍起になるがなかなか上手くいかない。
その時だった。
部屋中がパッ明るくなり、あまりの眩しさに男たちは反射的に目を細める。
ドアの前には光沢のある黒いワンピースを纏った白髪の少女が立っており、彼女の鮮やかな赤の瞳は男達に向いていた。
腰ほどまで伸びた艶のある白髪に病的なほどに白い肌。まるで人形のような出で立ちで見れば見るほどに美しい少女だった。
「動くな! 手を上げろ! さもないと殺すぞ!」
ドアの前で構えていたあごひげが印象的な男が大声で喚き、腰に装着していたダガーナイフを構える。
男の声に少女はびくんと体を震わせたが指示されたとおりに手を上げて二人を一瞥する。
「よし、それでいい。わかってるだろうが金庫を開けてもらおうか」
「開けないとお前の命はないぜ?」
扉の前の男は少女の首筋にナイフの切っ先を這わせる。
「……わかりました」
後ろからナイフを突き立てられながら少女は金庫に暗証番号を入力する。
ガチャン、と音が金庫から鳴り響いた。
「この扉を引けば開きます。どうぞ」
スキンヘッドの男は勝利を確信したのか噛みしめるようにゆっくりと大きな扉を開け放つ。しかし、彼の瞳に映った光景は金塊などではなく、暗闇に白色が佇んでいるというものであった。
「おい、なんだよこれ、金塊はどこだ!」
男はそれが金塊でないことを理解すると少女を怒鳴りつける。
ただ、男は白の中から覗く狂気的な赤に気付くことはなかった。
次の瞬間、金庫の中から飛び出した「白」は男の首筋に噛み付いた。
噛み付かれた男は恐怖のあまり声にもならない悲鳴をあげたがその時には既に遅かった。
白い長髪に赤い瞳。普通の人とは思えないほどに白い肌。
男に噛み付いた「白」の容姿は金庫を開けた少女に瓜二つであり、彼女との違いといえば白いネグリジェを身に纏っていることぐらいだろうか。
少女は噛み付いた後その口を離すことはなく、男は生気を吸い取られるように力が抜けて巨体が少女にもたれかかる。
「ヴァンパイア……」
目の前の非現実な光景に声も出せずにいた男は恐怖から脱力したのかダガーナイフを構える手を下ろして小さくそう呟いた。
白いキャミソールの少女は動かなくなった獲物から口を離すと男の方にゆっくりと迫る。
「よくわかりましたね。あなたもこうしてあげましょうか?」
「くそッ」
男は咄嗟に部屋を出ようとするがここでネグリジェの少女に腕を掴まれる。
「もー、おとなしくしてよね、あなたは私のものなんだから」
男はその手を振り払おうとするがワンピースの少女はおよそ少女の持つ力とは思えない腕力で男の歩みを止めると、後ろから肩口に噛み付いた。
「うわぁぁぁ」
男は数秒後には力なく膝から崩れ落ちた。
「ごちそうさまでした」
黒いワンピースの少女はぺろんと口の周りを舌で舐めると彼女に瓜二つの容姿の少女に微笑みかける。
「お姉ちゃん、おうちにいながら新鮮なゴハンが食べれるのはどうだった?」
「楽しいわけないでしょう。金庫で毎晩待機する身にもなってみなさいよ」
白いネグリジェの少女はむすっとしながらはぁ、とため息をつく。
「えー、強盗に襲われたみたいでドキドキだったでしょ? 私は楽しかったのにな〜」
対照的にワンピースの少女は無邪気な笑顔を見せる。
「それにしても本当に泥棒が入ってくるとはね。うちには金目のものなんて一つもないのに」
「私のデマ流し作戦が完璧だったんだよ。可愛い頭脳派の妹をもっと褒めてもいいんだよ?」
「はぁ、別に金庫で待たなくても良かったのに付き合ってあげたのは私でしょ?」
「でもね、うちに入ってすぐにやっちゃうよりも金庫を開けたら中身は金じゃなくて綺麗な女の子でした、ってなるほうが面白いじゃん? めっちゃいいシナリオじゃない?」
「あー、はいはい。とにかく明日からは金庫の中で寝ないから」
「次はどんなシナリオにしようかなぁ〜、噂には注意しないと、ね?」
あけましておめでとうございます。
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