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領主は異世界の小猿ちゃんの歌が聴きたい

作者: 江本かなた

一人称がかぶっているので、わたし→ミソラ 私→インス で分けているつもりです。混ざっていたらごめんなさい。指摘お待ちしています。


全年齢、R作品問わず、江本かなたの全作品においてAI学習を禁止します。

 わたし、(あずま )深空(みそら)


 平均より背が低め、細いばかりの胸無しぺたんこ女子。前髪を短くしすぎでおでこが出まくった黒髪ベリーショートの、ボーイッシュ以外何の変哲もない日本人。


 あ、モンチッチには似ています。


 突然ですが異世界トリップしました。空に月が2つもあれば誰しも異世界だと納得するってもんだよね!


 そして何故かこの街の領主様に拾われました。




 いきなり街そばの街道で異世界ぼっちスタート。突然の濃いストレスと、異世界という現実から逃避するためわたしの取った行動は、近くの広い海を見ながらただ歌うことだった。


 歌うことが大好きで、この異世界の街の外には誰もいなかったから。


 都会にいると誰もいない環境ってあんまりないじゃない? あ、わたしはヒトカラとかも行けないほうです。



 幸い、この世界にAACデジタルオーディオプレーヤーを持ち込めていたので、音楽を聴きながら歌えた。


 気が付いたら近くにやたらと顔のいいお兄さんがいて、彼はわたしと一緒に歌った。


 後ろに撫でつけられた金の髪の後れ毛がわずかに潮風に揺れ、長い睫毛だって金色で、少し垂れ目のサファイアのような青い瞳を豪奢に飾り立てている。

 王子様のような、と言ったら皆頷くんじゃないだろうか、背の高い、甘やかで華のある印象の線の細い麗人。

 身なりも良く、どこからどう見てもお貴族様だ。ウエストが絞り込まれていてシルエットが鋭い感じでかっこいい。

 街道に二頭立ての馬車なんかも御者つきで止められてた。



 謎のイケメンはハモるような音で声を出してきた。

 上手かった。わたしの声を潰さないし、絶対に男性が初めて聴く日本の曲なのに、ちょっと音程を聴いただけで絶対に合う音を外れずにかぶせてくる。



 超気持ち良かった。



 会ったばかりだけれどとても親しみを感じた。この楽しさを共有出来ていると目と目が合って読み取れた。深い青の目が、心からこの瞬間を楽しんでいると伝えて来て、強い興味を持ってわたしを見てくれていた。



「~~~~~~~~♪」




 ピークでばっと両手を広げて飛び立つように高音を出すわたし。それを補佐するよう音を出す男性。

 しゅ、と空中で空気を捕まえるようにわたしは拳を閉じる。す、と静寂が訪れる。後はただ波の音だけ。


 パチパチパチパチ。


 噛み締めるような沈黙のあと、拍手を貰う。



 (うやうや)しく礼をされてから、美しい、それ故にある種の凄みがある笑みが、ゆっくりと私に近づいて来る。

「面白そうなものをお持ちですよね。ふふ、逃がしませんよ?」と男性の長い指が、私の耳からイヤホンを抜く。


 DAPデジタルオーディオプレーヤーの存在ばれてたーっ!




「ねえ、小猿ちゃん? あなた異世界人ですよね? 大丈夫、たまに落ちてくる方はいます」男が言う。小猿って言うな。わたしが南米の猿に似てるのは分かってるよ。



 にっこりとした笑顔は、有無を言わせぬ、私の拒否を許さない強制力があった。


 問答無用で領主の館まで連れ去られた。異世界人を保護する義務があるとかなんとか。



 彼はこの海洋都市ポールティスの都市伯、インス=ラリング=ポールティスと名乗った。


 大層な音楽好きだった。



 彼はわたしに食客になっていただきたいと乞うた。DAPに入っている音楽に興味があるんだろう。

 DAPの電源は、付属の太陽電池キーホルダーから供給出来たが、どうせいつかは壊れてしまうので、この領主様の後ろ盾で地球の曲を売れないか考えたわたしはオッケーした。




 彼にDAPを渡して聴かせると、彼の身体が自然に揺れて彼の細い指先がリズムを刻む。この世界に無い音、無いであろう激しいリズム、絶対知らない日本語と英語の歌詞なのに、彼の全身から新しい音に出会った驚きと愉しさが伝わって来る。そして酷く感動しているのが分かる。



 ああ、この人は本当に音楽が好きなひとなんだなあ。


「嬉しそうだね、こういうの好きなの?」わたしは彼に声をかける。

「好きです、こちらでは聴いた事が無い音だ」

「ライブ、生で聴くともっと凄いよ! 観客全員でもみくちゃになって踊るの! 最高に愉しいんだー!」ついため口で語ってしまった。


 わたしが好きなバンド、わたしの好きな曲を彼は気に入り、大仰に感動に打ち震えられて嬉しくなってしまった。彼は日本語と英語の曲を小声で歌おうとさえしている。


 漏れている音を聴きつつわたしも揺れていると、「貴女さえ宜しければ」と二つ渡しているイヤホンの片方を戻される。

 イヤホンの左右で出ている音が違うからきちんと聴いたらいいよ、と辞退しようとすると「良いものは誰かと分け合いたくなるので」と言われ、それは分かるのでイヤホンの片方を受け取ったら領主様と距離が近い。


 なんだよイケメンめ無駄にドキドキしちゃうじゃないか。彼は音楽に夢中だけどね!


 そうして何故か、彼がDAPを聴くときはわたしも一緒に聴くことになった。


 なお二十一歳という年齢を教えたら驚かれた。十三、四歳の少年に見えるそうだ。「だって胸が無」「うるさいわああああっ」被せ気味につっこむ。残念な口にはこれくらいで丁度いい。胸無いって言うな気にしてるんだよ!「失礼しました」

 インスは二十六歳だそうだ。ご領主様がそんな歳まで未婚でいいの?


*


 夕食後、領主様のご両親(引退(リタイア)済み)や金髪美女の妹さんの前で、インスの伴奏でJPOPを歌わされて(領主様は一度DAPで聴いただけで完璧に弾きやがった)しかも凄い好評だった感がある。特に妹さんには愛されて抱きしめられてしまった。


 ご家族まるごと音楽がお好きなようで、その後お返しに一家のミニコンサート状態になってしまった。聴衆はわたしだけ。こんな綺麗なご家族の楽器演奏まるごと独占なんて、なんて贅沢!




++++




 領主様は忙しい人っだった。しかも人手不足だ。書類整理でひーこらいってたので、そういうのが得意なわたしはいっちょ補佐を頑張った。

 計算もすさまじく早く正確ですねと言われたけどそれはDAPと同じく持ち込めたスマホの電卓のおかげ。なお充電は太陽電池キーホルダーからです。それを太陽に当てながら書類仕事してます。ひと昔前じゃ考えられない充電機器の進歩。文明バンザイ。



「ミソラの御陰で、今日はもう自由に出来そうです。では、――お礼に、今日は私が歌おうかな」


 そういえばわたしが歌うばかり、もしくは一緒に歌うのみで、領主様一人の歌って聴いた事ないかも。


「あれ、何か自信ありそうですね領主様、でも、貴方のソロの歌、本 当 に 上 手 い ん で す か ぁ?」ハードルを上げてやった。くっくっく。

「煽りますね! ミソラ! 聴いていなさい。上手いと思ったらドゲザですよ」


 一度絨毯にインクを零してわたしが思わず土下座したら大層ウケて、ジャパニーズドゲザは手軽な罰と化した。

 しかも悪ふざけが延長して今やスライディング土下座になっている。軽く飛びながらからの着地に土下座しその姿勢のまま2メートル程スライディングという土下座だ。

 なお目撃する使用人や騎士は引く。





 スピネルという名前のピアノみたいな楽器を弾きながら、領主様が歌いはじめる。



 た……っかい、高い声、出るなあ、この人。そして音域が広い。

 そしてエロい、声がエロい。男性で低い声だったらエロスを感じるのは分かるよ? でも男性の高い声でエロいと思ったのは、これが初めてだ。

 落ち着いて始まるピアノもどき(スピネル)の音。歌い始める領主様。それだけで既に乙女のような高さの声なのに、転調して天に昇るような、しかし音で体が切り裂かれるような毒も含んだ、何かが背中を駆け抜けるような音になる。ああ、この人の声は楽器なんだなあ。


 ぞくり。


 背中が震えて、身体がじんわりと熱を持つ。やばい、声が、高い声が本当にえろい。セクシー。歌っているだけなのに、何故かそれが性的な意味を持つような興奮を促して来る、そんな音に聴こえる。神経が、じわりと音に犯される。

 蝋燭の明かりに照らされた彼の瞳の濡れの輝きに、歌う唇の(つや)に、淫靡さを感じてしまう。金色の睫毛が、多くて長い。


 そして思う。人間に出せる音ではないと。


 一際長い、高い声。身体を股から頭まで引き裂いてゆくような高音の愛撫。神経を犯されるような、魅了される声。

 じゃん、とピアノもどき(スピネル)の演奏が止まって、訪れた静謐(せいひつ)にわたしは曲が終わったのを知る。



 領主様はどうだとばかりにわたしを見ている。唇の片側を軽く上げた、酷く自信に満ちた笑み。

 もし許されるならその額にドヤァと書き込んでやりたい。それ位のドヤ度。




「す、っごい」

「ありがとうございます」


「ねえ凄いよ! 凄いってもんじゃないよ! ねえ、これって何か術の一環だったりする? 呪歌ってやつかな?? 人間の出せる声じゃなくない?」


「……よくお分かりになりますね、実は、私は人間じゃないんです」


「こっちのジョークはジョークなのか本当なのかわたしにはよく分からないや」

「冗談ではありません、私にはセイレーンの、妖魔の血が混じっています」


「セイレーン? 歌を歌う魔物?」


「そう。海に棲み、妖しい歌を歌い船員を惑わせ船を沈める魔物です」


「へえ。そんなの本当にいるの? 歌で惑わせるってのがまず凄いよね、でもさっきの聴いちゃったから納得しないでもないかも」

「祖先がセイレーンだったんだそうです。曾祖母も」

「へぇーっ、結構前の代だね! ひ孫でもまだこんな色っぽい声なんだ、純粋な100%セイレーンはもっと凄いの!?」

「どうなんでしょうね、正直自分ではセイレーンに遭遇した事が無くて、分かりません。子孫なのにね」




「はぁ、しっかし凄いね、今のやつ貴族の集まりとかで披露することってある? モテちゃって凄いんじゃない?」

「ええ、残念ながら酷く煩わしく感じる程には」

「くぅ~やるねぇこのこの、何人喰いまくったのー! 言え―っ」

「ちょっとはしたないですよミソラ、歌を褒めて貰えるのは嬉しいですが、私を食料の様な目で見て来る御婦人は苦手です」

「食・料! くぁ~っ! 肉食系女子に狙われちゃうんですねっ、え、じゃあ清楚系は何人位お召し上がりに?」

「ミソラ! ……そういえばドゲザがまだですね! 忘れてませんよ?」


 きゃっきゃと揶揄うわたし。怒る領主様。ドゲザをなし崩しに忘れさせようと思ったのに覚えていやがった。

 今度エクストリーム土下座をさせてやろう。




++++





 領主様、インスが主催する貴族向けの音楽会という名のインスリサイタル。

 こういう会を開いて人脈を広げるらしい。そりゃあれだけ見事な歌だったらみんな聴きに来るわぁ。



 でも聞いてしまう。男性客のインスを貶める声。

 ――インス様は最近小猿を飼い始められたそうですよ、祖先が妖魔でいらっしゃるから飼う動物のご趣味も変わっていらして、とか嫌らしく。


 妖魔って言うなセイレーンだよ。

 小猿って多分わたしの事だよね、この世界の女性はみんな髪の毛長いしみんな白人だしね。猿っぽいのは私くらいだ。


 小猿であるわたしに対するイヤガラセもさんざんだった。こちらは女性から。

 モンチッチに似てるわたしだけど初めてドレスを着てるんだけどさ、それでもインスの妹さんが考えに考えぬいて大分デザインを気遣われたシンプルなモノなんだけど、まあ裾を踏まれるわ足をかけられるわ飲み物を掛けられるわ。


 あれだね、領主様、アイドルみたいなものなんだね。聴衆の御令嬢がたは近頃インスの周りにいるわたしが気にくわないらしい。


 身の危険すら感じたので何か対策を考えなきゃ。



 暗い顔してたらインスに問いただされて、聞かれるままに話したら詫びられて護衛騎士なぞつけられることになってしまった。


「私に執心する女性達はしばしば我を失いがちで、私の庭の花を無下に手折ろうとする。

護衛を付けないのは貴族的な扱いを好まない貴女に合わせたつもりでしたが裏目に出ました。私のせいです。ミソラ」



 人件費勿体ないよと言っても聞いてくれなかった。




++++




 領主様はわたしに歌を乞う。


「歌っていただけますか、ミソラ」

「え、DAP貸してあげるよ。わたしが歌わなくてもそれで本物が聴けるよ?」


「私は『貴方の声が聴きたくて』無理に此処に連れてきてしまったのですよ? できれば私の伴奏で歌って欲しくて」


 無駄にドキドキするからそういう台詞やめてほしい。好きになるから! 無理!


「いくら原曲を聴いたとて、私が好む声は断然貴女だ」


 だから惚れてまry


 この国の男性は女性に対してリップサービスが凄いからなあ。本気にしてはいけない。イタリア人、この人は前世がきっとイタリア人。



「それにしても領主様、DAPで1回聴いただけで弾けるようになるとか、これ誉め言葉だけどマジ人外」

「セイレーンですから」

「へー? じゃあ、 次 も 簡 単 に 弾 け ま す よ ね え?」盛大に煽ってわたしは言う。

「ええ弾いて差し上げますよ? どれですか?」受けて立つような不敵な笑みを浮かべて領主様が嗤う。

 難しいのを選んだけれど、どれも綺麗に弾きやがりました。


 DAPで原曲を一回しか聴いてない領主様、勿論楽譜もない。それなのに、副旋律さえつけて、完璧に、美しく、指の運びも澱みなく、弾きあげる――。



 簡単そうに弾くけど領主様TASさん疑惑がわたしの中で浮上する。古い言い方をするとintel入ってる。

 指の運び見てるだけで感動できるレベル。ここまでくると悔しいとかにならない。ただただ見事。


 この人と歌えて幸せだと思う。


++++


 領主様が、お抱えの騎士団と周辺の魔物討伐でご不在なので、わたしは日中、歌の歌詞を日本語から現地語に翻訳し書き留める作業を命じられているがすぐ終わってしまう。


 私は魔術について学ぶ。

 私はこの国の文字は読める。外国の文字は読めない。そして、実は魔術の術式――魔術を使うときに出す魔法陣の、意味が読める。

 誰かが魔術を使うとき、空中に光って浮かぶ術式の文様を見るだけで、どんな魔術か分かるのだ。


 それは、勉強してないのにどんな複雑な数学の公式も分かるようなもの。

 時には解き明かされていない数学公式にあたるような術式さえも理解出来る。


 平たく言うと結構な魔術知識チートが言語チートのおまけみたいについてきていた。魔力もそれなりにあって、使ってみたらそれなりに魔術が使えた。生活がもっと便利になるぞラッキー!


 領主の館の図書室で魔術の本をあさる。



「何ですかミソラ、それ」 丁度帰宅した領主様が通りかかる。

「思いつき実験。いつまでも食客とか続けていられないから何かで稼ぎたいしー」

「……(いつまでもいてくれていいと言っているのに、この娘は)」


 土魔法で作った特殊素材のひも状のブツに、魔力を通していく。

 術式の書かれたプレートの中心が光り出す。試作品だから不格好だし効率も悪いだろうが、ストリングライトの完成である。

 ストリングライトって分かるかな?クリスマスの長ーい電飾とかのアレのこと。


 魔力を通すのをやめると光は消えた。


「利点は魔石を使わずにコストを抑えられる事なんだけど、でもやっぱ魔石か何か、魔力を貯蔵できるものが必要かなーこれ。ずっと光らせようとすると離席出来ない」


「……ちょっと待ってください、魔力を通す魔術師が一人いれば、どこまでも、どんな先でも照らせますかこれは?」領主様が呆気に取られて聞いて来る。

「もっと長い物を作ってみないと距離による魔力のロスがあるかどうかは分からないし、思いつきによる試作品一号だから多分効率はすごく悪いよ?

 本格的にやるなら、まず木のプレートとかは逆側が暗くなるからガラスにしたいし、ひも状の所の素材を他の素材と混ぜたもので試したりして、一番効率がいいものを探していく必要があると思う。


 コスト以外のメリットと言えば魔術師が移動しなくて済むって事かな?


 例えばこれの効率のいい改良版を作って街中に張り巡らせて、わたしが魔力を通し街中を照らしつつ、ここで歌う、なんて事がいつかは出来るかもね」


 うおおーん、俺は人間火力発電所だー、が出来るよやったね。



「魔術士協会(ギルド)に問い合わせてみなければわかりませんが、多分初めての発明だと思います。特許、取りますか?」


 電線やらコード的なものを見たことがないから多分そうなんじゃないかとは思ったけど、誰も考えたことないんだこれ。割と単純なのにな。魔術士は何してるんだ。


「あーうん、特許の制度あるんだ。取れるなら取ろうかな。どうしたらいいかな? めんどくさい? デメリットとかある?」

「特許に明るい文官を一人つけます。彼に任せればいいでしょう」


「正直、魔術師の移動時間でその魔術師が呑気に本を読める、みたいな使い道しか思い浮かばないんだけどね、思いついたからとりあえず作ってみたんだ」


「コストや寿命次第ですが、もっと明るい効率のいいものが出来たら、街道に沿って張り巡らせてもいいかもしれません。

 一人の魔術師が本でも読みながら移動せずに、――つまり危険な目に遭わずに長距離の街道を照らし続けられるかもしれないというのは悪くない」



 続けて、領主様はこちらに向き直り、真剣な顔で言う。


「稼ぐことも、何かを開発することも素晴らしい。でもミソラ、貴女は食客、客人です。どうか私が貴女の歌を聴けないくらいに忙しくならないで下さいね」


「領主様は本当に歌が好きだなあ」


「(……歌だけでは、ないんですけどね)」

「え?今何言った? 聞こえなかった」

「なんでもありません」



++++



 そんな調子で今度は特定範囲の音量を特定範囲で増幅させる装置の試作品を作った。ようはスピーカーである。わたしの魔力頼みなので量産できるものではないし、巨大なので小型化が課題だ。


 件のストリングライトに使ったコード部分は大分改良出来てきて、魔力コードと命名して、よく分からないうちにわたしは特許も取ったらしい。魔力コードで他の楽器や魔道具とスピーカーを連動していきたい。まだまだ結構な改良が必要だ。


 領主様にスピーカー試作品を見せた。

「ミソラ、これ、もう少し小型化して、魔力の流し手を選ばない作りになったら、大量発注すると思いますよ、私が」


「まじで。……魔力の流し手を選ばない作り、ってのがねーハードル激高いんだよねー魔力なんて人それぞれ違うしねー」


「この街には、音楽の祭典がいくつかありますし、それに、緊急時に使えそうだ。年度の予算編成に間に合うなら、その時点で買います。来年でも再来年でも、その先でも」


 街中に置いて魔力コードで繋ぎ緊急災害時の避難勧告に使いたいらしい。 日本にもあるよねそういうの。



++++


 ある日、視察に付いて来ていただけませんか、と言われた。了承した。


 いざ馬車に乗ってみたら何の文官も連れていなくて、護衛さんは御者さんと一緒に外で、馬車の中ではわたしと領主様だけだった。


 移動の間二人してDAPで曲を聴く。並んで座る事自体には慣れたけど最近はまた逆にドキドキしてしょうがない。

 もたれかかられたからさらにバクバクして拷問だったけど領主様はいつの間にか眠っていた。疲れてたんだねー。



 視察。改善したい点を領民に聞いていたりしっかりお仕事してる。



 視察帰り、海洋都市ポールティスの端の灯台に寄るという。時刻はもう夕方だ。


 灯台は女性でも登れるなだらかな階段で螺旋状に上に伸び、エスコートされながらえっちらおっちら登った。慣れない馬車移動で疲れた身に応えて途中でちょっとゆっくりになっていると「失礼」と言ってふわりと抱き上げられさらっとお姫様だっこで登られた。


「ちょ、ちょま、私重い! 重いから! 下ろして!!」

「はは、大丈夫ですよ。こう見えて人並みに力はあるんです。……それに胸が無いぶん軽いです」

「胸無い発言で、以前失礼とか謝ってくれたあなたはどこに行った! かえせ!」


 からからと領主様は笑う。わたしはぺちんぺちんと彼の胸をはたく。なんだか居た堪れない。

 こんなことされると惚れるから! 好きになるから! もうなってるけど!


 爆発しそうな心臓を抱えながら漸くたどり付いた展望台でやっと下ろされる。見渡す海。入り組んだ白い街。屋根やちょっとした金属は青や紫に塗られ統一されている。海洋都市ポールティスは真珠と評される美しい都市だ。



 夕方。空の水色はだんだんと少なくなり、今や全てがオレンジに染まって美しい。紫と藍の中間色のような影がやがて訪れる夜を感じさせる。


 光が当たった部分のオレンジとの調和が、何故か胸を締め付けるのは領主様が近くにいるせいだ。


 山を削って作られた、街の象徴たる巨大なセイレーンの像。その頭から翼が生え指は海を指す。今は逆光になり姿が黒く染まっている。乙女の足元に私たちの住まう領主の館が見える。



「ここで見る夕日が、一番好きなんです」領主様は笑う。風がその頬を優しくくすぐり、後ろに撫でつけた金の髪をひとすじ額ではためかせた。


 そして領主様が歌い始める。

 旅立つ戦士が、『必ず強大な敵を討ち取って帰り貴女の首に輝く真珠を捧げます、だから待っていて』と言うような歌。


 相も変わらず男性離れ、いや人間離れした高音の伸びだ。

 夕日に照らされる街と領主様の歌声が美しすぎて、くらくらとしてなんだか別の世界にいるような心地がした。いや実際別の世界にいるんだけどさぁ!


 動いてしまうとこの美しさに酔う気持ちに気づかれそうで私は動けなくて、領主様の顔がドヤってるかどうか確認も出来ない。


「上手いと思いました? ドゲザですか?」と耳元で囁かれたけど「誰が。上手いのはもう分かってるよ」と返す。

 いや、もう『ホントに上手いの?』なんて煽らないよ。マジ上手かったよ。

 耳元で喋るのはやめてほしい声だけできゅんとするから。


「髪、伸ばさないんですか?」

「似合わないし」

「回復魔術の応用で、髪を伸ばす術があったと思いました。覚えて、伸ばしてみませんか?」

「わたしにかけても誰も得しないし」

「私が見たいです」

「小猿の飼育だけじゃなくて観察もはじめたんですか」

「そうかもね」くすくす笑われる。


 なんだか恥ずかしくてくすぐったくて、胸がいっぱいだ。


 別の。別のこと。何か話題を……!


「髪を伸ばす魔術って、それ全てのハゲの人を救えるよねっ!! あれ?でも街でハゲたおっちゃん見かけるよ? 使える魔術士が少ないのかな……?」


 どんな話題やねん。我ながら。


「頭皮の活動を促進するだけなので、既に禿頭(とくとう)の者は変わらないと聞きました」

「死んでいる毛根は復活できないというのか……おお毛根よ、死んでしまうとは情けない」


 海を見る。空を見る。


「わたしの名前ね、深い空って意味なんだ。私の国では空って儚いイメージがあって、途中で亡くなってしまいそうだから昔は空って字は人名にはつけないんだけど、

最近は名づけのルールが緩くなっててね。――空を見てたら分かるよね、綺麗だもんね。文化的にどうであれ、子供につけたくなるのは分かるんだ」


 某有名音楽ボーカロイドソフトの可愛いキャラと漢字の読みがかぶってて困ったけどね! ミ〇さんミ〇さんってからかわれて学校じゃ全く歌いたくならなかったよ。


「深い空ですか。ではミソラの色は青なんですね。似合うと思いますよ」インスが目を細めて笑う。西日で眩しそうだ。


「インスの名前はどんな意味なの?」

「ラリングと合わせて、古いことばで、人の心を奪うとか、大変おもしろいと言った意味になるとか」


「面白いは名前負けかなーっ」


「ええ、面白いことは言えないのでね、くすぐって笑わせて差し上げますよっ!」


 笑わせる(物理)となっ!?

 きゃーっと声を上げて逃げる。


 暫く攻防戦が続き、どちらともなく立ち止まり肩で息をする。




 油断してたら、灯台の柵と彼の腕の間に閉じ込められてしまった。


 あわわわわわわわわ。


 このままで、もうちょっとこの景色をを見させて下さい。 インスはそうつぶやく。


 世界がオレンジの色を失い、影が紫と藍から黒に変わって、主要な光が夕日では無く街の明かりに変わるまで、わたしたちは、ずっとそのまま、夕暮れの空を、眼下に広がる海を、見ていた。


 冷えましたね、と上着をかけられる。今は夏だけど日本みたいに蒸し暑さはなく夕方の風は結構冷たい。

 上着から仄かに漂う彼の香水の匂いはわたしを魅了して来て、平気な顔でいるのがしんどかった。




++++




 近く、夏至祭があるそうだ。ポールティスは海に面し様々な国の船が集まる交易都市であるが、観光都市でもある。このお祭りで結構な観光収益が上がるのだそうだ。


 お抱えの騎士団の一部の隊が楽団員を兼ねていてパレードやら何やらの演奏をするらしい。


 舞台のトリは、領主様が歌うのだそうだ。それは楽しみ。毎年沢山の御婦人が領主様の歌で腰砕けになるらしい。いいのかそれ。旦那さん婚約者さんから苦情来ないのだろうか。


「ミソラの世界の曲をいくつか演奏させていただいていいですか」

「いいよー」


 OKを出す。某著作権協会も異世界まで徴収には来ない。


 館に楽団員全員を招いてこれから練習するらしい。


++++


 練習当日。楽器を搬入済みのホールに楽団員全員が一堂に会す。事前に全員に楽譜を配っていて、めいめいに仕上げてあるそうだ。そういうものらしい。各自好きなウォーミングアップをして慣らしている。


「ようインス、相変わらずゲイに受けそうな女臭ぇ綺麗な顔してんな」


 なんだか口の悪い貴族の青年が入ってきた。真ん中分けの明るい紺の髪に濃い琥珀色の瞳。これまた紺色の無精髭が生えている。

 シャツは腕を盛大に捲り、前は首どころか胸まで大きく寛いでいて、持ち前の雰囲気をセクシーではあるがそれよりもだらしないの方向に振ってあるほうが強い印象の人物だ。それでも身に着けているものの質が凄く良いから貴族だと分かる。


「やあディレク、久しぶりだなさあ帰ろうか」


「おいおい折角来たんだ、聴かせて貰うぜ。お前がとうとうヴァアムソアをみつけたって、妹経由で訊いたンでなあ?」


 ヴァアムソアという単語の意味が分からなかった。違う地域の言語だろう。


「ビリドめ、余計な事を。……声にて天昇る事叶わずに依然凪ぐ暁光(ぎょうこう)碧海(へきかい)望見(ぼうけん)するのみ。海の扇を広げる事無きを乞うよ」

「は? 遅明(ちめい)の中ぁ? お前が? マジで?」


 脳内翻訳されてても貴族的な言い回しっぽい言葉とあんまり訊かない単語でちょっと何言ってるのか分からない。ビリドはインスの妹さんの名前だ。


 ディレクと呼ばれた男性は面白そうに笑う。


「フッハハハッ、おっもしれぇ、そんなことがあるのかよお前がねぇ? まあとりあえず、だ。いっちょ仕上げていくかね」


 楽団員に向かって声を張り上げるディレクさん



「……おう、お前ら! 俺がディレク=スロヴェンリィだ。お前らを指揮する。前から知ってるヤツも新しい知らんヤツも宜しく頼むわ。俺は大仰な挨拶が嫌いだ。早速はじめようと思う」


 彼の前には台座があり、その上に、柄に紐のついた指揮棒っぽいものを色違いで四本置いた。 それを一つ持ち、「モルトビブラートな」


 指揮者の指示で演奏がはじまった。



 指揮の事は全然分からないけど、この人はよく(けな)すしよく褒める。当たり前なのかもしれないが耳が凄くいい。誰の音が強いとか弱いとか速いとか遅いとか、誰誰の何本目の弦を変えろだとか、どの解釈はこうしろ、そっちのそこは凄く良かった、ここはこれこれこうだから甘い感じを出したい、とてもいいな美しい。

 抽象的すぎて私には「それ結局どうしたらいいの!?」と感じる言葉も多いけど、指揮をしている時の表情が凄く豊かで、時に優美、時にユーモラス、時に情熱的で見ているのが楽しかった。



 わたしがこの世界に持ち込んだ日本の曲の練習になった。指揮者のディレク氏含め誰にも原曲を聴かせていないけどみんな楽譜だけで弾ける。そこまで楽譜に細かく書かなかったのか、ところどころ違うものになって、はあ楽譜だけで進めるとこうなるんだなあ、という感想になった。

 あ、仕上がりは、曲によっては原曲より好きだよ?





 練習が終わって、食事前。


「改めて自己紹介するぜ。俺はディレク=スロヴェンリィ。インスとは学生時代からの古いつきあいだ。」


「アズマミソラです。姓がアズマで名はミソラ。こちらで御厄介になっています」


「異世界から落ちて来たんだってな。ご同情申し上げるぜ。ところでちょっとアンタの声が聴きてぇ。おいインス、弾け」


 ピアノもどき(スピネル)の前に座り頷く領主様。


「そうだな、出来れば滅茶苦茶艶っぽい愛の歌が聴きてぇ。あるか?」


「――嫌な選択をしますねディレク。ではミソラ、『紙一重の境界』がいいと思います。いいですか?」


 私は了承する。日本語で歌のタイトル言えるようになっちゃってるよインス。


「おっけー。日本語と共通語どっちにするー?」


「日本語で十分です。ディレクは歌詞を聴きたい訳では無いので」


「了解ー。日本語で歌詞書いたのどれだっけな。あ、これだ」


「ディレクのことは空気だと思って。いつも通り楽しめばいいです」

「あいー」


 インスが弾き始める。原曲はドラムの激しい曲でこれをピアノもどき(スピネル)だけで表現するのは難しいと思ったが楽譜に落とし込んだインスは出来る子。

 そしてそれを弾けるのも凄い。

 速くてめっちゃ手が動くし指の力がもの凄く必要そうで指先を見るだけで感動できる。



 わたしも負けていられない。気持ちを込めて歌う。ああ、お望み通りめっちゃエロく歌ってやろうじゃないか。

 こっちはこんなとんでもないのに恋をしてるんだからなーっ!


 テンポの速い曲。こんなの小指がつらないインスは凄い。わたしの声が強すぎるんでサビとかわたしに負けないように最早全力で叩き付けるって感じだ。汗飛びそう。






「(はあっ……、ミソラ、貴女は本当に、低音も、高音も……)」「(特に、意識的に擦れさせた低音から上がる箇所がいけない……あぁ)」

 領主様の独り言の呟きはいつも小さくて私は聞き取れない。

いつもだったらピアノもどきの上手さを見せつけてドヤってるのに今日はなんだか息も絶え絶えな様子だ。顔が赤いよ風邪? 大丈夫? この曲弾くの凄く疲れそうだしなー。


 ディレクさんは口の片側だけ上げて笑っている。


「ふ……ん、なるほどね、成程ねぇ? なあミソラ、アンタは祭りで歌うのか?」

「歌いませんよ? 魔力があるので、照明などでお手伝い出来たらと思っています」

「ふーん、そっかそっか、それもいいかもなぁ。ハハッ、インスは扇を深海に韜晦(とうかい)させるほうか」


「申し訳ありません、貴族様がたの表現は素養の無い一市民には分かりかねます」わたしは言う。


「ハハッ、畏まんなくていいぜ、インスと喋る時の感じで話してくれていいわ。なあミソラ、インスのとこが嫌になったら俺んとこ来いよ。国中と言わず周辺国中で歌わせてやるぜ」

「ディレク!」


「ありがたいけど、この街が気に入ってるので」

「だそうですよ。もういいでしょうディレク」インスは何か不機嫌そうだ。

「は、怖え。わーったよ、いいもん聴かせて貰ったわ。帰る」


 まあ、よく意味は分からなかったがなんか認めて貰えたみたいで良かった。この国の男の人は女の人を理由なしにベタ褒めする傾向にあるから話半分に聞いておいたほうがいいけどね。俺んとこ来いとかサラっと言うのすげえ。本気にしたらどうするの。



「ねえ、貴族の言い回しって分からないんだけど、扇って何?」

「……気にしないでいいんです。ミソラ」


 領主様は何故だか精神にダメージを負っているように、暫くピアノもどき(スピネル)に伏せて動かなかった。



++++



 お祭りの日だ。お祭りは3日間続く。皆仮面をつけ、仮装し踊る。普段見られない色々な料理の屋台が並び、旅の芸人達もやって来る。


 領主様に、二日目の昼にしか自由時間が取れませんが一緒に回りましょう、と誘われた。


*


 お祭り一日目の夜。改良したストリングライトを大通りの屋根という屋根から横に通し、日暮れから魔力を通し始める。

 今迄に見た事の無い、光る線のような明かりに驚いてくれる祭りのお客さん達。ふふ、嬉しい。


 領主様の、インスの治めるこの街を、好きになってくれるかな。


 お祭りの最後まで魔力を通し続ける。光の魔術の適正は高いから負担にはならない。祭りのさざめきを見ながら本を読んで過ごす。


 忙しいだろうに最後に領主様が来て労わってくれた。祭りの縁の下の力持ちさん的なことを言われて中々のお金をもらった。




++++



 お祭りの二日目。領主様と一緒に回る約束をしている日だ。

 顔の上半分を、地球の中世ヨーロッパのペストの医者の鳥マスクみたいなもので覆っている領主様がいる。


「ミソラ、それ」

「小猿が頑張ってお洒落してますねって笑いたければ笑え―っ!」


 涙目で彼の前に立つ。


 領主様から存在を教えて貰った回復魔術の応用、髪を伸ばす魔術を自分にかけてみたんだ。


 いつものメイドさんが喜んで張り切っちゃって、ゆるくウェーブなんかにしてくれて、上半分を編み込んで下半分は流し左頭に生花まで飾ってくれた。


 それにそれに、「今日こそは着ていただきます!」なんて言われて普段は着ないドレスなんか着せられちゃってさ。

 今は夏で、この街は風は冷たいのに日差しが強いから上に一枚羽織ってるけど、無い胸を必死で寄せたベアトップ(肩に布のないやつ)のドレスなんかでさ。

 いい、普段着で行くー! って言ったのに、なんだか凄い恥ずかしくされて泣きそうです。



「いえ。似合いますよ、ミソラ」

「仮面で表情が見えないからどんな顔で言ってるか分かんない。顔芸かよって言う位すっごい変なカオで言われてたらどうしよう」

「本当ですよ」

「ヤバい本当だってー(棒)、うわこれ絶対私に惚れてるわーめろめろだわー絶対私に惚れてるわー仮面取ったら女神見てるみたいな目で見られるわー」

 と、棒読み気味でネタをフりつつ仮面を剥ぎ取ってみれば超作り気味のめっちゃ「はぁ? 猿が何言ってるんですかね?」みたいな見下された目をされて、だが眉は寄せられ引切り無しに上下していて一目でネタだと分かる。

 その後二人で大笑いする。綺麗なのにネタフリの分かる人だ。ありがとうノってくれて。


「……お手をどうぞ、レディ」


 笑いが落ち着いた後、仮面の下の青い目も優し気にうやうやしく礼をされた。


 デートは楽しかった。


++++



 お祭り三日目。今日は式典のトリに領主様が歌うらしい。



 今の時間は日中午後。わたしはまた縁の下の力持ち的に、今度はスピーカーに魔力を通す。魔力コードで繋いだスピーカーを、会場だけじゃなくて街中にも設置した。試験的に街中にもインスの歌を流すそうだ。

 わたしのいる場所は領主の館ではなく会場。ちょっと見晴らしのいい高い場所で、離れているけど何にも遮られず領主様が見れる。ちなみに遠いけど海も一望出来て気持ちいい。



 全身黒の神官服のようなものを着た領主様。シルエットが鋭利で美しい。豪奢な金の刺繍がされて、ここからでもとても格調高い衣装だと分かる。一歩後ろに控えるは弦楽器を持ったインスの妹さん。指揮者にディレクさん。騎士の楽団が彼らを遠巻きに囲む。


 ディレクさんが指揮をはじめ、インスの妹さんが何かの弦楽器を弾く。



 領主様が歌い始める。朗々と響く澄んだ声。会場の光に照らされて、彼の青い瞳が光を増し、唇の艶も美しく彼を彩る。


 男性とは思えない高い声、ビブラートも安定していて。歌いながら会場内を見渡す彼に、今見つめられたのはわたしだと全ての乙女が心を躍らせる。風に揺れひらひらと舞い踊る妹さんのドレスの薄絹。緑の瞳が微笑みを作る。


 領主様が歌うのは、乙女が歌う恋の歌だ。インスは声の伸びに合わせて訴えかけるように手を伸ばす。


 歌の中の乙女が愛しい青年を想うかのごとく、伏せられる睫毛。観衆から切なくため息が漏れる。


 会場の金色の明かりに照らされて、妹さんも、領主様も、黄金色に光りかがやく。彼らが動くたび、衣装に入った飾りがきらめいた。


 彼の頭部から魔力を感じる。金色の、翼上のかたちの魔力が彼の頭の両端から生えている。ああ、セイレーンってあんな感じなんだっけ。

 これは天に捧げる歌か、それとも彼自身が天使なのか、そんな風に思わせる澄んだ声。空への階段を駆け上っていくような飛翔感。



 音は急に変わる。聴衆を切り裂かんばかりの鋭さ。


 増す凄み。獲物を見る様に聴衆を見る。領主様は最早王者の威厳すら漂わせ、観衆は最早彼に(かしず)く奴隷のような心持ち。

 人間には絶対出ない高音。神経を末端から愛撫し震わせ高揚させる音。それのなんと美しいことか。


 これだ、以前聴かされた声。エロい。えろすぎる。前戯でしょこれ。


 歌の内容は、乙女が、全ての海に棲むものを敵に回してでも、愛しい青年を、この街を護ろうというもの。

 ああ、そうか、これはこの街のはじまりの歌。セイレーンの乙女の歌なんだ。だからこんなに切り裂かれそうに強く、妖しい。


 予め用意されていた演出の、鮮やかな赤色の花吹雪が空よりひらひらと千々に舞う。

 聴衆の人によっては涙を流し、王者に触れようと無意識に手を伸ばしては空を掴む。某ゲームでいう美しすぎて一時的発狂するやつだこれ。一部観客が精神抵抗に失敗した感じ。


 領主様の声は、一旦地の底から響くような長い低音になり、そして段々と高くなって、人間に出せない超高音になる。両手を広げ声を伸ばしきるインス。


 頭部の魔力の翼も一層広がって、観衆は今神を見ている気持ちにすらなっているだろう。


 人知を超えた超高音になった時、私達の神経は最高に(たかぶ)る。これは音の愛撫だ。耳からの振動による支配だ。


 スタンディングオベーション。観衆は熱に浮かされたように手を叩き喝采する。




 美しい巻き髪の令嬢たちが涙を浮かべ呼吸を乱し舞台へ駆け寄って、騎士団に止められては、インスの靴にそうするつもりになって地面にキスをする。


 セイレーン、怖い。



++++



 いやあ、凄いもの見た。セイレーンの血筋怖い。この文明レベルで観光なんてよく成り立つなあと思ったけど、こんなものを見られるならそりゃあ人は集まるわー。


 ていうか無理、あんなのを好きになっても辛いだけ。アイドルにマジ惚れするよりまだ分が悪いよ。

 ちょっと気安く話せるような友人ポジにいれるからって勘違いするなわたし。相手は最早神だ。眺めるだけ、近くにいれるだけで満足しよう。

 恐ろしい位の眼福だったよ。はあ。勝手に失恋する絶望感で泣きそう。




 もうスピーカーに魔力を通す必要もないし、わたしは護衛さんの隙を見て離れた。

 だって涙が零れたから。歌見て泣いたとか情緒不安定過ぎるでしょう。報告されたくないよ。




 人気のない場所で、胸を絶望と切なさと好きなひとの綺麗過ぎる姿を見れた幸せで満たしていると、一目でかなり上の身分の貴族の令嬢だと分かる女性がきた。


 憶えてる、このひと以前領主様の音楽会でわたしに飲み物を掛けて来た御令嬢だ!




 ほんの少しの赤みを帯びた豪華なプラチナブロンド。ドレスは情熱を表す様に赤く沢山の金の刺繍で彩られ、繊細に肌を包むレースとたっぷりの胸がふるりと揺れる。それと相反する細い腰がなだらかに実に女性らしい曲線を描く。この日差しの強い国にいながら透き通るような白い肌を持ち、それに映えるりんごのような頬。紫の瞳を持つ彼女は完璧な美貌の持ち主だった。



「わたくしはファンシア。インレット伯爵家次女」


羽飾りのたっぷりついた扇子を閉じて彼女は言う。


「インス様が小猿を飼い始めたと聞けばこのような下衆。お前のようなものに、インス様が片時でも寵を下さると本気でお思い? 身の程を知りなさい。連れ歩くのも忌避されるようなみすぼらしさ。天の使いとウジ虫が共に歩めると思うの? 弁えるがいい惨めで下賎の猿が」



※おおっと※


 これは、あれだ、アイドルの取り巻きの苛めみたいなものかな? 反応しないほうがいいかな?



「でも、わざわざこんな所まで来てくれるのは手間が省けましたわ」


 令嬢は嗤う。


「これから、面白いことがおきますのよ。わたくし、それを行ったのが貴女だと証言いたしますの。貴族の目撃証言には証拠能力がございますのよ」


 ではごきげんよう。と彼女は笑いながら去って行った。


 わたしはどうすればいいか分からず固まって行った。なんだかこの屋敷みんなに優しくされているから、こんなに悪意を向けられたのは久しぶり。


 それより彼女はなんか不穏な事を話していた気がする。インスに報告したほうがいいのかな?




 私は元の、スピーカーの魔力コードに魔力を通していた部屋へ戻るとそこにはインスがいた。


「いた! ミソラ、良かった、貴女護衛を撒きましたね。今皆であなたを探していますよ」


 心配かけてしまったらしい。


「……どうしたのです、何かありましたか」

「うーん……」


 すると、大きな地響きが鳴り、警戒を呼び掛ける街の壁の鐘が鳴る。

 インスは即座に窓に向かい海を見る。


「クッ……、なんてことだ……!」忌々しそうにインスは呟く。


 海からもぞもぞと動く何かの大群が見る間に押し寄せて来ている。


「ミソラ、スピーカーに魔力を通して下さい。音を拾う範囲指定は私の声でお願いします。私がどこにいても私の声を拾ってくれるんでしたね?」

「いいよ、さっきと対象は一緒だから今すぐできるよ」


 スピーカーの魔力コードに魔力を通す。領主様の出す声を全スピーカーが流す。


「緊急事態宣言! 海上よりサハギンの襲撃! 観光客及び市民は地下または領主館に退避して下さい!  騎士隊及び魔術師隊は各自持ち場へ!」


 サハギンの襲撃!?


「ミソラ、海沿いのスピーカーたちだけでいい、全音量でお願いします!」

「おっけー! 海ぞいのスピーカーっていったらコレだ!」

 領主様は窓を開け、大きく息を吸い込み、外に向かって声を上げた。


 その声がまた特殊で、とにかく高音。

 人間の出せる音ではなさそうな、全てを威圧するような、神経を麻痺させるような。


「効きました。魔力はもういいですよ、ミソラ」

 海を見ると、海に浮かぶ黒い何かの群衆たちは、動きが鈍っていた。


「ミソラ」


 何故かお姫様だっこされる。


「多分、私と一緒にいるのが一番安全ですから、失礼」


 インスの頭に魔力で出来た金色の翼が現れると、わたしを抱いたままインスが窓から飛んだ。比喩ではなく本当に空を飛んだ!


 うわぁ人外ぃ!?(褒め言葉)



 海のすぐそばまで来ると確かにその群れはサハギン、人の骨格をした魚、半魚人だった。駆けつけた騎士の人たちが上陸したサハギンと戦っている。だがサハギンの動きは鈍い。魔術師隊も駆けつけ海に攻撃の術を叩き付けている。


 だけど、数が数だった。動きが鈍くても、群体で物凄い数のサハギンが押し寄せている。


 インスが上空から再び高音の声を上げると、それでもまだ動いているサハギンたちの動きが鈍る。



「ねえインス、スピーカーじゃなくて今ここでわたしが術式で音量大きくしたら助かったりする?」

「出来ますか、是非お願いします! ミソラ!」

 貴女は耳を塞いでいるといいですよ、私はあなたを離すわけにはいきませんから、とインスはつけたす。



 わたしが音量増幅の術式を展開する。インスが更に声を上げる。金色の羽を頭に生やして上空に浮かぶその姿は地上から見たらきっととっても美しい。衣装もさっきの舞台のときのままだし、救いの神の使いのように見えるんだろうな。


 腕に抱くのがどこかのお姫様じゃなくて小猿なのが残念なとこだけどね!



 音量増幅の術式により大音量になったインスの声は、サハギンたちを恐慌状態に陥らせた。進む者戻る者、サハギン同士で攻撃しあう者。陸に打ち上げられた魚の群れのようにびちびちと暴れ混乱している。


 そして後続の無事なサハギンたちはもみ合いながら逃げていった――。




 後始末を騎士隊長に任せ、インスは領主の館に戻り、スピーカーでサハギンの襲来終息宣言を出す。観光客に詫びるインス。



「この街は、たまにこうしてサハギンの襲来があるんです、その度にセイレーンの血が混じる領主一族が先程の様に声の力を振るって来ました」

「この街の始祖のセイレーンの血だね、外のでっかいランドマークな像になってる。少し聞いた事あるよ」



「でもサハギン襲来に繋がる力はセイレーン像の下に封印していて襲撃はまだ先の予定だったのです。何者かがセイレーン像の地下に侵入したと思われます」

「あー、インス、わたし、心当たりあるかも」


 わたしはインスに、スマホの録音を聴かせた。

 あの悪意をぶつけてきた令嬢が来た時、不穏な気配を感じてこっそりスマホの録音機能を入れた私は偉い。しかも最初からだ。


「ああ、異世界の道具とはいえこれはインレット伯爵家令嬢の犯行を立証する有力な証拠になるでしょう。お手柄です、と言いたいところですが、なんだって護衛を撒いたんですかミソラ、私の歌を聴いた直後じゃありませんか?」


「なんでもないんだ……」


 わたしは頭を振る。彼の顔をよく見ることが出来ない。


「何でもないなら何故私をちゃんと見ていただけないのです? あなたの瞳はいつも真っ直ぐなのに」

 インスに肩を掴まれ優しく揺らされ、顔を上げることを促されるが私は上げれない。領主様はあきらめてわたしの隣に座る。


「何で護衛を撒いてここを離れました? ここは寂しかったですか? 私の歌がお気に障りました?」


 あなたが身分も美貌も釣り合う貴族のご令嬢たちに狂信的に愛されていて大人気で自分は釣り合わずショックで泣けたんで見られたくなかったとか言えない。


「ミソラ、私の目を見て」


 彼を見る。真剣な顔で見つめられる。吸い込まれそうだ。魅了の力なんて無いよね?


「もし、妬いてくれたと、私が思い上がってもいいのなら――」


 肩は掴まれたまま、彼の顔がゆっくり近づいて来る。あ、駄目だよこれキスされるやつだ。


 わたしは逃げた。


「……なんで? インスなら今日あなたの歌を聴いたご令嬢たち全員を好きに選び放題だよ?」


「ミソラ」


「こんな、異世界の小猿なんか相手にしなくたって、今日来た女性全員みんなインスの事神様みたいに愛してるよ?」


「ミソラ、聞いて下さい。私たちがこれまで共に過ごしてきた時間はとても優しいものではありませんでしたか?」


 わたしは頷く。


「貴女のDAPをわかちあい共に聴く時間は私の安らぎでした。私の演奏で貴女に歌って貰う時間は私の楽しみでした。私は、あの時間は貴女にとってもそうだったと確信しています。


 私に執心する女性のことで嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。私は、出来れば正式な形で貴女を守りたい」


 手を取られる。


「どうか私と、結婚して下さい」


 !?


 ああ、付き合うとかじゃないんだ結婚なんだ。


「あの、あのあのわたし、異世界人、平民」


「我が家は始祖にセイレーンの、妖魔の血が入っていますし、たまにセイレーンに恋をする人間が出ます。知っての通りサハギンが来襲して来るので防衛のためにたまにセイレーンの血を入れなければならないのです。なので我が家の者は身分に関わらない結婚が認められています。


 ――私が恋をしたのは異世界よりの歌姫でしたが」



「私は、『貴女の声が聴きたくて』無理に此処に連れてきてしまった。そしてこれからも貴女の声が聴きたいのです。セイレーンの血を引く私にとって、貴女の声は至上の存在。貴女の声を聴くことは何にも勝る幸福です。


 結婚して下さい、私のヴァアムソア」


「ヴァアムソアってどういう意味?」

「運命の声という意味です」


 真顔で言われてわたしの顔が赤くならざるを得ない。



「――DAPなんかじきに壊れちゃうよ?」

「では聴かせて貰った曲を私が演奏します。貴女は歌って下さい」


「――ご家族や領民は反対なんじゃない?」

「あの狂信的な聴衆のせいで、私はずっと女性嫌いだったんです。私が女性を連れて来たなんて奇跡だって皆言っています。家人たちは皆浮かれながらあなたを大切に扱っているのでは?

 それにうちの家族は皆ミソラもミソラの歌も気に入っています。そうでしょう?」


 確かにそうだった。


「わたし奥方の仕事なんて」

「既に貴女は帳簿を全て付ける事が出来ています。社交は私がやりますし、ああ、ダンスは覚えて欲しいかな。料理は知っての通り料理人がいますし問題ありません」


 反対要素がなくなってしまった。


「結婚していただけますか? ミソラ」

「――はい」


 魔法で伸ばしたままの髪を撫でられ、愛しそうに、とても愛おしそうに、感極まった様子で口づけをされる。


「~っっっっ!」

 鼓動がうるさすぎてどうしたらいいか分からない。


「ずっとずっと大切にします、私の運命の声(ヴァアムソア)


 彼は幸せそうに微笑んだ。



 こうして、わたしとインスは半年の婚約を経て結婚した。


 先の御令嬢はサハギン襲来の時期を遅らせるものの封印を解いた罪とかで修道院に入れられたらしい。国王陛下に証拠としてスマホを提出したら問答無用だった。

 彼女の家の領地の街中でスピーカーを使って証拠音源を流してやればよかったと思っています、なんてインスは黒い顔で言っていたけど。

 他の領地のご令嬢にもその話は広がり、その令嬢の家の領地は取引とか色々やりづらくなってて大変らしい。ご両親からは何度も足を運ばれ詫びられた。



「ミソラ、歌って下さい」今日もインスは彼の伴奏でわたしの歌う歌を聴きたがる。


「貴女の声、貴女の歌を聴くだけで、私は貴女に最高に幸福にして貰っています。ねえ、私の小猿ちゃん?」


 インスの長い指が鍵盤を叩く。 


 それはとてもとても優しい時間で。

 いつまでもこうして過ごせればいいと思ってる。


 領主インスと異世界人のわたしの恋物語をここに終わります。

  

お読みいただきありがとうございました。


インスとディレクの途中の謎会話の意味:

インス「まだ想いを告げてもいないで見てるだけだから妙な手出しはしないで下さいね」

ディレク「はぁ? 告らないで見てる? お前が? マジで?」


そんな感じの設定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵なお話でした。 音楽を通して自然に仲良くなっていく感じがいいなぁと。 この後思いっきりラヴラヴメロメロなお歌を歌うインスとかありでしょうか。うん、なんか想像すると、女性どころか男性の腰…
[一言] すごく感動しました! 音楽に満ちた小説ですね。 インスさんとかミソラちゃんとかの声が、本当にどこかから聞こえてくるような、そんな小説でした。 読んだ後、とても安心する、そんな小説でした。
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